とうらぶlog
足元を歩く小さな案内役に連れられて初めて訪れた本丸を慣れない足取りで進んでいく。
中庭に面したよく日の当たる真新しい障子戸。
案内役が器用に開いた戸の先に自分の主たる彼女は居た。
「はじめまして」
清潔な布団の上に起こされた華奢過ぎる上半身。
ふわりと浮かぶ儚げな笑顔。
、そんな彼女を見た瞬間、生まれて間もない自分の心はただそれを“美しい”と、そう感じた。
× × ×
いつもと変わらない賑やか過ぎる夕餉の席。
そんな空間にふと違和感を感じた山姥切国広は食事をする手を止めてキョロキョロと辺りを見渡した。
何かが、足りない。
そう思いながら気を散らしていると不意に背後から「大将なら部屋だぜ」と声を掛けられた。
心中を見透かされたのかと恐る恐る振り向けば内番の装いをした薬研藤四郎が審神者用の膳を手に、にやりと笑って立っていた。
「……何の話だ」
「今日は体調が優れないらしくてな。せっかくの食事も断られちまったよ」
自信作だったんだけどなあと、山姥切の言葉などまるで聞いていないという風に一方的に喋り続ける薬研。
山姥切はその様子に隠すこともなくため息を吐くとほとんど手を付けていない膳へ箸を置いて立ち上がる。
そしてそれに気付くことなく食事を続ける皆に背を向け、すれ違いざまの薬研に「どうして分かった」と小さく問えば「あんたは分かりやすいからなあ」とどこか意地悪く微笑まれた。
静かな夜に山姥切が床板を踏み締める音だけが響いている。
ふと、初めて本丸を訪れた時のことを思い出し胸がざわつく。
長らく努めた近侍の座は様々な事情からあの薬研へと譲り渡したが。それでも尚、彼女の初期刀として最も長く傍に仕えているという自尊心だけは山姥切の中に強い思いを宿している。
中庭に面した少しばかり日焼けした障子戸。
その前で膝をつき部屋に居るであろう審神者へ声を掛けようとした時だ。
僅かな衣擦れの音に混じり女性のすすり泣く声が聞こえてきた。
「ッ……開けるぞ、主!」
返事も待たずに勢いよく戸を開くと審神者がひどく驚いた表情をこちらへ向ける。
一切の明かりをつけず、暗がりに敷かれた布団に上半身を起こして座る審神者の頬は月明かりに照らされてほんの僅かに光っていた。
「ど、うしたのです、山姥切?」
戸を開けたのが山姥切だと気付いた審神者は着物の袖で素早く目元を拭い、怒ることはせずどこかぎこちない笑みを浮かべてみせた。
その姿を酷く痛々しく感じた山姥切は無言で主の傍らへと歩み寄りいつも以上のしかめっ面で彼女の僅かに腫れた目を真っ直ぐに覗き込む。
「……何があった?」
「別に何も……」
「嘘だな」
ない、と言おうとした審神者の言葉を遮り尚もじっと審神者の目を見据え続ける山姥切。
暫しそんな状態が続いた後、根負けした審神者が「やっぱり、あなたに嘘はつけないわね」と弱々しい声色で話はじめた。
「時々……ね。たまらなく恐ろしくなることがあるの」
ギュッと握られた白い手がほんの少し震えている。
「現世にいた時は、こんな無駄な命なんて早く消えてしまえばいいのにって本気で思っていた」
本丸へ来るまでは歩く事は疎か立ち上がる事ですら困難だったと言っていた審神者の体。
何も出来ず、寝たきりのまま、それでも生かされ続ける事に罪悪感しか生まれなかった。
それは審神者になったばかりの彼女から山姥切がよく聞かされていた話だ。
「でも、本丸へ来て。貴方達と出会って。楽しいことや生きることをたくさん知って。ああ、失いたくないなって、そう思ったの」
本丸に刀剣が増える度。自分の出来る事が増える度。まるで生き返っていくように、笑顔を増やしていったか弱い主。
「ねえ、どうしよう、山姥切」
私、死にたくないよ……。
そう言って、つうと涙をこぼした主の姿はやはり残酷な程に美しいと感じた。
山姥切は何も言わず小さく震える主の体を痛いくらいに抱きしめる。
歴史修正主義者との戦いはけして無限には続かないだろう。
遅かれ早かれ全ての戦いに決着が着く時がいつか必ず訪れるのだ。
弱々しい力で背中に回された細い腕。
服の胸元を濡らす、それでも暖かい主の涙。
それら全てを受け止めながら山姥切は静かに唇を噛み締めた。
自分はあと何回、彼女をこうして抱きしめてやれるだろう。
そしていつか彼女を失う時がきたとしたら。自分は果たして自分のままでいられるのだろうか。
暗がりで絡まり合う二つの影。
けして離れることのないその塊を、夜空に浮かぶ月だけがひどく優しく見下ろしていた。
[ 2015/06/25 ]
参加log/お題提供 #刀さに版深夜の審神者60分一本勝負
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