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とうらぶlog

※ 岩さに前提、今→さに


 とある本丸の一室にて。
 この城の主たる審神者が先程からすっかり困り果てたという様子で自身の腹部――正確にはそこへ抱き着いている短刀の頭を見下ろしていた。
「……今剣」
 何度目かの呼び掛けにようやく今剣の頭がぴくりと動く。
 今一度審神者の腰へ回していた腕にぎゅっと力を込めてから、ゆっくりと上げられた今剣の顔はどこか不満そうな表情を浮かべていた。
 数刻前に「岩融とけんかした」のだと言って部屋に飛び込んできてからずっとこの調子だ。
 同じ刀派であり古くからの付き合いでもある今剣と岩融。
 普段から仲睦まじい二振りが突然喧嘩をしたなどと聞いては、ただでさえ心配性な審神者が心中穏やかでいられるはずはなかった。
「何があったの?」
 俯く今剣の顔を覗き込むようにしてなるだけ優しく問い掛ける、と。
「あるじさまは、岩融のことがすきですか?」
「え、えっ!?」
 唐突に聞かれ、途端に朱色で染まる顔。
 彼女と岩融とが恋仲であることは本丸内の誰もが周知していることだ。
 とは言え色恋沙汰にすら臆病なのが彼らの主。
 よく聞く恋仲の刀剣を近侍にするということもせず、岩融のおおらかさも手伝ってか未だ恋仲になる前と何ら変わらない距離感を保ち続けていた。
 当然そんな両者にやきもきする者もいるわけで。
 今剣の問い掛けもそんな思いからきたものなのだろう。
「こたえてください、あるじさま。岩融にきいてもらちがあかないんです」
「岩融にって……。まさか、それが喧嘩の原因!?」
 肯定だとばかりに審神者の顔を真っ直ぐに見据える今剣。
 対する審神者は喧嘩の原因が自分だと知って、恥ずかしいやら情けないやらで視線を彷徨わせることしか出来ないようだった。
「あの、その、えっと……」
「あるじさま、へんじは『はい』か『いえす』です!」
 何に影響されたのか、無言は肯定、返事は十秒以内ですと続いた言葉に思わず「はい!」と答えてしまう審神者。
 すると、途端にずいと顔を寄せてきた今剣によって一方的な遠戦を受けているかの如く次々と質問が浴びせかけられた。
「あるじさまは岩融のことがすきですか?」
「ぅぁ……はい!」
「岩融をあいしてますか?」
「……はい」
「ちゅーしたいですか?」
「はい……、はいっ!?」
 答えてしまってから質問の意味に気付き目を見開いて動揺する審神者。
 流れで答えてしまったとは言え否定も出来ないという心境にその小さな体が更に小さく縮こまっていく。そして。
「……岩融は?」
 次は何を聞かれるのかと怯えにも似た気持ちで身構えていたが今剣の口は開かれず、その代わり背後から聞きなれた大声が降り注いできた。
「全て『いえす』に決まっておろうが」
 驚いて体ごと振り返った審神者の視界に入ったのは「当然だろう」という表情で部屋の戸口に立つ岩融の姿。
 訳が分からず向き直った今剣の顔は先程までとは打って変わり満足そうな微笑みを湛えていた。
「よくも主を謀ってくれたな、今剣よ」
「ふんっだ!いつまでもにえきらない岩融がわるいんですよ」
 そう言うなり立ち上がった今剣は呆然とする審神者の横を走り抜けて岩融の背後へ回るなり、小さな全身を使ってその巨体を部屋の中へと押し込んだ。
 そしてそのまま怪訝そうな顔をする岩融とようやく状況を理解して徐々に顔を沸騰させている審神者を残し「それではごゆっくり」と悪戯っぽく笑いながらぴしゃんと部屋の戸を閉めてしまった。
「まったく、しょうがないひとたちですね」
 閉じた戸へ寄り掛かり、ため息混じりに呟く今剣。
 しかし大人ぶった言葉を吐きつつもやはり気になってしまうのか、しばし考えた末に気付かれぬようそっと引き戸を開いてみる。
 薄く開かれた戸の向こうには今にも爆発してしまいそうな審神者の傍らへ笑いながらしゃがみ込む岩融の姿があった。
 ヒトの体を得てから初めて見せる岩融の顔。
 熟れた林檎のようになりながらも精一杯笑ってみせる小さな主。
 そんな微笑ましい光景を見れただけで今剣の胸もぽかぽかと暖かくなったのだった。
「どうかおしあわせに。ぼくのあるじさま」
 けれど同時に、僅かに感じた切ない気持ち。
 胸に走った鈍い痛みには気が付かないフリをして。
 小さな刀剣は、そっとふたりに背を向けた。


[ 2015/11/22 ]
参加log/お題提供 #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負
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