とうらぶlog
加州清光が自室で目を覚ました時、すぐ隣に敷かれたもうひと組の布団は当然のように空だった。
すっかり熱を失っている布団と姿の見えない同室の相棒。
そんな光景を見慣れてしまったことに少しばかり胸を痛めながらガシガシと寝癖のついた頭を掻いた後、慣れた手つきで二組分の布団を片付けていった。
身支度を終えた加州が朝餉の用意された部屋へ入るとそこには既に件の相棒――大和守安定の姿があった。
いつも通り審神者の部屋から直接こちらへ向かったらしかったが加州はそこで僅かな違和感に気付く。
大和守のすぐ隣の膳に彼らの主たる審神者の姿があったからだ。
大所帯かつ遠征などで食事の時間が疎らになってしまいがちなことを考慮してこの本丸では食事の際の席順は特に決められていない。
それでもある程度は自然と決まってしまうもので、審神者もまた近侍の隣を指定の場所としていたのだ。
無論近侍が不在の際は別の場所に座るわけなのだが、その近侍は今彼女の正面に置かれた膳でいつも通りに食事をしている。
もしや喧嘩でもしたのだろうか。
しかしそれならば審神者はともかく彼女を慕う近侍の方がいつも通りの態度など取ってはいられない状態だろう。
「……オハヨー」
心中のもやもやが取り払えないまま審神者と談笑する大和守の隣へ腰を下ろす加州。
遅かったねと返す普段と変らぬ様子の大和守に続きこちらも普段通りに「おはよう、清光」と微笑む審神者。
もしかすると自分の気のせいだったのだろうか。
そう思った加州が会話をするために口を開きかけた瞬間。
「それでね、安定」
ふいっと審神者の視線が唐突に加州の顔から外される。
口を半開きにしたまま数秒間動きの止まっていた加州の背筋を嫌な汗が一筋流れ落ちた。
やはり、変だ。
正直、大和守や加州が審神者の意識を自分へ引き付けるために似たような態度を取ることはままあった。
しかし審神者が――心配りが体を成したような彼女が第三者である加州になどまるで興味がないという風な態度を取るはずがない。
いったい審神者に何があったというのだ。
……いや、違う。
内心をグチャグチャに掻き乱されたまま加州はちらと隣で楽しげに笑う大和守の顔を見る。
いったい審神者は、コイツに何をされたというのだ 。
× × ×
「大和守安定!」
結局ほとんど手を付けることの出来なかった朝餉の後。
加州は同時に席を立った大和守と審神者を追い掛けてその背後から苛立ちを含んだ声を投げ掛けた。
その声に大和守だけが面倒そうに振り返る。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないだろ」
言いながら乱暴な足取りで両者に近付けばいつの間にか審神者が大和守の腕に絡み付くようにして立っていることに気が付いた。
それを見た加州の背に何故かぞわりと寒気が走る。
思わず言葉を失って立ち尽くしていると審神者が唐突に庭を指差して、
「見て、安定。蝶が飛んでいるわ」
示された方へ目をやると確かに一匹の蝶がひらひらと宙を舞っていた。しかし。
「安定の瞳と同じ、とても綺麗な青色ね」
それを聞いた瞬間、加州の中に生まれたのは紛れもない恐怖だった。
審神者が指差す先、加州の視界に映る蝶が真っ白な羽根をしたモンシロチョウだったからだ。
「主。なに、言って……」
言いかけた言葉が途中で止まる。
そこで初めて気が付いた。主の瞳から、いつの間にか一切の光が失われているということに。
「ッ……お前!」
反射的に大和守の胸倉を掴み上げると返ってきたのは全く感情のない視線。
吸い込まれるような青色が今はただ恐ろしかった。
「お前は、いいのかよ、それで……」
知らず涙を流していた加州が絞り出すような声で問い掛ける。
加州や大和守にとって。いや、審神者に仕えるほとんどの刀剣男士にとって彼女は光そのものだった。
その主から光を奪い、己のみを見続けさせたとして果たしてそれは幸福と呼べるのだろうか。
「……それでも僕は、主とずっと一緒にいたいよ」
そう言ってその場に崩れ落ちた加州に背を向ける大和守。
床板に手をついてそこへ落ちる自身の涙を見続けることしか出来ない加州に、遠ざかって行く相棒へ掛ける言葉がどうしても見つけられなかった。
[ 2015/06/20 ]
参加log/お題提供 #深夜の真剣文字書き60分一本勝負
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