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とうらぶlog

 
 見事だった庭の桜もすっかり落ちきってしまった春の終わり。
 本丸から程近い場所にある草原にて、暖かくなり始めた風に長い髪を靡かせた審神者が新緑の香る空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。
「気持ちいいねー」
 何度か深呼吸を繰り返した後、回るように振り向いて共をしてくれた刀剣へと笑みを向ける。
「ったく、バレたら大目玉だってのにさ」
 呆れたように肩をすくめながら、お供の刀剣男士――内番用の軽装をした獅子王はそれでも主に向かって笑顔を向けてやる。

 彼らの主は体が弱い。
 それ故に普段からほとんど寝たきりであり、こうして寝巻き以外の着物を纏うことですら珍しいことだった。
「……本当に大丈夫なんだな?」
 何も無い草原を楽しそうに歩く主へ念を押すように問いかけると審神者は少しだけむっとしたように「大丈夫!」と言って獅子王の前まで歩み寄ってくる。
「今日は本当に調子がいいの、もしかしたら走れちゃうくらいに」
「走るのは、勘弁して欲しいかな」
 どこか意地悪く笑う審神者と負けましたと言わんばかりに苦笑する獅子王。
 どの道お目付け役である薬研藤四郎の目を盗んで本丸から抜け出そうとした審神者を止められなかった時点で己も共犯なのだ。
 どうせ怒られるのならば楽しそうな主を独占することくらい許されてもいいだろう。
 そんなことを考える獅子王の横でふと並んで歩いていた審神者の歩みが止まる。
 何事かと視線を向けた途端、徐ろにしゃがみ込んだ審神者が突然履き物を脱ぎ出して思わず声が出てしまう。
「ちょっ、主!?」
 驚く獅子王をよそに恐る恐る素足で草を踏みつける審神者。
 そのまま数歩歩いた後、何故か小さくため息を吐いて「私ね」と背後の獅子王に向かって話し始めた。
「憧れてたの。こんな風に風を感じたり、裸足で外を歩いたり」
 病弱であるが故に普通のことですら満足に出来なかった儚い少女。
 そんな彼女が審神者となり、ほんの少しだけれど出来ることが増えていって。
「だから私、今とっても幸せだよ!」
 両手を広げ先程よりも勢い良く振り向いた主の姿に獅子王は思わず息を飲む。
 何も無いただの草原ですら彼女にとっては特別で素晴らしい場所なのだ。
 そう思った途端、獅子王の体は弾かれたように走り出していた。
「えっ?」
 今度は驚く側に回った審神者の手をはしと掴みそのまま「今日だけ特別な!」と言って主の手を引く獅子王。
 手を繋ぎ、生まれて初めて“走る”という体験をした審神者は。はじめこそ驚いていたものの息が上がっていくにつれどんどんと楽しそうな笑みを浮かべるようになっていた。
 しばし草原を走り回った後「ごめ、ししお……」と力なく呟いた審神者と共に獅子王は緑の絨毯へと体を投げ出す。
 激しく上下する胸に衝撃で舞い上がった草の匂いごと酸素を送り込みながら繋いだままの手に柔らかく力が込められる。
 数刻後には案の定熱を出した審神者を背負って本丸へ駆け込み、激昂した薬研に柄まで通されそうになるわけなのだが。
 そんな事など露とも知らない一人と一振り。
 今はただ、共に見上げた青い空だけが二人の世界を包み込んでいた。


[ 2016/05/03 ]
参加log/お題提供 #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負
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