Story.8 古の殺戮者
†
「おはようございます、朝ですよ」
目を開けると、黒髪の少年がその髪と同じ色の瞳で自分を見下ろしていた。
「……おはようございマス」
彼が視界から外れると、フレイアはその姿を追い掛けるように身を起こす。
「あ、フレイア! おはよー」
「お前が一番遅いなんて珍しいな」
「あ……うん、おはよう」
リセとハールが少し前まで焚き火であったものの側に座っていた。昨夜の煌々とした赤は朝焼けの光にとって代わり、無事役目を果たし終えたそれは黒い跡となっている。のそのそと起き上がりそちらへ向かうフレイア。少し頭が重い。遅くまで起きていたのが祟ったらしい。
「昨日はリセに付き合ってやってたんだって? ありがとな」
「……ううん」
ハールの言葉に返答すると、自分も彼らの側に座った。
「……フレイアさん?」
今は、あまり喋る気になれなかった。少々する頭痛のせいで――いや、そうということにしておこう。
「……フレイアさん」
――痛む。目を瞑る。再生される会話、瞼の裏に映る握られた手。
「ちょっと失礼します」
「……ひぁっ!?」
不意に額に当てられた温度に目を見開き、青く丸みを帯びた目がさらに丸くなる。状況が解らず数回の瞬き。金の睫毛がぱちぱちときらめく。すぐにそれはイズムの手であり、そのまま彼が何か考えている様子から体温を測られているのだと気付いた。それほどまでに体調が悪そうに見えていたのかと少し驚いているうちに手は離される。
「すみません、熱でもあるのかと思いまして。特に熱くはありませんでしたが……大丈夫ですか?」
「あー……ごめんごめん! うん、平気。考えゴトしてただけだから」
「お前が考え事?」
「失礼なっ、いつも元気なフレイアちゃんだってたまには考えゴトぐらいしますー!」
舌を出して反抗するフレイア。彼女がいつも通りの顔を見せたという安堵から、ハールは笑んだ。
「それならいいんですけど……無理だけはしないでくださいね」
「もー、平気だって! イズム君お母さんみたーい」
「ふおっ、イズム君お母さん……!」
「あー……」
「お二人とも“納得”みたいな顔するの止めてください。……キヨへの対応が癖になってますかね」
複雑そうな表情をするイズム。一つ息をつくと、気を取り直すように微笑を浮かべた。
「して、皆さん。ご存知かと思いますが……今朝は朝食抜きです」
お母さんの笑顔と、一瞬の沈黙。
「ま、それも、帽子を取り返せば済むハナシだよねっ!」
フレイアの一声に、三人は道標を目で追う。その距離に思わず溜め息をつきそうになったが、それを飲み込んだ。
「この先に川がありそうなので、釣りするのもありですね。竿はまあ……どうにかしましょう」
「途中で食えそうな木の実とかねぇかな」
「ああ、山葡萄なんかあったらいいですね、探しながら行きましょうか。携帯水晶で保存しておけば後でジャムにもできますしね」
「おっ、いーねいーね、宝探しみたいで楽しいね!」
「ですねー。予想外の出来事の無い旅なんて、剣の下手なハールみたいなモノです」
「それはオレから剣取ったら何も残らないってことか」
「当たらずとも遠からずですね。正解はつまらないです」
「おい」
リセの唇から小さな笑みが漏れる。実のところ少し泣きそうだったのに、つい笑ってしまった。
(……もっと、がんばろう)
固く拳を握る。地図が読めなかった時のような悔しさではなく、今度は、決意として。
少しでも彼らに近づきたいから。
――――この場所に、いたいから。
「おはようございます、朝ですよ」
目を開けると、黒髪の少年がその髪と同じ色の瞳で自分を見下ろしていた。
「……おはようございマス」
彼が視界から外れると、フレイアはその姿を追い掛けるように身を起こす。
「あ、フレイア! おはよー」
「お前が一番遅いなんて珍しいな」
「あ……うん、おはよう」
リセとハールが少し前まで焚き火であったものの側に座っていた。昨夜の煌々とした赤は朝焼けの光にとって代わり、無事役目を果たし終えたそれは黒い跡となっている。のそのそと起き上がりそちらへ向かうフレイア。少し頭が重い。遅くまで起きていたのが祟ったらしい。
「昨日はリセに付き合ってやってたんだって? ありがとな」
「……ううん」
ハールの言葉に返答すると、自分も彼らの側に座った。
「……フレイアさん?」
今は、あまり喋る気になれなかった。少々する頭痛のせいで――いや、そうということにしておこう。
「……フレイアさん」
――痛む。目を瞑る。再生される会話、瞼の裏に映る握られた手。
「ちょっと失礼します」
「……ひぁっ!?」
不意に額に当てられた温度に目を見開き、青く丸みを帯びた目がさらに丸くなる。状況が解らず数回の瞬き。金の睫毛がぱちぱちときらめく。すぐにそれはイズムの手であり、そのまま彼が何か考えている様子から体温を測られているのだと気付いた。それほどまでに体調が悪そうに見えていたのかと少し驚いているうちに手は離される。
「すみません、熱でもあるのかと思いまして。特に熱くはありませんでしたが……大丈夫ですか?」
「あー……ごめんごめん! うん、平気。考えゴトしてただけだから」
「お前が考え事?」
「失礼なっ、いつも元気なフレイアちゃんだってたまには考えゴトぐらいしますー!」
舌を出して反抗するフレイア。彼女がいつも通りの顔を見せたという安堵から、ハールは笑んだ。
「それならいいんですけど……無理だけはしないでくださいね」
「もー、平気だって! イズム君お母さんみたーい」
「ふおっ、イズム君お母さん……!」
「あー……」
「お二人とも“納得”みたいな顔するの止めてください。……キヨへの対応が癖になってますかね」
複雑そうな表情をするイズム。一つ息をつくと、気を取り直すように微笑を浮かべた。
「して、皆さん。ご存知かと思いますが……今朝は朝食抜きです」
お母さんの笑顔と、一瞬の沈黙。
「ま、それも、帽子を取り返せば済むハナシだよねっ!」
フレイアの一声に、三人は道標を目で追う。その距離に思わず溜め息をつきそうになったが、それを飲み込んだ。
「この先に川がありそうなので、釣りするのもありですね。竿はまあ……どうにかしましょう」
「途中で食えそうな木の実とかねぇかな」
「ああ、山葡萄なんかあったらいいですね、探しながら行きましょうか。携帯水晶で保存しておけば後でジャムにもできますしね」
「おっ、いーねいーね、宝探しみたいで楽しいね!」
「ですねー。予想外の出来事の無い旅なんて、剣の下手なハールみたいなモノです」
「それはオレから剣取ったら何も残らないってことか」
「当たらずとも遠からずですね。正解はつまらないです」
「おい」
リセの唇から小さな笑みが漏れる。実のところ少し泣きそうだったのに、つい笑ってしまった。
(……もっと、がんばろう)
固く拳を握る。地図が読めなかった時のような悔しさではなく、今度は、決意として。
少しでも彼らに近づきたいから。
――――この場所に、いたいから。