とうらぶlog
この本丸の審神者は面白い。
それは本丸へ顕現されて間もない三日月宗近が同じ三条派の面々に再三言われた言葉だった。
確かに実年齢の割に幼い外見や甲斐甲斐しい対応には愛らしさを感じるが、しかしその程度のことだろう。
誰にでも懐く今剣が言うのならば分からなくもないが石切丸や小狐丸までもが同じことを言うとなると流石に首を傾げてしまう。
「まったく、人の『心』というのは理解に苦しむものだな」
ため息混じりについ溢れてしまった言葉を聞き横を歩く石切丸もほんの僅かに苦笑する。
「それについては少しばかり賛同するよ。でも、慣れてしまえば存外面白いものでもあるんだよ」
「……そういうものか」
顕現して日の浅い自分にはやはり理解し難い感情だと三日月が心中に思った時だった。
「三日月様!」
そんな呼び声に顔を向ければ廊下の向こうから件の審神者がパタパタと走り寄ってくるのが目に入ってきた。
運動は得意ではないらしく、少々時間をかけて近付いてきた彼女は僅かに肩を上下させながらも丁寧な物腰で一礼してから妙に真剣な表情で三日月の顔を真っ直ぐに見上げる。
「次の部隊編成についてお話がありますので、寅の刻になりましたら大広間の方へお越し頂きたく、お願いしに参りました」
両手を臍の辺りで重ね、ぴしりと背筋を伸ばしながら事務的な言葉を口にする審神者に三日月は今更ながら違和感を覚えた。
ちらと石切丸の方へ目を向ければその顔には何とも言えぬ穏やかな笑みが浮かんでおり、三日月の疑問を更に大きくさせていく。
「主、その集まりには私も行った方がいいのかな?」
「え、あっ、はい!そうです、石切丸さんもお願いします」
どうやら石切丸の姿は眼中になかったらしく、慌てた様子の審神者は普段と変わらないように見えた。
しかし返事を聞くために三日月へ向き直った顔はまた真剣なものへと戻っており、そこでようやく先程から感じている違和感の正体に気が付く。
緊張、しているのか。
思えば初めて本丸へ顕現した時から審神者は三日月へ、ともすれば怯えにも似た態度を取っていたような気がする。
現に今も三日月と石切丸とではまるで違った対応をしており、如何に三日月宗近という刀剣を特別視しているかがありありと分かった。
「なあ、主よ」
「はっ、はい!」
不意に放たれた三日月の言葉に審神者の声が裏返る。
「今の俺は主君に仕える身。そんなに畏まらずとも、もっと気軽に接してくれていいんだぞ?」
「い、いえ、しかし……」
「あるじ」
三日月にそのような意図はなかったのだが審神者の耳にはそれが咎める声に聞こえたのだろう。
唐突に三日月を見据える両目からぼろりと涙がこぼれ落ち、対面する二振りをギョッとさせた。
「ご、ごめんなさい。私……」
三日月様のような凄い御方に粗相があってはいけないと、そればかりで。
掠れる声で途切れ途切れにそう口にした審神者に三日月の心中がざわりと揺れる。
そして少しばかり考え込んだ後片手の篭手を外し審神者の目元を指先で拭うと。
「すまない主。責めたつもりはなかったんだ」
なるべく優しい口調でそう言えば溢れて出ていた涙が僅かに落ち着く。
「主が俺について何を知り、何を思っているのかは知らん。だがな、俺としては主とはもっと近しい関係でいたいと思っているんだ」
「……三日月さま」
言いながらふわりと笑ってやれば、ようやく審神者の目から涙が消える。
そしてそのまま気恥ずかしそうに俯くと。
「すいません。私、変に気負ってしまっていたみたいで……」
「いいさ、気にするな」
向けられたつむじにぽんぽんと軽く手を置くと小さな主は更に身を縮こまらせる。
「では主殿。寅の刻の招集、あいわかった」
「はい!お待ちしていますね、三日月さん」
言って微笑むと、審神者は石切丸にも頭を下げてからまたパタパタと廊下の向こうへ走り去って行った。
その後ろ姿を見送りながら石切丸が「ね、面白い人だろう?」と楽しそうに口にする。
「まるで、少しばかり背伸びをしてしまった子供のような。本当、見ていて飽きないよ」
「……はっはっはっ。確かにな」
してやられた、とでも言いたげに笑いながら三日月は心中で考える。
まったく、人の心とは本当に理解し難いものだ。
だが、それ故に面白い。
この本丸の刀剣が彼女を慕っている理由。
今ならばそれが、ほんの少し理解できるような気がした。
[ 2015/06/29 ]
参加log/お題提供 #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負
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