とうらぶlog
そろり、と半開きだった戸から顔を覗かせると布団の上で上半身だけを起こしていた主と目が合い優しく微笑まれた。
反射的に逃げ出そうとした背中に審神者の声が浴びせられ思わず足が止まる。
「待って、鯰尾!」
精一杯張り上げて、それでも尚か細い主の声。
次いで「おいで」と聞こえた声に誘われるようにして、鯰尾はやけに沈んだ表情を浮かべながら主の寝所へと足を踏み入れた。
「どうしたの?逃げたりなんかして」
「いや、だって……」
目を逸らし、もごもごと口篭る鯰尾の姿に何かを察したらしい審神者は肩から掛けた羽織りの袖で口元を隠しながらふふっと楽しそうに微笑んだ。
「昨日のことなら気にしなくていいのに」
おあいこでしょ?と続いた言葉に鯰尾の顔が悲しげに歪む。
鯰尾藤四郎の主は体が弱い。
普通に生活する程度ならば何ら問題はないらしいがほんの少し無茶をしただけでも熱を出してしまう程には深刻なのだ。
それ故に普段は世話焼きの刀剣達や何か思う所があるらしい安定などから絶対に無理はするなとキツく言われ続けている。
しかし昨日、遠征に出た近侍の代わりとして仕えていた鯰尾とのじゃれ合いについ本気を出してしまったらしく。案の定熱を出して丸一日近く寝込むハメになってしまったと言うわけだ。
「そもそも、先に仕掛けたのは私だったじゃない」
「でも……」
尚も悲しそうな顔をした鯰尾の様子に、これは随分と絞られたみたいだなと考えた審神者は再度優しく微笑みながら鯰尾に向かって小さく手招きをした。
少しだけ躊躇いつつも近付いてきた鯰尾の手を審神者の白く細い手がギュッと掴む。
そのまま驚く鯰尾を自身の方へ引き寄せると薄い寝巻きの胸元へ鯰尾の頭を押し当てて、囁く。
「ほら、聞こえる?」
驚きと羞恥で混乱する鯰尾の耳に聞こえたのはとくんとくんと脈打つ主の心音。
「……聞こえる」
「なら、わかるでしょ?私は今生きてる。だから大丈夫」
そう言いながら鯰尾の頭を撫でる審神者はふと思い出したかのように。
「それに、このままやられっぱなしじゃ悔しいもの」
次は、負けないからね。
言って、向けられたいつもよりも子供っぽい笑みに鯰尾の目に浮かびかけていた涙がどこかへ消える。
その代わり心中へ生まれた感情を誤魔化すかのように何時も通りの笑みを浮かべると、
「俺だって、負ける気はありませんよ」
「あら。そんなのやってみるまでわからないじゃない?」
まるで小さな子供のように幼稚な言い合いを繰り返す主と刀。
それは様子を見に来た近侍にまとめて叱られ、鯰尾が部屋の外へ放り出されるまで続いた。
主の部屋を背にして座り込みながら鯰尾は先程の審神者の行動を思い出し、今更ながら顔を赤く染めていく。
あの行為も胸を満たし続ける甘く苦しい感情も。鯰尾にとって、けして忘れられない記憶として胸に刻まれたようだった。
[ 2015/05/23 ]
参加log/お題提供 #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負
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