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魔女

 

 夥しい数の書籍が至る処で山を成している審神者の部屋。彼女の道楽によって集められたそれらの中心で、部屋の主たる審神者が何やら難しい顔をして「あれ?…あれ?」と繰り返し呟き続けている。ガサゴソと、ただでさえ散らかった部屋を更に引っかき回している様子から何やら探し物をしているらしいが、先程の呟きを聞く限り見つかる気配はないようだ。
 確かにここに置いたのに。
 そう心中で口にした審神者は探し疲れた手を一旦止め、腕を組みながら首を傾げる。右へ左へ、何度か首を往復させた後、ぐるりと上半身を一周させてから、畳に向かって大きく息を吐き出した。
「おっかしいなぁ…」
 不思議だ…という調子で吐き出された言葉が書籍で溢れた部屋の中へ響く。そのまま低く唸りながら思考を巡らせていると、不意に廊下から物音がして聞きなれた声に「主さん、居る?」と声を掛けられた。
「乱ちゃん?うん、居るよ」
 入って、と返事をすれば、ゆっくりと障子張りの引き戸が開かれて声の主である乱藤四郎が可愛らしい顔を覗かせる。
「どうしたの?」と審神者が口にするが早いか、乱は後ろ手に戸を閉めた格好のままで主の傍へ歩み寄り、不思議そうに首を傾げる彼女の耳元に向って、どこか意地の悪い声色で囁きかけた。
「ふふ、みーちゃった」
 唐突な言葉に審神者の思考が疑問符で埋まる。が、すぐにそれが戦績表を持ってきた際の乱の常套句であると気付き、少々張ってしまっていた気をふっと緩めた。
「何だ、もう新しい戦績届いたんだ。わざわざありがとうね、乱ちゃ…」
「もうっ。違うってば、主さん」
 労いの言葉を不満げに遮られ、審神者の頭上へ再度いくつもの疑問符が浮かぶ。戦績表でないのなら、一体彼は何を見たというのか。まさか自分の素性がバレるような姿を見られたのではないか。元々隠し事の多い審神者の脳内に様々な可能性が浮かんでは消える。動揺を悟られぬよう表情だけは必死に取り繕いつつ思考を働かせていれば、無言の主に痺れを切らせたらしい乱が、背後へ回したままだった両手を徐に審神者の眼前へと差し出した。
「これだよ、こ、れ」
 そう言って含みのある笑みを浮かべた乱の手には厚表紙で装丁された一冊の書籍。近すぎるそれから後退するようにして題名を確認した審神者が、暫しの沈黙の後思わず「えっ」と声を漏らす。己の眼前に差し出されているものが、つい先程まで彼女を悩ませていた探し物であったからだ。
「無いと思ってたら、乱ちゃんが持ってたのか」
「うん。勝手に借りちゃってごめんね」
 そう可愛らしく言われてしまえばわざわざ咎める気も起きず、笑いながら「大丈夫だよ」と口にしようとした瞬間。審神者の脳内を書籍の内容が駆け巡り、浮かべていた笑みが一瞬にして引きつったものへと変わった。まさか、見たというのは…。
「乱ちゃん。これ、読んだの?」
「うん」
「全部?」
「うん!」
 にぱっと咲いた乱の笑顔が、今の審神者には末恐ろしいものに思えた。乱が手にする書籍の内容は、ざっくりと言ってしまえば複雑な関係の親子による爛れた愛の物語だ。官能的とまではいかないが、しっかりと“そういった”描写の含まれている大人向けの本。それを持って可愛らしく微笑む少女のような外見をした少年、というのは、傍から見てもなかなかに寒気がするような光景だった。
「ねぇ、主さん」
 不意に、若干低くなった乱の囁きが審神者の耳朶を打つ。いつの間にか、物が散乱する机に追い詰められる形となっていた審神者の顔が更にヒクりと強ばっていく中。乱はスカートから覗く自らの片膝を主の足の間へ滑り込ませて拘束し、ふわりと微笑みながら呟いた。
「この本に書いてあること、ボクと主さんとでさ」
 まねっこしてみようよ。
 主の腕を押さえ付けている見た目に反した強い力。優しげに細められたどこか無邪気な青い双眸。
「こりゃ、参ったね…」
 苦笑混じりの呟きは、ゆっくりと重ねられた乱の唇に、ぱくりと食べられて、消えた。


[ 2015/06/16 ] title.深爪
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