このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

twst

 
 午後一番の選択授業。
 別の科目を取っている級友達とつい話し込んでしまい大慌てで講義室の中へ走り込む。
 始業ベルと同時に最後列の席へ滑り込むとタイミング良く講師のクルーウェルが準備室からこちらへ入ってくるところだった。
 乱れた息を整えながら抱えていた授業道具を机の上に列べる。
 魔法薬学の教科書とノートに筆記用具。それから分厚い植物図鑑と保護ケースに入った花の枝。
「さて子犬共。前回出した宿題、もとい教材は揃えてきたな?」
 パシンと教鞭を鳴らす音に次いでクルーウェルの声が講義室へと響く。
 前回から始まった授業内容は『毒をもつ草花について』だった。
 毒草についての基礎講義をみっちり2時間聞かされた後、教材の図鑑が配られ『次回の授業までに各自図鑑に載っている毒花を用意して持ってこい』と言われたのが先週のこと。
 週末を利用して図鑑を片手に植物園を彷徨い、こうして無事に教材の花は用意できたのだが。
「ふむ……」
 クルーウェルの視線を追うように皆の手元を覗き見る。
 どうやら宿題忘れの生徒はいないようでトリカブトの紫、ヒガンバナの赤、と鮮やかな色がそれぞれの前に置かれていた。
 ただ1人だけを除いて。
 自分の隣に座るグリムの花―皆と同じくわかりやすい紫のトリカブトだ―までを視認し、ハッとして顔を教壇へ向き直すが時既に遅し。
 バチりと視線が絡み、反射で体が小さく跳ねる。
 内心で悲鳴を上げる自分をよそにクルーウェルは手元のケースだけを確認すると何事もなく普通に授業を初めてしまった。
 自分で選んだものとはいえ、何か言われる覚悟をしていただけに少しばかり拍子抜けして、しばらくの間クルーウェルの声をどこか遠くに聞いていた。

 × × ×

 ペンを走らせる乾いた音が静かな講義室の中に響く。
 僅かに混じる紙をめくる音と悩んでいるらしい呻き声。
 その合間を縫うようにして室内を移動するクルーウェルの靴音が規則正しく鼓膜を揺らしている。
『各々が用意した花についての詳細なレポート』が本日の課題だった。
 既に実物と図鑑という資料が揃っている状態の為簡単な課題ではあったのだが。
 さすがはクルーウェルの用意した資料だけあって記載内容が濃く、皆図鑑の解説を理解する事に苦戦しているようだ。
 自分も同じように数行読んでは詰まり、ペンを走らせては詰まりを繰り返し、時折息抜きのように手元の花を眺めぼんやり思考していた。
 と、不意に規則的な音が止み机の上に影が落ちた。
 何だろうと顔を上げて息を飲む。
 自分の横に立ち、無言でこちらを見下ろすクルーウェルと再び視線が合ってしまったからだ。
 思わず仰け反って盛大に椅子を鳴らし皆が一斉に振り返る。が、そこにクルーウェルの姿を確認し一瞬で手元に向き直り室内はすぐに元の静寂を取り戻していた。
 先程までほとんど寝ていたグリムでさえ真剣な顔で無意味にペンを走らせている。
 やはり何か言われるのだろうかと縮こまり俯いていると、クルーウェルの人差し指がノートの余白を滑り、触れた場所から見慣れた筆跡の文字が浮かび上がってきた。
『スターアニスか?』
「……ッ?!」
 反射的に返事をしようとした口に手が添えられて止められる。
 それだけで破裂しそうな心臓を何とか抑え込み浮かんだ文字の下へ返事を書いた。
『そうです。ご存知なんですか?』
『ああ。分布地は限られるが花弁から根まで全て猛毒なんて花は珍しいからな』
 更に下へ続いた返答に純粋な感心で息を吐いた。
 手元のケースにあるのは室内で唯一の白い花。
 スターアニスという名の通り星のように広がって薄く黄色がかった花弁は可愛らしい見た目とは裏腹に致死量の毒を持っている。
 母国ではシキミと呼ばれていたこの花を植物園で見つけ、不思議と惹かれて手に取った後、調べて少しばかり身震いしたのを覚えている。
『協調性に欠けているのはどうかと思うが、センスは悪くない』
 確かに皆と同じように無難な花を選ばなかったのは自分でも気掛かりだったので、はは……と苦笑し内心で反省する。
『それに、だ』
 不意に影が濃くなって、形の良い指が頭を撫でる感触がして。
「“誘惑”したいなら、見た目も気にした方がいい」
「ひぇぁッッ?!!」
 鼓膜を揺らした低い声に堪らず悲鳴が飛び出した。
 またもや一斉に向けられた視線を先程同様クルーウェルの圧が一蹴し収束させる。
 今度こそ抑えられずに跳ねる心臓を片手で押さえもう片方の手で頭に触れると、先程走り込んできたせいだろう髪の毛があちこち飛び跳ねていた。
 無言で去っていく後ろ姿を呆然と見送ってから机と腕に顔を突っ伏し静かに唸る。

 シキミの花言葉は『猛毒』と『援助』ともうひとつ。
 悪目立ちするのが分かった上で、少しでも関心を向けたくて皆が選ばない花をわざわざ選んだ稚拙な理由。

「バカみたい……」
 気付かれぬように呟いて透明な保護ケース越しにクルーウェルを見る。
 と、それすら見透かされていたかのように教壇の方から薄い笑みが向けられていた。
 なぜか悔しいと思うと同時。
 ああ、自分なんかよりよっぽど甘い誘惑この花が似合う人だなと、静かに想いを募らせてしまうのだった。
 

(2020/11/28)
参加log #twstプラス版深夜の創作60分一本勝負
8/14ページ