とうらぶlog
血が怖いのだと思っていた。
この本丸に来たばかりの頃。慣れぬ戦いで負傷し血濡れのまま帰城すると決まって、遠巻きにこちらを見る怯えた主と目が合ったから。
だから近付かないようにした。己の主人がそうしたように。
それでいい。人斬りの、血の匂いのこびり付いた刀なんぞにお綺麗な審神者様が触れるものではないと、言い聞かせて。
「肥前!!」「ッ……!!」
名を呼ばれ我に返った。
一瞬遅れた判断が敵の刃を肩口に深くめり込ませる。
「くっ……そが!!」
怒りに任せて刃を薙ぐと、眼前の遡行軍の首が飛び、吹き上がった血液が体を赤く染めていく。
大丈夫かと駆け寄ってくる部隊員達を「気にするな」と一蹴し、肩に刺さった刃を抜いて適当な場所へ放り投げた。
どうやら今のが最後の一体だったらしい。
部隊長がそれぞれの負傷具合を確認し主に報告しているのが遠くに聞こえた。
人の体とはどうしてこうも脆いのか。
痛み、血を流す肩を力任せに握り締め、不甲斐なさに奥歯を噛む。
「撤退だ」
そう短く告げた隊長の言葉に逆らう声はない。
普段なら血気盛んに進軍をせがむ刀も編入されているが長い戦の中で引き際をわきまえているのだろう。
再び悔しさで顔を歪めながら他の隊員達に続き開かれた門を潜り抜けた。
正門が開く音に気付いたのか屋敷の中から一目散に走ってくる審神者の姿が見える。
それに続き本丸に残っていた男士達も集まってきたようで、それぞれが負傷した仲間に駆け寄る中一振だけが主の肩を掴み喧騒から離れた場所へ押し止めていた。
確か近侍を務めている刀で本丸一番の古株だったはず。
そこまで考えたところで意識が揺らぐ。
何振りかの慌てた声と叫ぶ近侍と両手に触れた柔らかい何か。
そこからじわりと暖かい熱が全身を巡り、力尽きた体が意識を手放す寸前に「大丈夫だから」とひどく懐かしい声が聞こえた気がした。
× × ×
次に目覚めたのは手入れ部屋の中だった。
既に外は日が落ちて、行灯の光が狭い室内をぼんやりと照らしている。
傷もすっかり癒えているようで痛みはなく、強いて言うなら空腹で腹が疼くくらいだろう。
厨で何かくすねて来ようかと起き上がり障子戸を開いた時だった。
「うぉっ!」
目の前に現れた小さな影に思わず飛び退き声が漏れ、一方の影は声すら出ないのか無言でその場へへたり込んでいる。
それが自分の主であると気付き一瞬で思考が絡まった。
近寄れず、声も掛けれず、ただじっと審神者へ視線を送っている、と。
「よかったぁ……」
久方ぶりに聞く安堵をはらんだ主の声。
「このまま、目が覚めなかったら、どうしようって、よかった、ほんとに……」
時折詰まる言葉に合わせ審神者の目から大粒の涙が零れ落ちていく。
それを止めようとしているのか繰り返し目元を擦る内に肌が赤く荒れていき、気付けば「止めろ!」と両手首を掴んでいた。
互いに驚きしばらく無言で見つめ合う。
「……よかった」
不意に、再び口を開いた審神者が赤く腫れた目を細めて弱々しく笑う。
「はじめて、ちゃんと触れられた」
その言葉と笑みで胸の辺りが締め付けられるように熱く痛んだ。
これは後から聞いた話なのだが。
どうにも過保護な古参の刀達が気の弱い主の心労を減らす為意図して負傷しがちな刀から審神者を遠ざけていたらしい。
だから自暴自棄な戦いばかりして生傷の絶えなかった自分とは距離が出来てしまっていたと申し訳なさそうに嘆いていた。
それを聞いて急激に体の力が抜けていく。
その様子に驚き慌てる審神者の目はまだ薄らと赤みを帯びていて。
ああ、こういう赤ならば悪くはないと。薄く笑って体を畳へと投げ出した。
(2022/04/09)
参加ログ #刀さにお題80分
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