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とうらぶlog

 
 ぐしゃぐしゃに丸められ散乱する紙屑とほのかに香る墨汁の匂い。
 そんな自室の片隅で文机に向かい、慣れない筆を走らせていた刀剣男士――和泉守兼定は本日何度目になるか分からない叫び声を上げるなり、書きかけた紙をぐしゃりと丸め自身の背後へと無造作に放り投げた。
 一度跳ね上がった紙屑はころりと畳を転がって不意に伸びてきた手によりまたもや宙へと浮かび上がる。
「『拝啓、親愛なる主へ……』」
 突然の声に驚いた和泉守が背後を振り向くと捨てたはずの紙を拾い、それをこともあろうに声に出して読んでいる相棒の姿が目に入ってきた。
「てめっ、国広!」
 慌てて紙を引ったくり、再度ぐしゃぐしゃに丸めながら和泉守は部屋の戸口に立つ相棒こと堀川国広を複雑な心境で睨み付ける。
 しかし当の堀川は涼しい顔でその上少しばかり呆れ気味に口を開いた。
「もう諦めなよ兼さん。ヒトには向き不向きがあるんだからさ」
「でもよぉ……」
 俯き、納得出来ないという風に呟いた和泉守の頭上から堀川の容赦のないため息が浴びせかけられる。
「大体『恋文』って単語を聞いただけで赤面したヒトに、歌仙さんが言うような恋文が書けるはずないでしょ?」
 率直に事実を言われ何も言い返すことが出来ずに唇を噛む和泉守。
 そもそも和泉守が慣れない文などを書き始めた発端は彼が主である審神者への恋慕を自覚した日から始まる。
 もっとも、それに気付いていないのは当人達ばかりという状況ではあったのだが、ある日を堺に和泉守が己の感情を理解してどうにかしてその想いを伝えねばと大仰に悩み始めたのだ。
 そこで真っ先に相談したのが彼と近しい存在にある歌仙兼定であり、常日頃から文系を名乗る彼が提案したのが「恋文を書く」ことだった。
 しかし同じ兼定派の刀剣とは言えヒトとしての感性は全く異なる。
 それ故当初は「そんな小っ恥ずかしいことが出来るか!」と歌仙の案を跳ね除けていた和泉守だったが。かと言って他に妙案も浮かばず、結果、慣れない文に悪戦苦闘していたというわけだ。
「だぁもう!どうすりゃいいんだよ!」
 ついには頭を抱えて畳の上へと突っ伏してしまった和泉守。
 それを見た堀川は苦笑しながらそっと彼の傍らへしゃがみ込み、まるで子供をあやすように声を投げ掛けた。
「ねぇ兼さん。僕はね、兼さんの良い所はそうやって自分の感情に素直なところだと思ってるよ」
 言われ、顔を上げた和泉守に堀川の優しげな笑みが向けられる。
「だから、ね。変に格好つけないで兼さんの素直な気持ちを主さんに伝えてきなよ」
 堀川のその言葉が和泉守の中へ届いたのであろう。
 すっと立ち上がるや否や、和泉守は「ありがとうな、相棒」とすれ違いざま口にしてそのまま自室を出ていってしまった。
 残された堀川は一度やれやれと言いたげに肩を竦め――
「まったく、世話の焼ける相棒だよね」
 呆れ気味に言いながらもどこか嬉しそうに笑ってから、腕を捲る真似をして散らかり放題の部屋を片付け始めたのだった。

 × × ×

「あるじ!」
 堀川に背を押された勢いのまま、和泉守は返事も待たずに主の部屋の戸を勢い良く開け放った。
 気付けば既に月も高く、寝る支度をしていたであろう審神者は布団の中で上半身を起こしたまま突然現れた和泉守に驚いてぽかんとした表情で固まっている。
「主、話しがある」
 後ろ手に戸を閉め、どかりと傍らへ腰を下ろした和泉守の行動でようやく審神者の思考が動き出す。
 慌てて寝間着の上へ羽織りを着直し姿勢を正した審神者は、緊張した面持ちの和泉守以上に緊張した様子でその強く引き結ばれた口が開くのを待っていた。そして――
「オレは!アンタの最初の一振りでもなけりゃ近侍でもねえ!」
 唐突に放たれた言葉が理解出来ず首を傾げた審神者はお構いなしに和泉守は尚も強い調子で言葉を続けていく。
「国広みてぇに気も効かねぇし、前の主や二代目みたいに歌や文を書いてやる学もない」
 そこまで言って、ようやく真っ直ぐに主を見据えた和泉守の視線に審神者はハッと息を飲み込んだ。
「でも、アンタを想う気持ちだけは誰にも負けねえって思ってる!だから、その、あぁっと……」
 肝心な部分で言葉が見つからず、思わず視線を逸らしてしまった和泉守。
 しかしそんな彼の手を病弱な審神者の白く華奢な手がそうっと包み込んだ。
「あのね、和泉守」
 静かで優しい声色に和泉守の顔が再度審神者の方へと向けられる。
「私も、こんな体だから世間知らずで、同じ年頃の子に比べたら学も知識も経験もないの」
 いつの間にか審神者の胸元へと当てられていた和泉守の手の平。
 触れた白い肌から普段よりも早い鼓動がトクトクトクトクと伝わってくる。
「だから、ね……」
 もっと、わかりやすく言ってほしいな。
 その言葉を聞くなり和泉守は弾かれたように審神者の体を抱き竦め、そのままトスンと布団の上へ倒れ込んだ。
 そして彼女の細い体を折らんばかりに自身の方へ引き寄せながら半ば叫ぶように己の気持ちを口にした。
「オレはアンタが好きだ!アンタが、欲しいんだ!」
 途端しんとしてしまった室内にどこか嬉しそうな笑い声が響く。
 思わず体を離した和泉守の目に飛び込んできたのは涙を流しながら笑う主の姿。
「ありがとう。嬉しいよ、和泉守」
 喜んで、と静かに目を閉じた審神者に誘われるように唇を重ねた和泉守。
 初めは触れ合うだけだったそれは徐々に深いものへと変わり、気付けば静かな室内は慣れぬ口付けに乱れた二人分の荒い息遣いで満たされていた。
 僅かに潤み、熱の篭った視線を絡ませ合う刀と主。
 確認するようにもう一度「好きだ」と呟く和泉守 と「私も、好きだよ」と返す華奢な審神者。
 真っ白な寝具の上で重なり合った二つの手は焼けるような熱を帯びたまま、固く固く結ばれ合っていた。


[ 2015/10/19 ]
参加log/お題提供 #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負
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