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転ばないよう慎重に。両手で持ったバスケットを運ぶ。
授業終わりの習慣で購買部へ立ち寄ったところ「ちょうど良かった!」と手を引かれ、説明されるよりも先にバスケットを掴まされていた。
店主のサム曰く。
「お得意様から配達を頼まれてるんだけど手が離せなくてね。小鬼ちゃんが来てくれて助かったよ」
手伝いを頼まれる事には慣れているが説明もないままセンキュー!などと言われても納得出来る筈がなく。
抗議しようと口をひらいた瞬間に両肩が掴まれ体をひっくり返される。
「じゃ、後は頼んだよ。頑張って!」
一方的に言いながら背を押され、抵抗虚しく小屋の外へ締め出されてしまった。
「頑張れって……お使いを?」
両手で持ってもずしりと重いそれを目線の高さまで持ち上げると、中身を覆った布の上にメモ書きが一枚乗せられていることに気が付いた。
一度バスケットを置いてから取り上げたメモには走り書きで『卵30個、ハーツラビュル寮、トレイ・クローバー様』の文字。
は?と思わず声が漏れ、余計に頭が混乱する。
何がどうしたら片恋相手の所へ卵を配達する事になるのだろうと。そこまで考えて先程の言葉。
「頑張れって、そう言う……」
気付かれていた恥ずかしさや雑なお節介への感謝で感情をぐちゃぐちゃにしながらも。布の下からちらと覗く大量の卵を前に、まずはこれを届けてからだと目的地へ向けて歩き出した。
× × ×
荷物の重さに呼吸を乱しながら目的地の門を潜る。
勝手知ったるマブ達の所属寮は他寮の生徒である自分もすんなりと受け入れてくれた。
道中出会った何人かの生徒に道を聞き、辿り着いたのはハーツラビュル専用のキッチンルーム。
「失礼します」
塞がった両手の代わりに体を押し付け戸を開けると、荷物の受取人である先輩が目を丸くして驚いていた。
「監督生?どうしたんだ、こんな所に」
「これを届けに。サムさんから頼まれて」
言いながら手にしたバスケットを胸元まで持ち上げると、トレイは慌ててそれを受取り調理台の上へ置く。
「ごめんな。重かっただろ」
「少しだけ」
「そうだよな。でも助かったよ」
さり気ない気遣いと共に礼を言われ、それだけでも頑張ったかいがあると安堵の息を吐く。
「しかし何でわざわざ届けてくれたんだ?確か後で手の空いている奴に取りに行かせるって伝えたはずなんだが……」
不思議そうに腕を組むトレイに、ああやっぱりとサムの笑顔を思い出す。
何はともあれこれでお使いは終わりだろうと挨拶し立ち去ろうとした背中に。
「ちょっと待った」
呼び止められて振り返ると片手に椅子を持ったトレイがこちらに向かって手招きしていた。
「ここまで大変だったろうし、少し休んでいかないか?時間があれば、だけど」
「暇です!ぜひ!」
「暇って……」
ハハッと苦笑するトレイにエスコートされながら椅子に座ると当然のように紅茶のカップを渡される。
カップを持つ両手は確かに疲れていたけれど、それすらもどこか心地良い痛みに感じて。ほんの少しだけサムと卵に感謝しながら紅茶のカップを傾けた。
( 2022/04/10 )
参加ログ #トレ監版深夜の60分一本勝負
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