とうらぶlog
「こっちですよ、あるじさま!」
そう言って、少しばかり強引に手を引かれ小高い丘を駆け上がっていく。
慣れぬ運動にすっかり呼吸を乱している審神者を半ば引き摺るようにして走るのは、本丸内でも特に身軽さが売りの短刀――今剣だ。
天狗を思わせる赤い一本歯の下駄を履きながらも審神者と手を繋いだまますいすいと野草の茂る斜面を駆け上がっていく。
「ほら、つきましたよ!」
ようやく辿り着いた丘の上。
俯き、必死に肩を上下させることしか出来ない審神者の頭上から「だらしないですねぇ……」と呆れたような今剣の声が降ってきた。
「ご、ごめ……なさ……」
「なーんて、じょうだんですよ。それより、ほら!」
繋いだ手をぐいと引かれ顔を上げた審神者は視界へ飛び込んで来た景色に思わず息を飲み込んだ。
そこにあったのはどこまでも続く青い空。
遮るものは何も無く、まるで世界がそこで終わっているかのように澄んだ青しか見えなかった。
「凄い……」
感嘆のため息と共に呟いて、審神者は繋いだままの手を翼のように大きく広げる。
見計らったかのように大きく吹いた風が着物の袂と髪を靡かせまるで鳥になったかのような気持ちにさせられた。
「何だか、今なら飛べるような気がするね」
「とべますよ」
ふと、審神者の冗談交じりの言葉に今剣の真面目な声が重なった。
思わず「え?」と視線を移した審神者を射抜く今剣の優しい笑顔。
「あるじさまは、とべるじゃないですか」
おわすれですか?と続いた言葉に審神者ははてと首を傾げる。
自分が飛べる?この空を、鳥のように、自由に。ああ、そうだ。
「そうだったね」
言って、にこりと笑い合った審神者と今剣。
そしてもう一度、繋いだ手を翼のように広げると。
「いち、にの、さん!」
自然と重なった掛け声の後、力強く大地を蹴って、二人の体は青く輝く大空へと……
* * *
はっと息を吸い込みながら今剣は目を覚ました。
横になったままぱちぱちと瞬きを繰り返し、ぼんやりとした頭を覚醒させていく。
「……ゆめ?」
そう呟くのと同時にあれほど鮮明だった記憶が蜃気楼のように儚く霞む。
同時にちくりと胸が軋み無意識に握り締めた手がふと何か柔らかな感触を包み込んだ。
驚いて視線を動かすと眼前にあったのは無防備に眠る主の顔。
今度はドキリと跳ね上がった心臓に今剣はようやく数刻前までの記憶を思い起こす。
外は雨。出陣もなく暇を持て余していた今剣は同じく暇だと言う審神者とたわいの無い話しをして過ごす内、いつの間にか寝入ってしまっていたらしい。
どうしてか彼女と手を触れ合ったまま。
「……ん」
突然小さく声を漏らして身動いだ審神者に今剣の体が自然と強ばる。
ゆっくりと開かれていく焦点の合わぬ瞳が徐々に眼前の赤い瞳を捉え、やがてふにゃりと笑みを描いた。
「おはよう、今剣」
まだ覚醒しきっていないらしく、どこかぼんやりとした審神者の笑顔。
それを間近で見れただけで今剣の心中は充分満たされていたのだが。
「今ね、とっても不思議な夢を見ていたの」
その言葉に今剣の心臓がまたもやどきりと音を立てる。
「あなたとね。こうして手を繋いで、走って、丘を登って、そして……」
「ぼくも!」
遮るようにして声を重ねた今剣の手にぐっと力が込められる。
「おなじゆめをみました。あるじさまとてをつないで、はしって、のぼって、そらを……」
一息でそこまでを口にした今剣の眼前で審神者の目が驚いたようにぱちぱちと瞬き、そしてまた心底楽しそうに細められた。
「本当に不思議。もしかして、これのおかげかな?」
そう言って、きゅっと握られた互いの手。
ずっと繋がったままのそれを不思議と離す気にはならなかった。
「ねぇ、今剣」
ふと、審神者が目を伏せながら口を開いた。
「夢の中の私達は……」
ちゃんと、空を飛べたのかな?
少し寂しそうなその問いに今剣は笑って答えてやる。
「とべたにきまってるじゃないですか!」
ぼくとぼくのあるじさまに、ふかのうなことはないでしょう?
胸を張り自信満々に言い切った今剣と「そうだね!」と笑う楽しそうな審神者。
それは雨の本丸で優しく繋がる二人の見た少し不思議な夢の話し。
屋敷の外ではいつの間にか、夢で見たような青空が僅かに顔を覗かせていた。
( 2016/05/16 )
参加log/お題提供 #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負
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