自分の主は嘘がつけない。のだと陸奥守吉行は思っていた。
　良くも悪くも素直過ぎる質の幼い審神者。
　正直なところアレが――陸奥守が話しかけただけで慌てながら目を逸らし、どうしたのかと問えば「何でもない！」と不自然極まりなく走り去ってしまう言動が嘘をついていると言えるかどうかは些か疑問ではあるのだが。
　しかし少なくとも、彼女が陸奥守に何らかの隠し事をしているという事実だけは確かなのだ。
　それも近侍である陸奥守にだけ、である。
　審神者の態度に気付いたのは今朝、陸奥守が目覚めの挨拶をしようとした時からだ。
　それから既に日が落ち始めた今の刻まで、あからさまに避けられ続けた陸奥守とは違い他の刀剣男士達はごく普通に審神者と接している様子だった。

「何か、わしだけ嫌われることでもしたんかのぅ……」
　知らずこぼれた言葉が本丸の廊下へ虚しく響く。
　大概のことは笑って受け入れる事ができる陸奥守ですら、今回のことは随分とこたえているらしい。
　黄昏時の雰囲気も相まってか目に見えて気落ちした様子のまま縁側に佇んでいる、と。
「よお。えらく参ってるみてぇじゃねぇか」
　不意に背後から声を掛けられ覇気のない顔をそちらへと向ける。
　その先では内番の装いをした日本号が何故か楽しそうに、それでいてどこか意地の悪い笑みを浮かべながら壁にもたれかかっていた。
「そういう時は飲むにかぎるぜ。なあ？」
　そう言って、くいっと猪口を傾ける仕草をした日本号だったが陸奥守の視線は冷ややかなままだ。
　所謂飲み仲間である彼ら二振り。
　確かにいつもの陸奥守ならば彼が言うように一晩酒を酌み交わしでもすれば翌日にはけろっと普段の彼に戻っていることだろう。
　しかし今の陸奥守にはその誘いに乗る気力すらもなかったのだ。
「すまんけど、今はほがな気分じゃ……」
　言いかけた途端、がしりと日本号の筋肉質な腕が陸奥守の肩に回される。
　驚く陸奥守を他所ににんまりと笑った日本号は。
「そう言うなって。ちっとばかし付き合えよ」
　言うなり組んだ肩に力を込め強引に陸奥守の体を引き摺っていってしまった。
　陸奥守も必死に抵抗するが打刀と槍とでは腕力が違い過ぎてどうすることも出来ない。
　そうこうしている内に連れて来られた部屋の前。
　冷静ではない思考が何かに気付きかけるより早く、開かれた襖の中に陸奥守の体がひどく乱暴に放り込まれる。
「日本号！」「ごうくん！？」
　うつ伏せに倒れ込み、次いで起き上がりながら背後へと放った怒声に幼い声色が重なる。
　聞きなれた声に素早く顔を動かせば驚きに見開かれた互いの目線が今日初めて交わった。
「約束通り、連れてきてやったぜ。主殿」
　後ろ手に審神者の私室の襖を閉め、自身も部屋へと入ってきた日本号に審神者は大層慌てながら声をかける。
「ま、待ってごうくん！まだ準備できてないから！」
「そいつは悪かった。でもなぁ、あのままだとこいつ自刃でもしかねん様子だったからなぁ」
　自身を挟んで交わされる会話の意味が全く理解出来ず呆然とするしかない陸奥守の背がまたもや乱暴に押される。
　再度倒れ込む形で主と向き合った陸奥守に幼い審神者はしばし間を置いてから「ごめんなさい」と口を開いた。
「わたし、今日ずっとむつくんに嘘ついてたの。何でもなくなんかなくて、えっと、あのね……」
　彼女もだいぶ混乱しているのか、普段以上に拙い言葉を紡ぎながら最終的には「これ！」と言ってくたびれた日記帳を陸奥守の眼前へと突き出した。
　それは彼女の母親であり、陸奥守の先代主でもある女性の形見。
「これにね、書いてあったの。今日はお母さんとむつくんが出会った記念日なんだよね？」
　言われ、陸奥守はハッと息を飲み込んだ。
　先代が亡くなり、本丸を引き継いだ小さな主との慌ただしい日々にすっかり失念していたが。そうか、今日が……。
「それでね、お祝いしたくて。むつくんと仲良しのごうくんに相談したら、こっそり準備して驚かせてやろうって」
　背後でにやついているであろう日本号を心中で睨みつつ陸奥守は一生懸命に話す主の言葉を噛み締めるようにして耳を傾ける。
「本当は、むつくんの好きなお酒をプレゼントしたかったけど、今のわたしじゃ無理だったから……」
　そう言って申し訳なさそうに言って目を伏せた審神者は、しかしすぐに顔を上げ卓上に置かれていた一枚の紙を手にして陸奥守に向き直った。
「だから、お手紙を書きました。今日はむつくんとお母さんの記念日で、わたしはまだまだむつくんと会ったばっかりのしんまいだけど」
　聞いて、くれますか？
　陸奥守が力強く頷いたのと同時に背後で聞こえた静かに襖が閉まる音。
「それじゃあ、えっと、『大好きなむつくんへ』」

　数刻後。
　宴の準備が整ったと二人を呼びにきた日本号が目にしたのは、主を抱き締め号泣する近侍の刀と、うろたえつつもどこか嬉しそうな幼い主の姿だった。
　

[ 2016/05/08 ]
参加log/お題提供 #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負