このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

とうらぶlog

 
 とある日の本丸にて。
 主の姿を探しやけに静かな城内を歩き回っていたへし切長谷部は最後に辿り着いた御厨の入口で戸を開けた姿のまま置物のように固まってしまった。
 人の姿を得てから初めてではないかという程の驚きを隠すことなく顔に出し、見開いた視線の先にあるのは同じくらい驚愕した表情を浮かべる審神者の姿。
 普段は見栄っ張りな性格から意図して堅苦しい主君の仮面を被っている彼らの主だが、その実態は呆れかえる程ものぐさな女性である。
 本性を知る数少ない刀剣が叱咤しなくては自室から出ることすら面倒くさがる彼女が厨などという場所に一人でいること自体、その数少ない内の一振りである長谷部にとって驚くべき状況ではあったのだが、それ以上に彼を驚かせたのは今の彼女の格好だった。
 片手には包丁、もう片方の手には野菜を持ち、おそらくは燭台切の部屋から勝手に拝借したであろう大きすぎるエプロンを身に着けた彼女は控えめに言えばらしくない姿であり、正直なところ滑稽にすら見えてしまう格好をしていた。
「あ、るじ……?」
 なぜ、そのような格好を。
 そんな疑問を込め、なんとか絞り出された長谷部の声に呆然としていた審神者もハッと思考を取り戻す。
 と、同時に羞恥からかみるみる赤みを帯びていく顔。
「なっ、で長谷部がここに!?主命は!?」
 普段からは想像もつかない程に取り乱し、わなわなと震えながら手にした野菜ごとこちらを指指す主の姿に長谷部の思考は逆に冷静さを取り戻していく。
 彼女が言う『主命』とは、今朝通常の命とは別に言い渡された「全振り、緊急時以外は何があろうとも日没まで本丸へ帰還するべからず」などという、今考えればどこかおかしい命令のことだろう。
 要するに人払いがしたかったようだが、他の刀剣に比べ忠誠心の低い長谷部ですら一度はその命を「何か考えがあってのこと」だと受け入れてしまったのだから主命とは恐ろしい。
「何故と言われましたら、主に“緊急に”確認したい案件が出来た次第なのですが……」
 緊急に、の部分を強調して言ってやれば審神者の顔が何故か悔しそうに歪む。
 長谷部の部隊は出陣ではなく内番作業を命じられていた為実のところ大した要件ではなかったのだが、滅多に見られぬ審神者の表情の変化に気が良くなりはったりを決め込むことにしたらしい。
「それにしても……」
 改めて不格好な姿の主を見遣り、次いで彼女の手前にある調理台へと目を移せば既に完成しているいくつかの料理と何かの書かれた紙が目に止まった。
 それに気付いた審神者が隠そうと手を伸ばすよりも早くその紙を奪い去ると、そこには短刀達のものと思しき拙い字でいくつもの料理名が綴られていた。
 その紙の一番上。もはや見慣れてしまった審神者の字で書かれた『ご褒美リスト』の文字から察するに、大方何かの褒美に手料理を振る舞うとでも言ってしまったのだろう。
 そして普段料理などしないくせにいざやるとなったら完璧さを求める彼女のこと。こうして隠れて料理の練習をしていたというわけだ。
――本当にこの人は。
 呆れと愛しさとが混じりあった妙な感情で浮かんでしまいそうになった笑みをぐっと堪え咳払いをしつつ口を開く。
「なるほど、大体の事情はお察しいたしました。しかし主。あなたは一つ大事なものをお忘れではないですか?」
 唐突な問いの意味が理解出来ずに首を傾げた審神者。
 そんな主に向かいやれやれと首を振った長谷部はそれを見た審神者が薄ら寒くなるような満面の笑みを浮かべて――
「料理の鍛錬に欠かせないもの。それは味見役です」
 言われああと素直に納得した審神者だったが一瞬考え込んだ後、途端さあっと表情を青ざめさせた。
「ちょっと長谷部。まさか……」
「ええ!このへし切長谷部、近侍として主の鍛錬に全力で協力させていただきます」
 言うが早いか手近な料理をひょいと持ち上げ、制止する為になりふり構わず抱きついて来た主を無視して口にする。
 一口食べ、最初に口内へ広がったのは炭の味だった。
 彼女の時代の料理らしく、名も味も知らぬ料理ではあったが少なくともこれがこの料理本来の味でないことだけは確かだろう。
 思わず顰めそうになった顔を気力で持ちこたえさせ無理に料理を飲み込んでから長谷部は涙目で自身を見上げる主へにこりと笑みを向けてやった。
「どう……だった?」
 そして恐る恐る問うてきた主へ一切表情を崩さぬまま――
「クッソ不味いです!」
 それはもう桜が舞うほどの笑顔と共に放たれた暴言に普段の威厳はどこへやら。完全に我を失った審神者は「長谷部のばかぁぁぁぁぁ!」と喚きながらポカポカと無駄に硬い胸筋を殴り続けたのだった。
 心底悔しがる主の姿を実に満足そうに見下ろす長谷部。
 そんなどうにも大人気ない近侍の打刀が、その後何かが吹っ切れた審神者によって重傷になるまで味見役をさせられることになるのだが、それはまた別の話。


[ 2015/11/15 ]
参加log/お題提供 #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負
12/45ページ