Story.8 古の殺戮者
†
パチパチと爆ぜる炎の音で目を覚ました。誰かが火の側にいる気配から、まだ自分の番ではないらしいということをぼんやりとした夢現の状態の頭で考える。またすぐに眠れそうだったので、瞼は閉じたままでいた。
「イズム、お前の番」
ハールが小声で呼び掛けるのが聞こえた。
「ハール…………頼みます」
「頼まれねぇよ」
ちょうどハールからイズムに交代する時間だったらしい。結局順番は、最初がハール、次にイズム、フレイア、最後がリセということになった。なので自分は彼の次だから、まだ少し眠れる。すぐ側でイズムが起き上がったであろう、衣擦れの音がした。
「仕方ありませんね」
「いや、元々お前の番だろうが」
そのあと数秒、焚き火が燃える音だけが響いていた。
「……なあ」
誰かが何か言っている、その程度しか判別ができなくなる程に意識が霞んでいた。そのまま再び深い眠りへと身を委ねた――……その時。
「……フレイアってさ」
不意に呼ばれた自分の名前に眠気が吹き飛ぶ。驚きで一瞬だけ瞼を動かしてしまった。が、幸い反対側を向いていたので気付かれはしなかった。
「フレイアさんが……何です?」
立ち聞き――というか寝聞きだが――は良くないとは思いつつも、耳を欹てる。そして、黙って話を聞くことにした。
「いや……フレイアって、何か一歩引いてるような気ィしねぇか?」
「ああ……それですか」
微かに目を細めるイズム。その口ぶりから、彼も薄々感じていたのだろう。
「何つーかさ……“楽しいと思ってる”って思わせたいから笑ってる、というか、常に“そう思わせたい自分”っていうのに従って表面に出してるというか…………あと、何か妙に達観してるとこあるよな……硝子一枚隔てた処から見てる気がする」
距離は近いけれど、手を伸ばしても『此処』からは届かない。硝子の向こうで、まるで『此処』にいるかのように笑っているのに。だから、その透明な壁が、薄いのか厚いのかすら、分からない。
「それは……僕も少し感じていました。フレイアさん、人懐っこいようで、浅いところまでしか踏み込んできませんよね。そしてまた逆も然り――ですか」
心地好く友好的な態度はとってくるが、けして自分には触れない、触れさせない。また、相手の深い部分にも触れない。そしてあまりに彼女が笑顔だから、打ち解けたと思ってその事実に気付かず、彼女を知った気になる。
「アイツ、旅してた理由も分かんねぇしさ……あの歳で女が一人旅って、するか? 普通」
自分たちは、一体彼女の何を知っている?『明るい』『元気』『優秀な弓使い』――――……なら。
「厳しいでしょうねぇ……」
フレイアは、明るい元気な弓使いの――――『何』なんだ? それすら彼女は、天真爛漫な笑みで、惑わせる。
「……でも僕、結構買ってるんですよ。彼女のこと」
「お前が?」
意外だ、というふうにイズムに目を向けるハール。
「腕は確かですし……クロスボウならともかく、弓ってそれなりに力と技術が必要ですから。努力はしたでしょう。それに……悪い子じゃありませんよ、絶対」
彼が“絶対”などと言い切るのは珍しい。それだけフレイアを認めているのだろうが、彼なりに感じるものがあるのかもしれない。
「ハールはどうなんです?」
「どうっ……て?」
「フレイアさんのこと、信用してますか?」
「そりゃ……」
その質問に、ハールは彼の目を見据えて答えた。
「当たり前だろ」
小さく息をついて、当然、と言わんばかりに今度はイズムを横目で見遣る。
「信用できねぇ奴なんかと……一緒に旅するかよ」
「……ですよね」
例え、確かな証の無いものだとしても。そう感じるのだから、それで十分だ。
「……そのうち、話してくれますかね」
先程の涙を思い、イズムは言う。
「だといいけどな」
同じことを考えながら、ハールも頷いた。彼女の口から零れた理由は嘘ではないだろう。だが、あの理由で泣くにはまたそれなりの理由があるはずなのだ。もう一つ、海より深い場所の底に沈んでいる、何かが。暫くしてハールが横になる気配がした。今度はイズムが火を見ている番になったのだろう。
彼女は、思う。自らの髪が夜気で冷えているのを感じながら。
――――もう少しだけ、このあたたかい場所で、眠っていよう。篝火の音に彩られる夜は、まだ長いのだから。
パチパチと爆ぜる炎の音で目を覚ました。誰かが火の側にいる気配から、まだ自分の番ではないらしいということをぼんやりとした夢現の状態の頭で考える。またすぐに眠れそうだったので、瞼は閉じたままでいた。
「イズム、お前の番」
ハールが小声で呼び掛けるのが聞こえた。
「ハール…………頼みます」
「頼まれねぇよ」
ちょうどハールからイズムに交代する時間だったらしい。結局順番は、最初がハール、次にイズム、フレイア、最後がリセということになった。なので自分は彼の次だから、まだ少し眠れる。すぐ側でイズムが起き上がったであろう、衣擦れの音がした。
「仕方ありませんね」
「いや、元々お前の番だろうが」
そのあと数秒、焚き火が燃える音だけが響いていた。
「……なあ」
誰かが何か言っている、その程度しか判別ができなくなる程に意識が霞んでいた。そのまま再び深い眠りへと身を委ねた――……その時。
「……フレイアってさ」
不意に呼ばれた自分の名前に眠気が吹き飛ぶ。驚きで一瞬だけ瞼を動かしてしまった。が、幸い反対側を向いていたので気付かれはしなかった。
「フレイアさんが……何です?」
立ち聞き――というか寝聞きだが――は良くないとは思いつつも、耳を欹てる。そして、黙って話を聞くことにした。
「いや……フレイアって、何か一歩引いてるような気ィしねぇか?」
「ああ……それですか」
微かに目を細めるイズム。その口ぶりから、彼も薄々感じていたのだろう。
「何つーかさ……“楽しいと思ってる”って思わせたいから笑ってる、というか、常に“そう思わせたい自分”っていうのに従って表面に出してるというか…………あと、何か妙に達観してるとこあるよな……硝子一枚隔てた処から見てる気がする」
距離は近いけれど、手を伸ばしても『此処』からは届かない。硝子の向こうで、まるで『此処』にいるかのように笑っているのに。だから、その透明な壁が、薄いのか厚いのかすら、分からない。
「それは……僕も少し感じていました。フレイアさん、人懐っこいようで、浅いところまでしか踏み込んできませんよね。そしてまた逆も然り――ですか」
心地好く友好的な態度はとってくるが、けして自分には触れない、触れさせない。また、相手の深い部分にも触れない。そしてあまりに彼女が笑顔だから、打ち解けたと思ってその事実に気付かず、彼女を知った気になる。
「アイツ、旅してた理由も分かんねぇしさ……あの歳で女が一人旅って、するか? 普通」
自分たちは、一体彼女の何を知っている?『明るい』『元気』『優秀な弓使い』――――……なら。
「厳しいでしょうねぇ……」
フレイアは、明るい元気な弓使いの――――『何』なんだ? それすら彼女は、天真爛漫な笑みで、惑わせる。
「……でも僕、結構買ってるんですよ。彼女のこと」
「お前が?」
意外だ、というふうにイズムに目を向けるハール。
「腕は確かですし……クロスボウならともかく、弓ってそれなりに力と技術が必要ですから。努力はしたでしょう。それに……悪い子じゃありませんよ、絶対」
彼が“絶対”などと言い切るのは珍しい。それだけフレイアを認めているのだろうが、彼なりに感じるものがあるのかもしれない。
「ハールはどうなんです?」
「どうっ……て?」
「フレイアさんのこと、信用してますか?」
「そりゃ……」
その質問に、ハールは彼の目を見据えて答えた。
「当たり前だろ」
小さく息をついて、当然、と言わんばかりに今度はイズムを横目で見遣る。
「信用できねぇ奴なんかと……一緒に旅するかよ」
「……ですよね」
例え、確かな証の無いものだとしても。そう感じるのだから、それで十分だ。
「……そのうち、話してくれますかね」
先程の涙を思い、イズムは言う。
「だといいけどな」
同じことを考えながら、ハールも頷いた。彼女の口から零れた理由は嘘ではないだろう。だが、あの理由で泣くにはまたそれなりの理由があるはずなのだ。もう一つ、海より深い場所の底に沈んでいる、何かが。暫くしてハールが横になる気配がした。今度はイズムが火を見ている番になったのだろう。
彼女は、思う。自らの髪が夜気で冷えているのを感じながら。
――――もう少しだけ、このあたたかい場所で、眠っていよう。篝火の音に彩られる夜は、まだ長いのだから。