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「では、そのように。頼みましたよ」
「はい」「はーい」
短い返事と靴音を響かせ視界にあった長身が去ると心做しか気が緩む。
革張りのソファと小洒落たティーセット。
特注であろう装飾のローテーブルを挟んでの彼らとの対話は何度経験しても慣れる気がしない。
オクタヴィネル寮モストロラウンジVIPルーム。
突然招かれ―廊下で待ち伏せていたフロイドに俵抱きで連れてこられた事を招待と言えばだが―通された部屋。
己の状況を理解するよりも先に対面で座っていたアズールから「協力して欲しい」と頼まれた。
曰く、近々店でイベントをしたいのだが何かいい案はないだろうか。との事。
なぜ自分なのかと問えば、異世界人の意見があれば斬新な企画が生まれるかもしれない。だそうだ。
若干失礼ではあるが一応筋は通っている。
別段断る理由もなかったので「いいですよ」と頷いたのが数時間前。
想像していたよりも本格的な企画会議と、対面するどう見ても裏稼業然とした3人の風貌に気圧され心身共にすっかりすり減らされて今に至る。
「しかし……」
不意にため息混じりの声が聞こえ、体はソファに埋めたまま視線だけをアズールに向ける。
怪訝そうな顔で見ているのは自分の発言の要所をジェイドがメモした仮の資料のようだ。
ぺらりと机に置かれたそれを改めて見ると二重下線で強調された『タナバタ』の文字。
季節は夏。
この時期とモストロラウンジ―と言うよりはアズールの能力を生かした企画を思案した結果、母国の夏の風物詩である七夕を思い出したのだ。
何の気なしに提案したところ思いの外食い付きがよく。
それから根掘り葉掘りと風習やら逸話やらを話す羽目になり最終的に七夕のゲシュタルト崩壊が起きたのはまた別の話。
お国柄全ての再現は難しいようだったが、いくつかの代案を経てどうにか開催可能なイベント内容まで漕ぎ着けたのは流石の手腕だと思う。
なら、何で彼は不満そうなんだと考えるよりも先にアズールの口が答えを言う。
「どうしてこの、ヒコボシとオリヒメとやらは大人しくお上の言うことに従っているんでしょうね」
意外な言葉で微睡んでいた思考が覚める。
てっきり「怠惰の代償としては十分」だと考えていそうだったのに。案外ロマンチストな面もあるのだろうか。
それを素直に口にすればムッと眉間に皺が寄る。
「失礼な。僕はただ、そんなにも想い合っているのなら、待つのではなく自力でアマノガワを越える努力をするべきだと思っただけです」
一息で言って腕を組み、不貞腐れたように目を閉じ噤んだアズールに思わず目を瞬かせる。
幼少期より聞かされ刷り込まれていた物語が世界を超えればそんな解釈に至るのか。
さすがは努力の人。
今度は心中でだけ呟いてふむと唸る。
待つのではなく、自力で越える努力を。
不意にカシャンと音を立てたティーセット。
その音に気付き目を開いたアズールの頬へ軽く唇を押し当てる。
互いを隔ていたガラス製のローテーブルに膝を掛けて乗り越え、背もたれに片手をついて体重を乗せる。
「つまり、こういうことですか?」
存外辛い体制のまま口調だけは淡々と呟く。
ややあってからアズールの体が勢いよく仰け反り、その反動で耐え切れなくなった体が前のめりに崩れ落ちた。
直前で体を捻り、丁度アズールの横へ行儀悪く座る形で倒れた自分を見下ろす驚愕の瞳。
「なっ、いまっ、なにを?!」
「強いて言うなら、努力……ですかね」
言って、途端に湧いてきた羞恥で顔を逸らす。
7月7日は晴れるだろうか。
無理やり逸らした思考も虚しく、ここから逃げ出すまでにそう時間はかからなかった。
(2020/07/06)
参加log #twstプラス版深夜の創作60分一本勝負
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