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とうらぶlog

 
「あるじ!」
「いやだ!」
「嫌じゃない!」
「いーやーだー!」
 このやり取りが始まってもうどれほど経っただろう。
 散らかり放題の部屋の隅ではこの部屋の主たる審神者が愛用の布団を全身に被って丸まっており、彼女の近侍である燭台切光忠がその布団を何とかして剥がそうと力の限り引っ張り続けていた。

 事の起こりは数刻前。
 丸一日かけた遠征より戻った燭台切は報告に訪れた主の部屋を見た瞬間に言葉を失った。
 遠征に行く直前、己の手で完璧なまでに片付けたはずの部屋がたった一日見ないだけで前以上の腐海へと変貌してしまっていたのだ。
「……みつただぁ?」
 部屋の奥。最も物で溢れている場所から気の抜けた声が聞こえ、どこかへと飛びかけていた燭台切の意識が現実に引き戻される。
 慌てて声のした方へ向かえば、寝起きらしい顔をした審神者が山姥切の如く頭から布団を被って閉じられた目を頻りに擦っていた。
「おかえりー」
「ああ、ただいま。……じゃないよ!どうしたんだいこれは」
 思わず声を荒げて問えば、審神者はへらりと笑いながら「気付いたらこうなってた」と更に燭台切の頭痛の種を増やしていく。
 片手で額を抑える燭台切の中からは既に遠征の疲れなど吹き飛んでおり、一刻も早くこの部屋をどうにかしなければという謎の使命感だけが燃え上がっていた。
「いいよ、もう。とにかく片付けるから、主は一旦部屋の外に……」
「え、嫌だけど」
 は?と無意識に口をついた燭台切に審神者はさも当然だと言うように。
「だって今からゲームするし。さっき丁度いいところで眠くなっちゃってさ。一刻も早く再開しないといけな……」
「あるじ!」
 と、ついに温厚な燭台切が限界を迎えたことで今の状態に至るわけだが。
 引っ張られた布団の生地が伸びていくばかりで事態は一向に進展しそうもない。

「ああ、もう!」
 遠征での疲労も手伝ってか苛立ちを隠さなくなった燭台切が一際大きな声を上げる。
 そして半ばやけくそ気味に渾身の力を込めて手にした布団を引っ張る、と。
「!?」
 審神者が全体重をかけて死守していた布団が彼女の体ごとぶわりと浮き上がり、驚く燭台切に向かって引かれた勢いそのままに倒れ込んできた。
 仰向けに倒れた燭台切の上へのしかかるような形で倒れた審神者。
 まず額どうしがぶつかった衝撃で一瞬だけ意識が飛び、気が付くと何やら柔らかい感触が己の唇へ触れていた。
 しばしの沈黙の後、どちらともなく近すぎる顔を離して何事もなかったかのように立ち上がる。
「びっくりしたー」
「それはお互い様だよ」
 今の出来事で苛立ちは収まったのか燭台切の言葉が普段と同じ声色に変わる。
「それよりほら。せっかく立ったんだから遠征部隊の皆に顔を見せに行っておいで」
 そう言いつつ主の体を部屋の外へ押しやると審神者も観念したのか「りょうかーい」とやる気のない返事をして皆の元へと向かった。
 それを見送ってから後ろ手に部屋の戸を閉めた燭台切。
 廊下を曲がりながら背後で戸の閉まる音を聞いた審神者。
 その両者がほぼ同時に、両手で顔を覆いながら崩れ落ちるようにその場へとしゃがみ込んだ。
 事故とはいえ、あれは確かに口付けだった。
 徐々に顔を赤く染めていきながら心中に浮かぶのは同じ思い。
『どうか、気付いていませんように』
 完全に舞い上がっている両者の、特に審神者の思考が燭台切以外に見せる大人びたものへと回復するまでには、今しばらく時間を要するようだった。


[ 2015/06/13 ]
参加log/お題提供 #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負
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