Story.8 古の殺戮者
†
「ハールは地に足着いてる魔物を、フレイアさんは蝙蝠だか鴉だかをまとめてお願いします!」
竜に背を向け、その他の魔物と対峙するハールとフレイア。二人の武器では、あの鱗に覆われた巨体に傷一つ付けることすら出来ないだろう。彼女の弓で眸を射るという手もあるが、元より視力には頼っていない上、本体の大きさが大きさなだけに致死傷になるとも思えない。ならば二人は周囲の魔物からリセとイズムが大元への攻撃に集中できるよう守るのが適任だ。
「ハール君」
頭上を飛び交う黒、黒。散らばったかと思えばとぐろを巻くようにうねりながら宙を泳ぐ、翼ある様々な魔物。そのなかにはリセの帽子を拐っていった種類も見てとれた。絶え間なく動くそれらから目を逸らすことなく、いつでも弓を引けるよう矢を番えるフレイア。機を窺っているのかすぐには襲ってこないものの、隙を見せれば瞬時に向かってくるであろうことが感じられた。
「何」
「アタシと一緒だけど、戦いにくくない?」
隣で剣を抜く彼を横目に、本来より戦えなくなる条件を前提に尋ねる。フレイアにしては言葉に遊びがない。いつもならばこういった事柄は解りやすいながらもやや遠回しな言い方をしていたかもしれないが、今は閉鎖された空間での圧迫感のなか、背後には竜、前方には大量の魔物に挟まれての戦闘という一歩どころか半歩間違えれば生きては帰れない状況である。端的さと正確性をとったのだろう。
「いや別に」
「……ならいいけど」
そっけない返事。いつものことだが。しかしあまりにいつもの調子で過ぎて、この緊張感のなかでもやや拍子抜けしてしまった。
(それってさぁ……守る気全然ありませんってコトじゃん)
確かに自分も言葉から余分なものを削ぎ落としたが、士気ややる気まで落としかねない省略の仕方はしなかったはずだ。しかし彼のそれは、こう、何と言うか、削ぎすぎでは。別のものまで削がれそうである。そういうことを考慮に入れての言葉はないのだろうかと思わず苦笑が漏れる。その一瞬の空気の緩みを目敏く感じ取ったのか、大きな牙と翼の蝙蝠が群れのなかから数匹が飛び出し――――かけたところで、“墜ちた”。
「……けどさ、さすがに即答されると考えちゃうなー?」
弓を構えた状態のフレイア。一呼吸前までその手にあったはずの矢は、既に魔物を地に縫い止めていた。番えていたそれがなくなったため、矢籠へ手を伸ばす。
「確かにアタシはリセみたいに庇護欲感じさせる質じゃないですけど?」
魔物の翼や牙、嘴が光苔に淡く照らされる。彼女は同じ動きで旋回する群れのなかで数匹の僅かな光のブレに気付き、こちらへ向かってくる前に仕留めたのであった。良い牽制になったようで、けたたましい鳴き声から魔物の動揺が窺える。
(まあ、でも、その方が――)
「……お前はオレが気を回さなくても、やられたりしない」
そっけない、けれど――心情までそうだとは、限らない。
「……!」
その心は冷たいわけではないはずなのに、彼は本当に伝えるのが、いや、“伝え方”が――
「下手すぎでしょ」
「……何が。で、違うわけ?」
戦闘には似つかわしくない、呆れを含んだどこか困ったような笑いを浮かべるフレイア。そして緩やかに、凛と唇を結ぶ。隣にいた彼が身体をずらし、背後へ回ったのを感じた。
――言葉はないけれど、それよりも強く、背に感じるものがある。
「……違わない」
「ハールは地に足着いてる魔物を、フレイアさんは蝙蝠だか鴉だかをまとめてお願いします!」
竜に背を向け、その他の魔物と対峙するハールとフレイア。二人の武器では、あの鱗に覆われた巨体に傷一つ付けることすら出来ないだろう。彼女の弓で眸を射るという手もあるが、元より視力には頼っていない上、本体の大きさが大きさなだけに致死傷になるとも思えない。ならば二人は周囲の魔物からリセとイズムが大元への攻撃に集中できるよう守るのが適任だ。
「ハール君」
頭上を飛び交う黒、黒。散らばったかと思えばとぐろを巻くようにうねりながら宙を泳ぐ、翼ある様々な魔物。そのなかにはリセの帽子を拐っていった種類も見てとれた。絶え間なく動くそれらから目を逸らすことなく、いつでも弓を引けるよう矢を番えるフレイア。機を窺っているのかすぐには襲ってこないものの、隙を見せれば瞬時に向かってくるであろうことが感じられた。
「何」
「アタシと一緒だけど、戦いにくくない?」
隣で剣を抜く彼を横目に、本来より戦えなくなる条件を前提に尋ねる。フレイアにしては言葉に遊びがない。いつもならばこういった事柄は解りやすいながらもやや遠回しな言い方をしていたかもしれないが、今は閉鎖された空間での圧迫感のなか、背後には竜、前方には大量の魔物に挟まれての戦闘という一歩どころか半歩間違えれば生きては帰れない状況である。端的さと正確性をとったのだろう。
「いや別に」
「……ならいいけど」
そっけない返事。いつものことだが。しかしあまりにいつもの調子で過ぎて、この緊張感のなかでもやや拍子抜けしてしまった。
(それってさぁ……守る気全然ありませんってコトじゃん)
確かに自分も言葉から余分なものを削ぎ落としたが、士気ややる気まで落としかねない省略の仕方はしなかったはずだ。しかし彼のそれは、こう、何と言うか、削ぎすぎでは。別のものまで削がれそうである。そういうことを考慮に入れての言葉はないのだろうかと思わず苦笑が漏れる。その一瞬の空気の緩みを目敏く感じ取ったのか、大きな牙と翼の蝙蝠が群れのなかから数匹が飛び出し――――かけたところで、“墜ちた”。
「……けどさ、さすがに即答されると考えちゃうなー?」
弓を構えた状態のフレイア。一呼吸前までその手にあったはずの矢は、既に魔物を地に縫い止めていた。番えていたそれがなくなったため、矢籠へ手を伸ばす。
「確かにアタシはリセみたいに庇護欲感じさせる質じゃないですけど?」
魔物の翼や牙、嘴が光苔に淡く照らされる。彼女は同じ動きで旋回する群れのなかで数匹の僅かな光のブレに気付き、こちらへ向かってくる前に仕留めたのであった。良い牽制になったようで、けたたましい鳴き声から魔物の動揺が窺える。
(まあ、でも、その方が――)
「……お前はオレが気を回さなくても、やられたりしない」
そっけない、けれど――心情までそうだとは、限らない。
「……!」
その心は冷たいわけではないはずなのに、彼は本当に伝えるのが、いや、“伝え方”が――
「下手すぎでしょ」
「……何が。で、違うわけ?」
戦闘には似つかわしくない、呆れを含んだどこか困ったような笑いを浮かべるフレイア。そして緩やかに、凛と唇を結ぶ。隣にいた彼が身体をずらし、背後へ回ったのを感じた。
――言葉はないけれど、それよりも強く、背に感じるものがある。
「……違わない」