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邂逅の夜
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海は、砂のように扱えない。
それがクロコダイルの苛立ちの理由だった。
波の揺れは不規則で、音は湿り、風はぬるい。
砂漠の乾きと違い、この海には命がありすぎた。
夜の喧騒の奥で、潮と砂の匂いが混ざり合っていた。
クロコダイルは酒場の薄暗い奥で葉巻をくゆらせていた。
脱獄後、彼はバロックワークスの残党を再び動かし始めていた。
砂漠の鰐はまだ生きている――その噂が裏社会に広がるのに、そう時間はかからなかった。
とある港町。
そこで、情報屋の男が震える声で報告する。
「……“ナミナミの実”の女、海軍に追われて北の海に逃げたそうで。賞金首になってます」
「懸賞金は?」
「十億ベリー……今じゃ“人魚よりも高い”値がついてます」
クロコダイルは葉巻を噛み砕き、灰皿に押し潰す。
「……その程度で俺の女を値踏みすんじゃねェ」
その言葉に男の顔が蒼白になる。
クロコダイルの“女”という言葉。
それはただの比喩ではない――裏の者たちには、それだけで十分な脅威だった。
さらに情報が集まる。
――ドフラミンゴの人間屋の取引に“青い髪の女”がいた。
――頂上戦争後、トラファルガー・ローが一時彼女を匿っていた。
――黒ひげがその能力を狙って動いている。
報告が積み重なるたびに、クロコダイルの表情は次第に無表情に近づいていく。
「……“水の魔女”を探してるって話だな?」
向かいの情報屋が、濁った目を光らせる。
歯の隙間から漏れる笑い声が、煙と血の匂いに混じった。
「珍しいな、“砂の王”が女の話なんざ」
クロコダイルはゆっくりと灰を落とす。
指先の黄金の鉤爪が、ランプの明かりを受けて鈍く光った。
「口が軽ェ奴はすぐに乾く。気をつけろ」
一言で、情報屋の喉が鳴った。
その怯えが伝わった瞬間、クロコダイルは懐から袋を放る。
中で金貨が乾いた音を立てる。
「話せ。どこにいる」
「……北の海だ。古代文字を読む“魔女”がいるって噂だ。どうやら捕まって、一週間後シャボンディの人間屋のオークションにかけられるそうだ。海軍も天竜人も動いてやがる。
名は――ダリア。あんたが探してる女だろ」
クロコダイルの眉が、わずかに動いた。
炎の赤が瞳に映り、煙が長く伸びる。
「……水の魔女が生きてるってんなら、世界政府が放っとくわけがねェ」
「その通りだ。天竜人の手に渡りゃ、一生奴隷のままだろうさ」
沈黙。
葉巻の火がじり、と音を立てて燃え尽きる。
「……くだらねェ」
「え?」
「“海”を支配できる奴が、鎖につながれてるってのが、気に入らねェだけだ」
クロコダイルは立ち上がった。
コートの裾が砂のように舞い上がり、椅子の脚が軋む。
その背後で、ダズ・ボーネスが静かに口を開く。
「……ボス、まさか救いに行くつもりじゃねぇだろうな」
「勘違いすんな。利用価値があんなら拾うだけだ」
吐き捨てるように言いながらも、その声には、かすかに熱があった。
誰も気づかぬほど微かな、乾いた砂に混じる熱。
――数日後、クロコダイルの船はシャボンディへ向かっていた。
風は湿り、遠くの空で嵐の気配が蠢いている。
ダリアの痕跡を追う航海の中で、クロコダイルは何度も夢を見る。
掌から溢れた、あの水の光。
そして、それを差し出して笑っていた少女の面影を。
「……てめェの水で、またおれを溶かす気か……ダリア」
その呟きは波音にかき消され、夜の海に沈んだ。
それがクロコダイルの苛立ちの理由だった。
波の揺れは不規則で、音は湿り、風はぬるい。
砂漠の乾きと違い、この海には命がありすぎた。
夜の喧騒の奥で、潮と砂の匂いが混ざり合っていた。
クロコダイルは酒場の薄暗い奥で葉巻をくゆらせていた。
脱獄後、彼はバロックワークスの残党を再び動かし始めていた。
砂漠の鰐はまだ生きている――その噂が裏社会に広がるのに、そう時間はかからなかった。
とある港町。
そこで、情報屋の男が震える声で報告する。
「……“ナミナミの実”の女、海軍に追われて北の海に逃げたそうで。賞金首になってます」
「懸賞金は?」
「十億ベリー……今じゃ“人魚よりも高い”値がついてます」
クロコダイルは葉巻を噛み砕き、灰皿に押し潰す。
「……その程度で俺の女を値踏みすんじゃねェ」
その言葉に男の顔が蒼白になる。
クロコダイルの“女”という言葉。
それはただの比喩ではない――裏の者たちには、それだけで十分な脅威だった。
さらに情報が集まる。
――ドフラミンゴの人間屋の取引に“青い髪の女”がいた。
――頂上戦争後、トラファルガー・ローが一時彼女を匿っていた。
――黒ひげがその能力を狙って動いている。
報告が積み重なるたびに、クロコダイルの表情は次第に無表情に近づいていく。
「……“水の魔女”を探してるって話だな?」
向かいの情報屋が、濁った目を光らせる。
歯の隙間から漏れる笑い声が、煙と血の匂いに混じった。
「珍しいな、“砂の王”が女の話なんざ」
クロコダイルはゆっくりと灰を落とす。
指先の黄金の鉤爪が、ランプの明かりを受けて鈍く光った。
「口が軽ェ奴はすぐに乾く。気をつけろ」
一言で、情報屋の喉が鳴った。
その怯えが伝わった瞬間、クロコダイルは懐から袋を放る。
中で金貨が乾いた音を立てる。
「話せ。どこにいる」
「……北の海だ。古代文字を読む“魔女”がいるって噂だ。どうやら捕まって、一週間後シャボンディの人間屋のオークションにかけられるそうだ。海軍も天竜人も動いてやがる。
名は――ダリア。あんたが探してる女だろ」
クロコダイルの眉が、わずかに動いた。
炎の赤が瞳に映り、煙が長く伸びる。
「……水の魔女が生きてるってんなら、世界政府が放っとくわけがねェ」
「その通りだ。天竜人の手に渡りゃ、一生奴隷のままだろうさ」
沈黙。
葉巻の火がじり、と音を立てて燃え尽きる。
「……くだらねェ」
「え?」
「“海”を支配できる奴が、鎖につながれてるってのが、気に入らねェだけだ」
クロコダイルは立ち上がった。
コートの裾が砂のように舞い上がり、椅子の脚が軋む。
その背後で、ダズ・ボーネスが静かに口を開く。
「……ボス、まさか救いに行くつもりじゃねぇだろうな」
「勘違いすんな。利用価値があんなら拾うだけだ」
吐き捨てるように言いながらも、その声には、かすかに熱があった。
誰も気づかぬほど微かな、乾いた砂に混じる熱。
――数日後、クロコダイルの船はシャボンディへ向かっていた。
風は湿り、遠くの空で嵐の気配が蠢いている。
ダリアの痕跡を追う航海の中で、クロコダイルは何度も夢を見る。
掌から溢れた、あの水の光。
そして、それを差し出して笑っていた少女の面影を。
「……てめェの水で、またおれを溶かす気か……ダリア」
その呟きは波音にかき消され、夜の海に沈んだ。
