Story.8 古の殺戮者
†
――――カラリ。
洞窟を塞いだ最後の岩から割れた小石が、手を膝につき呼吸を整えているリセの足元に転がり落ちた。
「はぁ、はぁ……っ、み、みんな……生き……生きてる?」
息も絶え絶えといった様子で、途切れ途切れ言葉を紡ぐ。
「一応な……っ」
そう返すハールも、けして余裕があるといった表情ではなかった。
「二度死にかけましたけどね……」
「どの口でお前……」
「えと、実際に洞窟壊したの私はだから……! 生きてるから許して欲しいなー!? それに、きっとあれしか方法なかったよ……!」
悪びれる様子皆無のイズムを睨むハール。慌てて口を挟むリセだったが、彼が実際に責めてなどいないことは口調から窺えた。
「……こうやって帰ってこられたのもみんなのお陰だね。私、一人だったけど一人じゃなかった……!」
作戦の実行前に一人だと言われたが、終わってみれば全くそうではなかったと思う。四人が同じ事をしていたわけではない。それでも、確かに四人で戦っていた。それぞれがそれぞれに出来ることをした結果、こうして生きていられる。
「……そうだな。誰が欠けても、きっと勝てなかった」
まだ自分に出来ることはとても少なくて、今回の役割はその出来ることが偶然噛み合い、助けてもらった上で成し遂げられた。肩を並べられたように見えて、その背中は遠い。しかし魔法を使えるようになるという目標の一歩目を踏み出すことができた。――きっとこの一歩は、遥か彼方、彼らの背中へと続く。そう、信じて。
「……ほんの少しは、役に立てたかな?」
おずおずと見つめてくるリセ。穏やかに碧の目が細くなる。
「――……っ」
その答えこそが、この戦いの何よりの報酬に感じられ――――…………
――――報酬?
「……えっと、魔物もしっかり倒したし、これで賞金が貰えるんだよ……ね?」
と、そこでリセ……いや、その場にいる全員が、何か引っ掛かるものを感じた。そして、その『引っ掛かり』というのは――――
「……ちょっと待ってください」
言い換えれば、俗に言う……『嫌な予感』。
「……証拠品は?」
…………空白。
のち、絶叫四人分。
「嘘だろ!? 今までの苦労が一ガイルにもならないとか……」
「今から取りに戻るのは……もう一度アレを倒すことより難しいでしょうね」
イズムは落石で隙間なく塞がれた洞窟を見遣った。これにはさすがのリセも苦笑を浮かべる他はない。しかし、ひとしきり呆然とした後は落胆よりも一周回っての安心と、それがもたらす疲労が一同を包んだ。
「あ、あはは……っ」
気だるくもどこか心地好い空気。その時、不意に一人が笑い声を上げた。
「あはははっ……!」
「フ、フレイア?」
笑い続けるフレイアに、リセはおろおろとしながら声をかける。
「だ……大丈夫!? って言うかあの、ええと、頭打った!?」
すると彼女は、目の端に溜まった涙を人差し指で拭いながら答えた。
「ちっ……違うよ、だっ、だって……! ねぇ、こんな冒険、したことないよ……! 誰にも知られないお金にもならないのに、もしかしたら死んじゃってたかもしれないのに……でも、でも……それできっと未来の誰かが助かったって……」
それはとても、嬉しそうに、
「――こんなの本当に物語の主人公みたいじゃん!」
だが、何故か、何処か、寂しげに。
「初めて、こんなの……!」
泣き笑いを、浮かべた。
「……まあ、いいか」
ハールは少しだけ微笑む。
「……そうだね、セシルさんに言われた通り、ちゃんと帰ってこられたんだもん!」
つられて、リセも笑う。
「……やっぱり、来て良かった」
そう言ったリセの横顔は今朝より少し凛として、晴れ晴れとしていた。ハールはそれに気付き、心中で瞠目する。
もしかしたら彼女は、自分が思っているよりもずっと強いのかもしれない。その魔法を使う、奥の部分が。そして、きっと、否、絶対、自分より――
その後、彼女を暫く見つめていたことに、自分自身も彼女も、気付いていなかった。
「だから……アタシ、みんなの、こと――……」
だから勿論、もう一人の彼女がそんなことを呟いたのにも、気付かなかった。一雫、小さな涙が零れたことも。
その夜――――――、
フレイアが消えた。
To the next story……
originalUP:2008.12.25
remakeUP:2012.12.25/2020.12
――――カラリ。
洞窟を塞いだ最後の岩から割れた小石が、手を膝につき呼吸を整えているリセの足元に転がり落ちた。
「はぁ、はぁ……っ、み、みんな……生き……生きてる?」
息も絶え絶えといった様子で、途切れ途切れ言葉を紡ぐ。
「一応な……っ」
そう返すハールも、けして余裕があるといった表情ではなかった。
「二度死にかけましたけどね……」
「どの口でお前……」
「えと、実際に洞窟壊したの私はだから……! 生きてるから許して欲しいなー!? それに、きっとあれしか方法なかったよ……!」
悪びれる様子皆無のイズムを睨むハール。慌てて口を挟むリセだったが、彼が実際に責めてなどいないことは口調から窺えた。
「……こうやって帰ってこられたのもみんなのお陰だね。私、一人だったけど一人じゃなかった……!」
作戦の実行前に一人だと言われたが、終わってみれば全くそうではなかったと思う。四人が同じ事をしていたわけではない。それでも、確かに四人で戦っていた。それぞれがそれぞれに出来ることをした結果、こうして生きていられる。
「……そうだな。誰が欠けても、きっと勝てなかった」
まだ自分に出来ることはとても少なくて、今回の役割はその出来ることが偶然噛み合い、助けてもらった上で成し遂げられた。肩を並べられたように見えて、その背中は遠い。しかし魔法を使えるようになるという目標の一歩目を踏み出すことができた。――きっとこの一歩は、遥か彼方、彼らの背中へと続く。そう、信じて。
「……ほんの少しは、役に立てたかな?」
おずおずと見つめてくるリセ。穏やかに碧の目が細くなる。
「――……っ」
その答えこそが、この戦いの何よりの報酬に感じられ――――…………
――――報酬?
「……えっと、魔物もしっかり倒したし、これで賞金が貰えるんだよ……ね?」
と、そこでリセ……いや、その場にいる全員が、何か引っ掛かるものを感じた。そして、その『引っ掛かり』というのは――――
「……ちょっと待ってください」
言い換えれば、俗に言う……『嫌な予感』。
「……証拠品は?」
…………空白。
のち、絶叫四人分。
「嘘だろ!? 今までの苦労が一ガイルにもならないとか……」
「今から取りに戻るのは……もう一度アレを倒すことより難しいでしょうね」
イズムは落石で隙間なく塞がれた洞窟を見遣った。これにはさすがのリセも苦笑を浮かべる他はない。しかし、ひとしきり呆然とした後は落胆よりも一周回っての安心と、それがもたらす疲労が一同を包んだ。
「あ、あはは……っ」
気だるくもどこか心地好い空気。その時、不意に一人が笑い声を上げた。
「あはははっ……!」
「フ、フレイア?」
笑い続けるフレイアに、リセはおろおろとしながら声をかける。
「だ……大丈夫!? って言うかあの、ええと、頭打った!?」
すると彼女は、目の端に溜まった涙を人差し指で拭いながら答えた。
「ちっ……違うよ、だっ、だって……! ねぇ、こんな冒険、したことないよ……! 誰にも知られないお金にもならないのに、もしかしたら死んじゃってたかもしれないのに……でも、でも……それできっと未来の誰かが助かったって……」
それはとても、嬉しそうに、
「――こんなの本当に物語の主人公みたいじゃん!」
だが、何故か、何処か、寂しげに。
「初めて、こんなの……!」
泣き笑いを、浮かべた。
「……まあ、いいか」
ハールは少しだけ微笑む。
「……そうだね、セシルさんに言われた通り、ちゃんと帰ってこられたんだもん!」
つられて、リセも笑う。
「……やっぱり、来て良かった」
そう言ったリセの横顔は今朝より少し凛として、晴れ晴れとしていた。ハールはそれに気付き、心中で瞠目する。
もしかしたら彼女は、自分が思っているよりもずっと強いのかもしれない。その魔法を使う、奥の部分が。そして、きっと、否、絶対、自分より――
その後、彼女を暫く見つめていたことに、自分自身も彼女も、気付いていなかった。
「だから……アタシ、みんなの、こと――……」
だから勿論、もう一人の彼女がそんなことを呟いたのにも、気付かなかった。一雫、小さな涙が零れたことも。
その夜――――――、
フレイアが消えた。
To the next story……
originalUP:2008.12.25
remakeUP:2012.12.25/2020.12