それは、月の綺麗な夜の話。
　飲み仲間である刀剣達との宴を終え、少しばかり火照った体を夜風で冷やしながら寝所へと向かっていた陸奥守吉行はふと縁側に座る小さな影に気が付いた。
　普段よりも明るい月をぼんやりと眺めているその姿が幼い主であることを確認し、へらりと笑って声をかける。
「どうした主、寝られんがか？」
　そう問いながら隣へ腰を下ろす近侍に気付いた審神者がやはりぼんやりとした調子で「むつくん？」と首を傾げる。
「えい子はもう寝る時間じゃろう」
　言いながら頭を撫でればその動きに合わせて小さな体がゆらゆらと揺れる。
　実際かなり眠いのだろう。今にも閉じてしまいそうな瞼を頻りに擦り、それでもこんな場所に居る理由を聞こうとしたところで不意に審神者がぽつりと言葉を吐き出した。
「むつくんは、お月さまって好き？」
　唐突な質問に「好きけんど」と答えてやれば審神者はにぱっと笑って「わたしも！」と元気よく答える。
「あったかいお日さまも好きだけど、やさしいお月さまはもっと好きなの」
　だから今夜の綺麗な月をもっと見ていたかった。
　つまりはそう言う理由があったらしい。
「それにね、お母さんもお月さまが好きだったみたい」
　不意に紡がれた主の言葉に陸奥守の顔が僅かに陰る。
　自然と審神者がいつも持ち歩き今は胸元に抱く古い日記帳――彼女の母親であり陸奥守の前の主でもあった女性の形見に視線を向けてしまい、すぐにはっとして頭を振った。
「そう言えば、そうじゃったな……」
　月見酒が好きだと言っていた先代は、月の綺麗な夜になると毎度近侍であった陸奥守を叩き起こしては遅くまで酒盛りに付き合わせていた。
「まあ、結局は酒を飲む口実が欲しかったんじゃろうな。いつだって月なんかろくに見もせんで、わしにばかり話しかけてきちょったよ」
　苦笑混じりに話す陸奥守の顔を幼い審神者がきょとんとした表情で見上げていた。
　ああ余計な事を言ってしまったなと陸奥守がばつの悪い笑みを彼女に向けた時――
「ねぇ、むつくん」
「ん？」
「それってさ、 お母さんがお月さまよりもむつくんを好きだったからじゃないのかな」
　言われ、しばし思考を停止させた後陸奥守は大仰に驚いて目を見開いた。
　そんなわけはないと思わず大声を出しそうになった瞬間。まるで糸の切れた操り人形の如く、幼い主の体がくてんと陸奥守の方へ倒れ込んできた。
　どうやら眠気に耐えきれなくなったらしい。
　陸奥守の足へ頭を預け、完全に瞼が閉じてしまった状態でそれでも呟くように口を開く幼い主。
「わたしも、いっしょだよ。おひさまより、おつきさまより。あったかくて、やさしい、むつくんのほうが、すき……」
　言い終わるや否や審神者の口からは規則正しい寝息が聞こえてきた。
　陸奥守は主を起こさぬよう倒れた時に落としてしまった日記帳を拾い上げながら、そう言えばこの幼子も自分が来てからは月よりも自分の方を見ていたなと思い出す。
　酔いはすっかり冷めてしまったというのにどうしてこんなにも暑いのだろうか。
「まっこと、親子揃って厄介な主君ちや……」
　それは月の綺麗な夜の話。
　少し冷たい秋の夜風が、眠る審神者と僅かに赤らむ陸奥守の頬を 優しく撫ぜて流れていった。


[ 2015/09/25 ]
参加log/お題提供 #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負