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 夕暮れの空は鮮やかな橙で、遠くから聞こえる虫の声がどこか物悲しく胸に響いた。
 今日とももうお別れだ。
 夏休みが始まってから今日まで何度も繰り返したこの時間。
 いつだってお別れは寂しいけれど、明日になればまた会える。
 だからこそ言えたのだ。『また明日』と、無邪気に、笑顔で。
「ねぇ……」
 口を開くのが怖くて俯いていた顔を上げる。
「本当に、今日で最後なの?」
 俯き、今にも泣きそうな声で少年が言った。
 夏休み、両親に連れられてやってきた田舎の村で出会った同じ年頃の男の子。
 女の子のように髪が長く、引っ込み思案だけれど物知りな彼と遊ぶのが毎日楽しくて仕方なかった。
「うん。今夜、お家に帰るから」
「……そっか」
 続く沈黙、虫の声。ああ、もう言わなくては。
「………………ばいばい」
 少年は何も言わない。
 癖の強い、不思議な色の髪をぎゅっと両手で握ったまま地面へ顔を向けている。
 締め付けられる胸を押さえ、涙を堪えて振り返った。
 泣き顔を見られたくなくて走り出そうとした、その瞬間。
「…………嫌だ」
 突然腕を捕まれ止められる。
「嫌だ、行かないで、置いてかないで、一人は嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
「あっ……」
 振り返った視線の先。
 そこに居たのは、あの弱虫の少年ではなくて。
 生き物のようにうねる青く長い髪の毛が、見あげた空いっぱいに広がって。そして。
「いっしょに、いこう」


「お゙あ゙ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 薄暗い室内に、空気を切り裂かんばかりの悲鳴が轟く。
「何で?!どうして?!どこで間違った選択肢ー!!」
 手にしていたコントローラーを投げ捨てて自身を抱き締めながら叫ぶ自分の後ろでイデアが腹を抱えて笑い転げている。
 ここはイグニハイド寮イデアの部屋。
 面白いゲームを見つけたから遊ばないかと誘われ、確かに面白そうだと遊び始めてから数時間。
 ようやくエンディングかと思われる場面まで辿り着いた末今に至る。
 画面に映る『Bad End』の字幕にも次第に慣れて、からかわれた苛立ちを丸まって咳き込むイデアの臀部へ向ける。
「痛っ!ちょ、やめ!あっ!」
「いい加減にしてくださいよ先輩!」
 学習しない自分も悪いのだが実の所この手に引っかかったのは数度目である。
 ゲームだったり動画だったりと媒体は様々だがその度に驚かされて笑われての構図がお決まりとなってしまっていた。
「すみませんでした」
 姿勢を正し、痛む臀部を擦りながら頭を下げるイデア。もはやここまでがいつもの流れ。
「もういいですよ。最後はあんなでしたけどゲーム自体は面白かったですし」
「あ、分かる?難易度高いけどトゥルーエンドはちゃんと泣きゲーで……」
 先程までのしょげ顔からは一変して楽しそうに語りだしたイデアの姿に諦めに近いため息を吐く。

 今回進められたのは幼少期の夏休みを題材にしたシュミレーションゲームだった。
 ちょうど季節は夏。
 どこか元の世界に似た世界観というのもあって楽しんでいたというのに、まさか夏休み初日に出会った少年からあんな仕打ちを受けるなんて思いもしなかった。
 青い癖毛の長髪に臆病な性格なんて、どこかの誰かみたいだなと勝手に重ねていた自分の感情を返して欲しい。
「NRCにも夏休みってあるんですか?」
「そりゃありますよ。こんな暑い中授業なんかやってらんないでしょ」
 やれやれと肩を竦めるイデアに言いたい事は山程あったが面倒なので止めておく。
「じゃあ、寂しくなりますね」
 手近に落ちていたクッションを抱いてごろんと床へ寝転がる。
 帰る場所のない自分と違って、皆はそれぞれ長い休みを自分の家で過ごすのだろう。
 たかが1ヶ月半。今は別の寮で遊んでいる相棒も一緒だけれど、普段の賑やかさを考えるとやはり寂しい。
「……監督生」
「ん……ッ?!」
 呼ばれ、視線だけを動かして息を飲んだ。
 思わず見開いた眼前にあったのは視界いっぱいに広がった青く長い髪の毛で。
 光を遮った影の中、少しずつ近づくふたつの金色だけはやけにはっきりと見えていて。
「わぷっ!」
「だから、いい加減にしてくださいってば」
 イデアの顔面を手の平で押し返しながら片手をついて起き上がる。
「うぅ……何か監督生氏、拙者にだけ態度違くない?」
「それはお互い様でしょう。って、あ!もうこんな時間」
 ふと見た腕時計の文字盤は既に夕刻を過ぎようとしていた。
 門限前にハーツラビュルまで相棒を迎えに行かなくては、また自分までお小言を言われてしまう。
「それじゃイデア先輩。今日はありがとうございました」
「あーいや、こちらこそ。それで、その……」
 突然言いよどみ長髪をいじり出したイデアにああと笑って。
「また明日。学校で」
「……うん。また、明日」
 ひらひらと手を振りあってイデアの部屋を後にする。
 その背後で小さく「本気だったのに……」と呟かれた事には気付かないまま。
 少しだけ歩いた後、思考を振り払いたくて全速力で走り出した。
 イデアに見下ろされた時、僅かに見えた口元が小さく小さく呟いていた。
「一緒に、くる?」
 気のせいかもしれない。でももし、気のせいじゃなかったら。
「(嬉しい、なんて……)」
 どうしても湧き上がる思考から逃げるように、走る速度は増していく。
 季節は夏。
 茹だって倒れ、結局お小言を言われる羽目になったのはまた別の話。


(2020/07/20)
参加log #twstプラス版深夜の創作60分一本勝負
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