Story.8 古の殺戮者

      †

 フレイアの言葉を借りれば“宝探し”をしつつ血の道標をひたすら辿り、数時間。太陽は高い場所で輝いていた。そんななか四人はある場所の前で足を止める。だが、そこで血痕が途切れていたわけではない。
「……この中まで続いているみたいですね」
 イズムは、眼前に聳える崖――否、崖に“空いている”モノを見据えた。
「暗い、ね……」
 目の前で口を開ける“洞窟”に目を向け、当然と言えば当然なのだが、あまりの黒の深さに思わず感想を漏らすリセ。どんなに目を凝らせど、その暗闇の奥を見ることはできなかった。何の明かりも無しにこの中を進むのはほぼ不可能と言えるだろう。
「イズム、魔法で明かり出せるか?」
「ええ……リセさんもお願いできますか? 練習も兼ねて」
「うん、分かった」
 リセはイズムと同じように難なく手のひらに魔力の輝きを灯す。そうして一行は、洞窟内へと足を踏み入れた。入り口から遠退いていくほど背後から差し込む陽光が弱くなっていく。すぐに光は二人の魔法だけを頼る状況になった。辺りには自分達の足音と、水滴が一定の間隔で落ちる音しかしない。それは空間の中で反響し、やがては闇に溶け消えていく。目が慣れてきたらしく辺りを見回すリセ。洞窟内はそれ程狭く無かった。四人が横に並んで、少し余裕がある程度である。
「……鍾乳洞、みたいですね」
 イズムは少し高く手を上げ、天井にも光が届くようにする。一同が仰げばそこには幾つもの鍾乳石が枝垂れていた。洞窟に入って暫くしてからは、足元にもそれらを逆にしたような石荀が林立している。――その時。
「ひゃうっ……!?」 
 声と同時に四人の周りの光量が突然落ちた。何かに躓いたのかリセの身体が傾いており転び――かけるが、既の所でイズムが支える。
「大丈夫ですか?」
「う、うん……ごめんね、ありがと……。あ、明かり、消えちゃった」
「意識が完全に逸れたからですね。さすがに無意識で魔力を維持するのはまだ難しいと思います」
「う……頑張ります」
 そんな様子を見ながらフレイアはそっとハールに近付き、彼の耳に緩やかな弧を描いた口元を寄せて囁いた。
(……ハール君、残念だったねぇ?)
(……何が)
(立ち位置が悪かったね)
 フレイアは見逃さなかったのだ。リセが体勢を崩した瞬間、彼が腕を伸ばそうとしたのを。そして一瞬の遅れでその手は行き場を失い、仕方なくポケットへ捩じ込まれたことを。彼の場合、それは単に咄嗟の行動で、深い意味など皆無だったのだろうが。一方、再び光を灯したリセは何に足を取られたのだろうかと地に目線を落とす。
「あ……ッ」
 思わず口を片手で覆う。魔力の光が彼女の動揺を映し明滅する。それは一瞬蝋燭を吹き消したように溶け消えたが、直後にはどうにか持ち直した。そこに転がっていたのは――――頭蓋骨だった。風化が進んではいたものの、確かにそれは生物の“元”頭。すでに収まっているべきモノが入っていない眼窩は何処を見ているのか知れない闇を晒しており不気味だ。形からして魔物のものであろうが、突然目に捉えるには、些か刺激が強かったようだ。
「……大丈夫、リセさん、人間ではありませんよ」
「うっ、うん……ちょっと、びっくりしただけ……」
「魔物はよく洞窟を棲みかにしますから、骨くらいあってもおかしくはありません。夜行性が多いですし……暗い場所が好きなんでしょうね」
「そう、だよね。これくらい……慣れなきゃ、ね」
 これから時には魔物を相手にしながら旅をしていくのだ。彼らと、ともに。声の震えを抑え、強く手を握る。髑髏とそれに対する動揺を振りきるように前を向く、と。
「――あっ、あれ……!」
 彼女の視線の先には、暗い地面にぽつんと浮かぶ白い円があった。それは、見紛うことなく――――
「私の帽子……!」
 駆け寄り、鳥型の魔物の死骸のすぐ横に落ちている帽子に恐る恐る手を伸ばした。既に冷たくなっているとは言え、完全に恐怖心は拭いきれない。ーーいや死んでいたから余計に、かもしれない。魔物は生命力が強いとは言え、血を失い過ぎたのだろう。帽子を手に取り急いで駆け戻ると大きく息を吐き、安堵の笑みを見せた。
「良かったぁ……みんなのごはん」
 軽くはたいて土を落とし、約一日ぶりにそれを頭に乗せる。やはり落ち着いた。被っていないと妙に頭が軽すぎて、気になっていたのだ。
「いやそっちかよ。……お前には、それがないとな」
「うん……っ」
 本当に、心の底から嬉しそうに彼女は笑った。それは、大輪の華が咲き誇るように――――というよりは、小さな蕾がふわりと綻ぶようで。
「――……」
 彼女のその表情は、言葉を返すことさえ忘れる程に――――……
 と、その時だった。

『…………ッ!!』

 深い地の底から轟いてくるような重低音が、洞窟内に響いた。不吉な余韻は幾重にも反響し、彼女達の間に戦慄が走る。
「今のって……」
 リセの表情が途端に強張り、三人に目を向ける。
「もしかすると……もしかしちゃったりー?」
 多少おどけてけて言うフレイアの表情は苦笑に近い。だが、畏怖は見てとれなかった。
「……引き返すなら、今だけど?」
 ハールは永遠に続いているかのように思われる闇の奥を見据え、目を微かに細める。
「機会にも恵まれたことですし、せっかくですからご挨拶くらいさせていただきたいですね」
「“お宝”目の前にして、逃げるっていうのも……ね」
 声ひとつであれほどの重圧。並みの魔物ではないということは、戦闘経験が皆無に等しいリセでも容易に感じ取れた。
「……やってみる」
 静かに頷く。それでも、彼らなら渡り合えるはずだ。
 そして自分は、自分にできることをする。そのために、ここまで来たのだから。
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