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とうらぶlog

 
 燭台切光忠にとって己の主たる審神者とは、常にだらしなくやる気の無い女性という認識だった。
 そう、それはまさに今。近侍である彼の前で長いこと文机に突っ伏し意味をなさない呻き声を上げ続けているような、そんなどうしようもない彼女のこと。
「あーもう無理!書けない!むーりー!!」
 同じ台詞を今日だけで何回聞かされた事だろうか。
 そのまま畳の上へと寝転んでしまった主に対し、燭台切は痛む気がする額を指先で押さえながら同じく何度目になるのか定かではないため息をこれみよがしに吐き出た。
 今、審神者が格闘しているのは政府へ提出することを義務付けられている本丸の報告書だ。
 とはいえ刀剣男士の戦績など、ほとんどの項目は政府が持つ技術によって自動的に記録されている。
 そのため審神者がすることと言えばデータ化されたそれに一筆添える程度の作業なのだが。そういった事を最も苦手とする彼女にとってはかなりの苦行となっているようだった。
「もう光忠が代わりに書いてよー」
 ついにはそんな事まで言い出した主に燭台切の眉間の皺がますます深いものになっていく。
「駄目だよ。前にそれをやって凄く怒られたこと忘れたのかい?」
 言われ思い出したのか審神者の表情が途端に歪む。
 元々は日報だった報告書を特例として週報にまでさせた事件。
 まさか政府からの代行者であるこんのすけにあそこまで深々と頭を下げる日がくるなどとは、当の審神者も近侍である燭台切も露とも思っていなかっただろう。
「ほら、頑張ってよ主」
「ううぅ……」
「終わったら御褒美に何でも好きなもの作ってあげるから」
「ほんと!?」
 唐突に起き上がった審神者の変わり身の早さに思わず目を瞬かせて驚く燭台切。
 相変わらず現金な人だと内心で呆れながらもようやくやる気を出した主に暖かな笑みを向けた、その時。
 あるじ、と部屋の外から聞き慣れた声が聞こえ審神者が纏う空気が一瞬にして変化する。
「長谷部か。どうした」
「遠征に出ていた部隊と京都市中へ出陣していた部隊が今し方帰還しましたのでご報告に」
 それを聞くなり「分かった」と言って振り向いた審神者の顔にもう先程までの面影は微塵も残っていなかった。
 今の彼女の顔は本丸に居る大半の刀剣が認識しているもの。
 見栄っ張りな彼女が意図して被る仮面の顔。
「燭台切」
 事務的に名を呼ばれ、同じように事務的な返事を返す近侍の太刀。
「すぐに手入部屋の準備を。出陣部隊は負傷刀剣が多いだろうから手伝い札も用意しておいてくれ」
 別人かと思うほどテキパキと指示を出す主に気付かれぬよう笑みを浮かべ、燭台切は「了解」と立ち上がった。
 そして主に続いて部屋を出ようと歩を進める、と。
「ああ、そうだ」
 不意に、立ち止まった審神者がくるりと振り向きそのまま不思議がる燭台切の耳元に唇を寄せ、呟いた。
「ご褒美、楽しみにしてるからね。光忠」
 最後に素の顔でにこりと笑い、待機していたへし切長谷部を従えて廊下の向こうへと消えていった審神者。
 ぼんやりとそれを見送った燭台切は暫し間を置いてから、どこか困ったような力のない笑みを浮かべて小さくこぼす。
「ほんっと、勘弁して欲しいよね……」
 今の行為が意図的なものかは分からない。
 けれど燭台切光忠という刀剣に自身が『特別な存在』だと認識させるには十分過ぎる効果があっただろう。
 ようやく思考を落ち着けた燭台切がふと部屋の文机で報告書が開かれたままの端末へと目を止める。
 そして徐に文机へ歩み寄ると慣れた手付きで端末を操作して――
『ご期待に添えるご褒美を用意するよ。だから君も、頑張って仕事を終わらせてね』
 打ち込んだ文字をそのままにして審神者の部屋を後にする燭台切。
 その内心で「ずるくあざとい僕の主へ」とひっそり付け加えながら。


[ 2015/09/27 ]
参加log/お題提供 #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負
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