とうらぶlog
しゅるりと腕に巻かれていた包帯が取り払われて白い肌が露となる。
そこに一切の傷がないことを確かめて審神者はほっとしたように気の抜けた笑みを浮かべてみせた。
「よかった、もう大丈夫みたいですね」
しかしそんな審神者とは対照的に彼女と対面する刀剣――宗三左文字はほとんど感情のこもらない声で「そうですね」と答えたきり、審神者とは目を合わせようともしなかった。
宗三は自身の主であるはずの審神者を好いてはいない。
そして審神者もそんな宗三のことを少しばかり苦手に感じていた。
この本丸の審神者が刀剣男士に対して過剰な程に過保護だというのは本丸内での常識だ。
昔に比べればかなりましになったとはいえ、未だに中傷で帰城した刀剣を見て顔面を蒼白にする程度には刀剣達が傷つくことを恐れている。
それに対して彼女の従える宗三左文字という刀剣は率直に言ってしまえば“死にたがり”なのだ。
曰く、自分には何もない。
他の刀剣男士のように審神者に仕える使命感もなければ己の力を示そうという情熱もない。
ならばいっそ、戦場で華々しく散るのも一興ではないか。
そんな刹那的なことを考える刀剣と彼らが傷つくことを何よりも恐れる審神者とが良好な関係を築けるわけもなく。
結果として、このようなギクシャクした関係を続けることになってしまっているのだ。
無言で身支度を整えていく宗三に一度強く唇を噛んだ審神者が意を決して声をかける。
「あ、あの、宗三さん!」
「はい?」と至極面倒そうに答え座ったままの主を見下ろす宗三。
「もう、こんなことは止めてくれませんか」
言って、顔を上げた審神者の目には既に涙が浮かんでいる。
こんなこと、とは宗三が戦場でわざと傷付いて帰ってくることだろう。
短刀や脇差程ではないにしても打刀である宗三にそこまでの打たれ強さはない。
審神者もそれを考慮して太刀や大太刀の支援をする形での布陣を指示しているのだが、宗三はそれを無視してまでも率先して敵陣へと切り込んでいってしまうのだ。
結果としてそれは全て自軍の勝利へと繋がっているわけだが、その分宗三が受ける痛手は酷く出陣の度に軽傷以上酷い時は今回のように重傷になって帰ってくることも珍しくはなかった。
「いいじゃないですか。それで勝てているんですから」
「よくないです!それに、心配で……」
そう言っていつもの様に表情を曇らせた審神者に宗三の心中がざわりと陰る。
「……それなら」
不意に小さく呟くと、宗三は審神者の前にしゃがみ込みそのまま驚く彼女の体を押して小さな体を畳の上へと押し倒した。
「代わりに、あなたが僕を満たしてくれますか?」
意味、わかりますよね?
細身の体からは想像もつかないような力で押さえ込まれ、耳元で囁かれた審神者の顔が羞恥よりも恐怖に染まる。
尤も宗三としては本心からそんな事を言ったわけではない。
ただ、こうして身の危険を教えれば先程のような干渉もなくなるだろうと思っただけだ。しかし。
「……いい、ですよ」
耳朶を打った審神者の言葉に今度は宗三の体が驚きで固まる。
「その代わり、約束してください」
審神者の体はやはり小刻みに震えていたが、宗三を見上げる瞳にもう涙は浮かんではいなかった。
「これからは、もっと自分を大切にするって」
約束してくださいと、もう一度だけ呟いてから審神者は静かに目を瞑った。
震え続ける小さな体で自分を畳に縫い付ける刀剣を受け入れるために。
ああ、そうか。この人は本当に……。
ギリっと歯を食いしばった後、宗三は無言で審神者の体を解放する。
状況が理解出来ず寝転がったまま不思議そうな顔をしている審神者に「冗談ですよ」と口にして自嘲じみた笑みを浮かべてみせる。
そして頭上に疑問符を乱舞させている主を引き起こしながら。
「あなたって、本当に馬鹿なんですね」
「えっ、えっ?」
混乱し、意味もなく辺りを見回す審神者に薄い笑みを向けながら宗三は心中で考える。
彼女は本当に馬鹿で、しかしそれ故に綺麗なのだ。
自分の暗く歪んだ心とは違い本当に純粋で綺麗な心を持っている。
だからこそ、自分は彼女が好きではないのだと改めて気付く。
「……いつか」
いつか彼女を好くことができたら自分も少しくらいは綺麗なものになれるだろうか。
そんな事を考えながら宗三は審神者の頬へと手を添える。
未だ呆けている主の情けない顔を引っ張てやるために。
[ 2015/07/02 ]
参加log #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負
お題:thx.深爪
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