とうらぶlog
庭の桜も徐々に散り始めた春の終わり。
ほとんどの刀剣が出払っており、随分と静かに感じる本丸の庭を所在無く歩いていた加州清光は屋敷の角を曲がった先でぴたりとその歩みを止めた。
彼の視線の先で縁側に腰掛けた審神者が本を手にぼんやりと空を見上げていたからだ。
「……主?」
いったいどれほどそうしているのか、風に飛ばされてきた桃色の花弁が白い寝巻きのあちこちに張り付いてしまっている。
時折吹く暖かな風が開かれたままの本をぱらぱらと捲ってしまっても彼女はまるで人形のように動かない。
不意に加州の背を嫌な汗が流れ落ちすぐに「主!」と叫びながら審神者の元へ走り寄った。
「ん、あれ、加州?」
身を屈め細い体を揺すろうと肩を掴んだところで、きょとんとした目線が加州を捉える。
「どうしたの?」
「どうしたって。あのねぇ……」
心底不思議そうな主の様子に体の力がどっと抜けていく。
呆れと安堵の混じったため息を吐きながら「何でもない」と審神者の横へ腰掛ければ春の風が急激に火照った体を心地よく撫ぜていった。
「ねぇ、ここで何してたの?」
主を真似て空を見上げながら問いかける加州。
その横で今更着物についた花弁を払い落としていた審神者が「うーん……」と首を捻り、ぽつりと。
「何でしょうね?」
途端がくっと前のめりになった加州は再度「あのさぁ!」と呆れた視線を主へと向ける。
すると審神者は申し訳なさそうに微笑んで。
「何ってわけじゃないの。読んでいた本に桜の事が書いてあったから、ただ何となく桜が見たいなぁって」
それだけ。と、手にした本へ視線を落とす審神者。
その儚げな姿に加州の胸がちりりと傷んだ。
生まれつき体の弱い彼女にとって本丸へ来るまでの世界は狭い病室と本の中だけだったと言う。
そんな彼女から聞いたことのある桃色の花弁の花言葉。
どこか儚く優美なそれが今の彼女に似合いな気がして。
「あのさ。その本、読み終わったらでいいから俺にも貸してくれない?」
そう言うと驚いた審神者から恥ずかしそうに顔を背けてしまった加州。
それを読めば少しくらいは分かるかもしれない。
長く彼女と過ごす内、胸に生まれたこの想い。
痛いくらいに苦しくて、けれども甘く心地よい。
この感情の、その意味が。
[ 2016/05/10 ]
参加log/お題提供 #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負
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