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「…本当に君が作るのかい?」
 そんな問い掛けを厨房の戸口へ送りながら、内番の装いをした歌仙兼定は慣れた動作で調理器具を台の上へと並べていく。
「何か問題でも?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね」
 歌仙の問いにどこか不満そうな声色を返したのは、割烹着を身に付け、いつもは下ろしている長髪を後頭部で一纏めに括った姿の審神者だった。普段とは違う主の装いに、彼女へ密かな恋慕を抱いている歌仙の表情が一瞬だけ綻びかけたが、すぐにハッとしていつもの顔を取り繕う。
 実際、彼らの主たる審神者が厨房へ立つのは随分と久しいことだった。本丸へきてすぐの頃は、知識はあれど料理どころか食事の経験すらなかった刀剣達の代わりに彼女が一切の炊事を引き受けていた。しかし刀剣の数が増えるにつれ、見様見まねで手伝っていた何振りかが料理をする魅力に目覚めたり、主に雑事などさせるわけにはいかない!という刀が出てきたりした結果、審神者が厨房へ立つ必要がなくなってしまった、というわけだ。現在の厨房は特に強く料理への関心を示した歌仙と燭台切の城と化しており、時折味や調理法への助言を求められること以外は、配膳から片付けまでの全てを刀剣達だけでこなしている。
 そんな事情がある中、なぜ急に審神者自ら厨房に立っているのかと言えば、「誉を取った刀剣にご褒美の料理を作ってあげたい」とのことだった。以前、知り合いの審神者とたわいのない話をしていた際、たくさん誉を取った刀剣に何かお祝いをしてあげたいと言ってみたところ、その審神者の本丸では夕餉の膳を少しばかり豪華にしていると聞き、ならばさっそく実践してみよう、ということになったらしい。
「それにしたって、わざわざ主が作る必要はないだろうに」
 やや呆れ気味な歌仙と並び、存外手際よく食材の下拵えをする審神者が「分かってないなぁ、歌仙は」と何故か自信ありげに口を開く。
「私からのお祝いだもの。私が作らなきゃ意味はないでしょう?」
 そう言われ歌仙にも合点がいったのか「確かにね」と苦笑したきり、彼がそれ以上小言を言うことはなくなった。

 その後はしばらく、たわいのない会話をしながら共同で皆の分の料理を用意していき、ようやく一区切りがついたというところで、徐に審神者が本日の主役となる食材をまな板の上へ取り出した。
「へぇ、随分と立派だねえ」
「でしょう?ちょっと奮発しちゃった」
 自慢げに胸を張った審神者の手元にあるのは、小振りながらも綺麗な朱色をした金目鯛。どうやら祝いの為に用意するのはこれを煮付けにしたものらしい。
「祝い魚か。なるほどね」
 ちゃんと考えているじゃないか、と珍しく褒められたことに気を良くしたのか、審神者の顔へいつも以上に緩んだ笑みが浮かんでいく。
「じゃあ、今度は歌仙にも作ってあげる」
 だから頑張って、たくさん誉を取ってきてね。
 無自覚であろう上目使いでそんな事を言われ、歌仙の胸が盛大に跳ね上がった。思わず目を逸らしてしまいながら、どうせもらうのなら別のものがいい、という邪な考えを必死に振り払う。ちらと横目で、自分の動揺に審神者が気付いていないことを確認すると、歌仙はわざとらしい咳払いを一つして、
「主。その言葉、忘れないでいてくれよ」
 もちろん!と返ってきた言葉に挑戦的な笑みで返事をし、各自の作業を再開する歌仙と審神者。いつも通り完璧に料理を仕上げながらも、歌仙の心中では、次の出陣に向けた並々ならぬ闘争心が密かに沸き上がりはじめていた。


 君のためならなんどでも

[ 2015/06/13 ]
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