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とうらぶlog

 
 最近の歌仙兼定は何かが変だ。
 普段の言動だけを見れば然したる変化はないのだが。
 その最たる原因として、あれだけ嫌がっていた畑当番を自ら進んで引き受けている、と言えば事の重大さが伝わるだろうか。
 性能強化のため連日畑当番をやらされたことで自棄になっている、などとも噂されているが今のところ事実を知るものは誰もいない。
 唯一何か知っていそうな――歌仙と同じく連日畑当番を任されている江雪左文字に話しを聞いても「さあ?」と曖昧な言葉が返ってくるばかりだ。
 そんな、どこがおかしい歌仙の様子に真っ先に痺れを切らせたのは意外にも本丸の主たる審神者だった。
 いつものように畑へ向かおうとする歌仙を珍しく不機嫌そうな調子で呼び止め問いただす。
「歌仙。あなた最近変じゃない?」
「変、とは?」
「畑当番。前はあんなに嫌がっていたじゃない」
 そう言われ、ああ……と呟いてバツが悪そうに審神者から視線を逸らした歌仙。
 その様子に今度は不安になったのか審神者の表情が酷く曇る。
「もしかして、本当に皆が噂してるみたいに自棄になってるの?だったらごめんなさい。私、ずっとあなたに酷い仕打ちを……」
「待った!違う!違うから落ち着いてくれ」
 発想が飛躍し今にも泣きそうになっている主の両肩に手を置いて幼子にするように何とか宥める歌仙だったが、涙目で続いた「なら、理由は何?」と言う問いに再び言葉を失ってしまう。
 暫し何か考え込んでいたが主の涙には勝てなかったのか、一度深く息を吐いてから少し離れた場所で様子を伺っていた江雪に断りを入れ「おいで」と審神者の手を取って歩き出した。


 審神者が連れてこられたのは件の畑だった。
 彼女も刀剣達と共に何度か訪れた事はあったがその時の様子と今とで別段変わった所は見受けられない。
 既に収穫期を迎えた色鮮やかな野菜達を不思議そうに見つめていると、そっちじゃないと言わんばかりに強く手を引かれ何やら畑とは別の方へと歩みが進んでいく。
 体格差で隠れてしまい審神者からは周囲の様子がいまいち把握出来ないまま歩き続けていると、不意に先を歩く歌仙が立ち止まり勢い余った審神者がその背中へぽすんとぶつかる。
 繋いでいた手が離されて反射的に鼻を押さえていた審神者の視界から歌仙の姿が退いたかと思うと、
「わぁ……」
 審神者の口から自然と漏れたため息にも似た感嘆の声。
 彼女の眼前に拡がっていたのは色鮮やかに咲く濃い桃色の花畑。
「本当はもっと増やしてから教えようと思っていたんだけどね」
「えっ、じゃあこれ全部歌仙が?」
 そう聞くと歌仙は照れくさそうに「まあね」と答えた。
 なるほど、この花を育てる為に連日の畑当番を引き受けていたのか。
 ようやく理由に納得した審神者はそんな歌仙の意外な生真面目さと可愛らしさにどこが含みのある笑みを浮かべてみせた。
「ところで歌仙。この花、何て名前なの?」
 何となしに聞いてみるとそれまで穏やかだった歌仙の顔が僅かに曇る。
 その理由が分からずに首を傾げながら「どうしたの?」と口にすると、歌仙はどこがバツが悪そうに。
「いや、だって。名前を教えたら主はこの花について調べるだろう?」
 妙な事を言い出した歌仙に審神者は至って普通に「そうだね」と答える。
「なら駄目だ。教えられない」
 えっ?と少しばかり悲しげに呟いた主に申し訳なく思ったのか間髪入れずに「だけど!」と続けた。
「元々この花は主の為のものだからね。この花が一面に咲くくらい増えたら、その時に教えるよ」
 だから、それまで待っていてくれ。
 そう言われてしまってはいくら主と言えどもそれ以上言及してはいけない気になってしまう。
 けれど、やはり彼女はどこが納得がいかないようで。
「ならせめて、もうちょっと手掛かりだけでも」
 駄目?と小首を傾げ、上目使いに見上げてくる小さな主に元来彼女に甘い歌仙の心中が激しく揺れる。
 しばらく膠着状態を続けた後、ついに折れた歌仙が手の平で目元を覆いながらため息と共に重い口を開いた。
「そうだね、強いていうなら『主に似合いの花』ってところかな」
 歌仙はそう言うなり、よく分かっていないらしい審神者の手を引いて元来た道を引き返していく。
 その背後でさぁっと吹いた風に揺れている、丸みのある濃い桃色の鮮やかな花弁。
 芍薬と呼ばれる花の名前。その花に込められた淡い想いを審神者が知ることになるのは、もう少しだけ先の話。


[ 2015/05/29 ]
参加log/お題提供 #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負
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