Story.1 白の狂気

 以降はどうにか当たり障りのない会話を交えながら歩いた。時刻は日没が間近に迫る頃に近づき、赤い夕空は東から迫る濃紺に呑まれ始める。目的地が同じ森のなかにあるとは言っても、少女の歩幅に合わせて歩いていたため到着には至らなかった。悪路とまではいかなくとも、地面には足をとられるに十分な落ち葉の重なりや石、木の根は絶えず存在する。街道のように整備されているわけではないので、慣れない者が行くならば仕方のないことだ。暗くなってからは迂闊に動かない方がいい。月明かりだけで歩き回れば怪我をする確率は昼のそれとは比べ物にならないほどに跳ね上がる。夜間に行動しない一番の理由は――また別にあるのだが。それでも一人なら気にせず進んでしまうが、生憎今それが許される状況ではない。
「今日のところはこの辺りで野宿な。明日の朝には着くから」
「うん」
 比較的地面に凹凸や湿り気のない場所を選び、野営の支度をする。少女が何かできることはないかと訊いてきたので、自分の目の届く範囲で乾燥した枝を集めて欲しいと頼んだ。拾いながら彼女を目で追う。仄闇に浮かび上がる白い衣服はとても目立った。数歩進んでは屈んで枝を拾い、選別をするとすぐに立ち上がってまた歩くという作業に勤しんでいる姿からは、あまり危機感のようなものを抱いている風には見えなかった。普通は記憶喪失になろうものなら人に気を遣う余裕などないだろうに、役割を申し出るとは見上げた性格である。それとも、単にマイペースなだけなのか。
(何かやっていた方が気が紛れるのかもな……)
 大量に必要とするわけではないので、枯れ枝はすぐに集まった。それらを一か所に集め、火打石で火を灯す。石から弾けた火花はすぐに枝を舐め始め、やがて焚き火と呼べる程度の大きさになった。
「ふおぉ……」
 ハールの隣に腰を下ろすと、目の前の炎に文字通り目を輝かせる少女。金の瞳に炎が映り込み、黄金の光が揺らめいた。ハールにとっては何の感慨もない日常風景だが、見慣れない者には興味深いのだろうか。
「きれい」
「……え、そう?」
 自分にはない感覚だ。
「あ、それもきれい」
「ん?」
 少女が指差したのは、ハールの右腰に下がった紅い半球に金の縁どりが施されたものだった。
「え、携帯水晶知らねぇの?」
 彼が軽く持ち上げると、鎖が音を立てる。
 ――その時、ぐうー、という間の抜けた音が場に響いた。
 ハールは少女が座る方とは反対側に置いてあったのか袋を持ち上げると、中身を取り出す。
「食う?」
「ふおぉ……ごめんなさい」
 手渡されたのは、堅焼きパンと魚の塩漬けだった。
「大したもんじゃねぇけど」
 言うと、自分も同じものを用意する。仕方のないことだが、やはり旅をしていると毎食似たり寄ったりなものになる。
「ううん、ありがとう。いただきます」
「おー」 
 次に町へ寄るときは保存食でなく店で『料理』と呼べるものを食べよう、などと思いつつ彼女の礼に返事をし――
「あ、それかなり塩気あるからパンと一緒に食わねぇと……」
「……先に言ってほしかった」
 その補足は間に合わなかったらしく、眼前には若干涙目の少女がいた。
 彼女はパンをいそいそとちぎり、今度はそれを口に含んでから魚を齧る。余程塩辛かったのか、魚をかなり遠慮がちに含む姿は微笑ましかった。
「悪い」
 食べ物を両手で持ちもぐもぐと咀嚼する様子はどこか栗鼠を彷彿とさせる。
「……おいしいです」
「それは良かった」
 黙々と食べる。しかし量が量なので、それもすぐに食べ終わった。
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