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気分屋

 
 へし切長谷部は困惑していた。
 用があるからと審神者に呼ばれ、彼女の部屋を訪れた彼の前には何故か、硝子の器に盛られ白くとろけはじめた氷菓が置かれている。
「主、これは…」
「アイスクリームだが?」
 それくらい見ればわかる!という悪態を何とか飲み込みつつ「いえ、そうではなくて…」と口にすれば、機嫌の良さそうな微笑みと共に「私が作ったんだ」と返ってきた。あの面倒くさがりがわざわざ手作りしたという事には素直に感心した長谷部だったが、だからと言ってやはりこの状況の説明にはなっていない。
「味見をしてほしいんだ」
 考え込んでいる隙にそう言われ、ああなるほどと納得する。しかしそれならば、自分よりも歌仙兼定や燭台切光忠に頼んだ方が的確な評価を得られるのではないだろうか。
「…俺で、いいんですか?」
 思わずそう問えば、小さなちゃぶ台と氷菓を挟んだ先で審神者の目が僅かに細められ、「お前がいいんだ、長谷部」と返された。いくら彼女への忠誠心が低いとは言え、元より主人に仕えることを至上の喜びとするのがへし切長谷部という刀剣だ。腹の底が疼くような歓喜を押し殺し、あくまで「仕方がない」という表情を取り繕って、添えられている匙を手に取った。
 案の定見透かされ、審神者の口元が嫌らしく歪んだ事には気付かずに、ひんやりとした氷菓を口へと運ぶ。舌の上でとろけ、口内へと広がった優しい甘さは、あまり甘い物を口にしない長谷部でも素直に「美味い」と感じる味だった。
「思っていたよりは、美味しいですよ」
 それでも一言余計に感想を言うが、審神者は気に障った様子もなく「よかった」と笑ってみせる。
 長谷部の中ではそれで終わりのはずだったのだが、そのままじっと見つめてくる審神者の圧に「全部食べろ」という意図を感じ取り、黙々と匙を口へ運んでいく。半分ほど食べたところで不意に名を呼ばれ、顔を上げた長谷部は思わず目を見開いた。白黒させた視線の先で、審神者がはしたなく口を開いていたからだ。
「んっ」
 鼻を鳴らすように出された声を聞いて、思考諸共固まっていた長谷部はハッと審神者の言わんとしていることに気付く。所謂「あーん」を求められている訳だが、堅物の彼にとってその行為は非常に難易度の高いものだった。
 とは言え、無言の主命である上に女性である主にいつまでもはしたない顔をさせてはいられない。しばし悩んだ結果、審神者が催促するかのように閉じていた目の片方をちらと開いたのを機に、意を決して氷菓を乗せた匙を審神者の口へと差し出した。
 そのままぱくりと形の良い唇が白い氷菓と匙を飲み込む。次いで、いやにゆっくりと引き出されたそれを見て、長谷部は無意識に唾を飲み込んだ。
「ほんとだ」
 美味しい…と小さく口にして、舌先で唇を拭う審神者の仕草に思わず見入ってしまう。
 今日は、こんなにも暑かっただろうか。
 つうと肌を滑り落ちる汗を感じながら、ちらと上げた視線がバチりとかち合う。それと同時に主の顔へ浮かんだ意地の悪い笑みを見て、長谷部はようやく審神者の真意に気が付いた。とどのつまり自分は――
「からかわれた、ということですか」
 自嘲気味に笑ってそう言えば、審神者は肯定の意味として、にこりと楽しげに微笑んで見せた。そしてその笑みは、またすぐにどこか邪悪なものへと変わる。
「少しだけ惜しいな長谷部。どうせならそこは…」
 誘っているんですか、くらい言ってみろ。
 カタンとちゃぶ台が揺れて、審神者の顔が長谷部へと近付く。その拍子に倒れてしまった器からこぼれた白い氷菓。酷く暑い部屋の中で、それはもう、すっかり溶けてしまっていた。


[ 2015/08/26 ] thx.深爪
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