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 下校時刻をとうに過ぎた校舎内。
 疲れ果てた体を理事長室のソファへ沈め、相棒と二人、仲良く並んで項垂れていた。
「まったく……」
 盛大なため息と共に対面のソファに座ったクロウリーが呟く。
「前代未聞ですよ。ゴーストと大喧嘩をした挙句寮から追い出されるなんて」
 言われ、申し訳なさで体が縮む。

 数時間ほど前のことだ。
 些細な理由からグリムとオンボロ寮に住み着くゴースト達が口論になった。
 売り言葉に買い言葉。
 勢いで「そこまで言うなら出ていってやる!」とグリムが吼えたばっかりに、セット扱いされた自分まで屋敷から放り出されてしまったのだ。
 扉も窓も固く閉ざされて開かず。
 着の身着のまま陽は落ちて、せめて今夜寝る場所をと校舎まで辿り着いた所でクルーウェルに見つかり保護された。

「オレ様は悪くないんだゾ!」
「グリム!」
 尚も喚く相棒の頭をペシンと叩き黙らせる。
 普段なら―決して良くはないが―まだしも、今回は先生達にまで迷惑を掛けている手前これ以上事態を悪化させたくはない。
 せめてゴースト達の方が冷静になってくれれば取り付く島もあるのにと、屋敷の様子を見に行ってくれているクルーウェルには頭が下がるばかりだ。

「戻ったぞ」
 不意に扉が開かれクルーウェルの足音が室内へと響く。
「どうでした?」
「駄目だ。仔犬共が謝るまで絶対に許さないと言い張っていて聞く耳持たん」
 クロウリーの問いに肩を竦め左右に首を振るクルーウェル。
 共、といつの間にか自分まで巻き込まれている事も含め、より一層重くなった体がソファへと沈み込んでいく。
「とは言え、グリムくんもこうですしねぇ……」
 不貞腐れたままのグリムにちらと視線を向けたクロウリーは暫し考えてから「仕方ありません」と息を吐いた。
「今晩は校舎内へ泊まることを許可しましょう。幸い保健室ならベッドも簡易シャワーもありますしね」
 それを聞いて、後に続いた「なんて優しいんでしょう私!」に初めて全力で同意した。
「あ、ありがとうございます!」
 立ち上がって頭を下げる。と、カツンと床で音がして全員の視線がそちらへと向く。
 床の上には長方形の小さな缶。片開きの蓋が開いていて、傍に歪な形の石が一つ転がっていた。
 どうやら立ち上がった時に膝の上から落ちたらしい。
 一瞬にして血の気が引き大慌てで拾い背中に隠す。
「それ……」「何でもないです!それよりグリムお腹空かない?夕飯はドウスレバイイノカナー?」
 聞かれるより先に捲し立てれば同意したグリムが見事に釣られて騒ぎ出す。
 すったもんだの末、一先ず食堂のゴーストに用意してもらえないか交渉してくれるらしいので一度皆で食堂へ向かうことになった。
 何とかごまかせた事に胸を撫で下ろし、この期に及んでクロウリーへメニューのリクエストをしているグリムを追い掛け部屋を出る、が。
「待てだ、仔犬」
 扉を潜るよりも先に肩を捕まれ室内へと引き戻されてしまった。
「なん、でしょうか先生」
 上擦った声と泳ぐ視線。
 どう足掻いても言い逃れできない状況で呆気なく奪い取られた件の缶。
 ぱかりと開かれ、改めて見られた中身に全身から嫌な汗が吹き出してくる。
 気付かれた?いや、まさかそんなはず。
 色々な思考が脳内を駆け巡る中、クルーウェルがぽつりと。
「……懐かしいな」
 え?と小さく問うた声は背後からの叫び声ですぐにかき消された。
「それ!コイツの宝物なんだゾ!寮から追い出される時も真っ先に取りにもどむぐっっ?!」
 あああ!と悲鳴のように叫びながらグリムの口を手で覆う。
 暴れる体を抱き竦めながら恐る恐る見上げた先で、クルーウェルの口は真一文字に閉じていた。

 缶の中身はただの石だ。
 何の変哲もない、ただの歪な赤い石。
 何でそれが宝物なのかと言えば、その石は自分が初めてクルーウェルの授業で錬成に成功した石だったからだ。
 最初は記念にと取っておいただけのそれが次第に大切な宝物へと昇華していった。
 クルーウェルへの淡い想いと共に。

「あの、それは、あの……」
 グリムを腕に抱えたまま言い訳の言葉を必死に探す。
 焦りと恥ずかしさとが一緒くたに押し寄せて頭が上手く回らない。
「なるほど」
 そう聞こえたと同時に眼前へと差し出された缶。
 慌ててグリムを離し受け取ると、同時にクルーウェルが指を鳴らし缶が光に包まれる。
 眩しさに思わず目を閉じて、ゆっくり開いた視線の先でただのお菓子の空き缶だったものが錠付きの宝箱へと変わっていた。
 よく見れば箱の鍵らしきものが紐に結ばれ首から下がっていて、二重に驚いた顔でクルーウェルを見やる、と。
「そんなに大事なものなら鍵を掛けておくべきだろう?」
 そう言って笑い、口元に寄せたのは自分のものと同じ形の小さな鍵。
 ひらひらと手を振って部屋から出ていったクルーウェルの背中を呆然と見送り、ややあってから声にならない悲鳴を上げた。
 何が、どうして、どうなって……。
 不思議そうなグリムを乗せたまま、戻ってきたクロウリーに揺すられるまで無言で肩を震わせていた。


( 2020/07/14 )
参加log #twstプラス版深夜の創作60分一本勝負
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