twst
いっぱい食べる君が愛しい。とは、はて何のフレーズだっただろうか。
うろ覚えの適当なメロディーを口ずさみながらオンボロ寮への帰路を急ぐ。
両手に持った袋がガサガサ音を立てる度、中に詰まった出来たて料理の良い香りが鼻孔をくすぐり腹を鳴らす。
既に食事は済ませた後だと言うのに、屋台料理の魅力は流石だなと内心ごちて歩みを早めた。
見慣れた屋敷が視界に入るのと同時、ようやく存在に慣れてきた赤い龍に出迎えられて門を潜る。
ハロウィーンのイベントであるスタンプラリーの会場としてディアソムニア寮に提供している敷地内。
準備期間も含め出入りの多かった寮生とは学年問わずすっかり顔見知りになっていた。
寮の庭を横断するように伸びたハリボテの横を通り過ぎ、本物と見間違うほど立派に作られた牌楼を越えるまでの間、仮装したディアソムニアの生徒達から代わる代わる声をかけられる。
「よお監督生。あいつなら今休憩中だぞ」
「あいつへの差し入れか?その量、ほんとよく食うよなぁ」
「早く行ってやれよ。随分と腹空かしてたみたいだから」
言われる度に笑って返すのだが気恥しさで歩みはどんどんと早くなっていく。
ほとんど走り込む勢いで寮へと入り、いつの間にか休憩所となっていた談話室を覗き込む、と。
ハロウィーンの装飾に囲まれたソファへ前のめりに座る“あいつ”ことセベク・ジグボルトと目が合い無意識に顔が綻んでしまった。
「ああ、監督生か。どうした」
こちらに気付き姿勢は正したもののいつもの覇気は全くない。
どうやら先程聞いた通り本当にエネルギー不足らしい。
悪くはない、と脳裏に浮かんだ邪念を振り払い両手の袋を掲げて差し出した。
「差し入れ、です!」「む……」
突然眼前へ現れた袋に困惑した様子のセベクは、しかし次の瞬間にはその匂いで自然と喉を鳴らしていた。
その姿を確認し、返事も待たずに袋の料理を次々とテーブルへ並べていく。
ハロウィーン期間中、モストロラウンジなどが来客向けに出しているテイクアウト料理。
食べ歩きが出来るよう工夫されたそれは見た目からして空腹を誘うものばかりだ。
テーブルいっぱいに料理を並べ、無意識に目を輝かせているセベクへどうぞと手で示せば、「いいのか?」という視線に次いで勢いよく掌が合わさる音がした。
「いただきます!」
よく通る声でそう言って豪快に、けれど行儀良く料理を口へと運んでいくセベク。
その姿を恍惚と眺める自分の姿は傍から見ると少々変わっている、らしい。
「ところで、セベクくん」
「ん?」
「明日の放課後は、お暇だと、聞いたのですが」
食べる手は止めず、嚥下の合間に「ああ」と短い返事が返ってくる。
スタンプラリーの担当は日中で終わり、午後にも仕事は入っていないのだと。
これは頼んでもいないのに先輩達から貰った確かな情報である。
「もし、よければ。自分と学園を回りませんか、なんて……」
徐々に声が小さくなりながらもそう言うと、忙しなかったセベクの動きがピタリと止まる。
あーやっぱり駄目か。と内心で嘆き唇を噛む。
一に若様、二に若様の彼にそんな暇はないのだと分かってはいた。
でもせっかくのお祭りなのだから、少しくらい期待したって。
「いいのか?」
「……はい。……はい?」
「僕で、いいのか?」
他の奴を誘わなくて、と続いた言葉にちぎれそうな勢いで頭を上下させる。
「セベクくんと一緒がいい!です」
胸の辺りでグッと両手の拳を握り言うと、セベクは薄く笑って「わかった」と頷き、咳払いをしてから食事を再開した。
どこか夢心地になりながらも、やはり目が離せずに横顔を眺めてしまう。
少しばかり血色の良くなった気がする整った顔。
美味しそうに料理を食べるその姿を、改めて愛おしいと、そう思った。
(2020/11/13)
参加log #twstプラス版深夜の創作60分一本勝負
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