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 さすがは魔法の、だからなのか管理している者の趣味なのか。足を踏み入れた植物園の中はひと月程前に訪れた時とすっかり雰囲気が変わっていた。
 初夏の爽やかさとは一変して梅雨時のしっとりとした空気感。
 雨こそ降ってはいないものの紫陽花を筆頭に寒色系の花が多く咲き、小川や沢を模した水路から聞こえる水の音がどこか元の世界を思い出させ、切ないような不思議な感覚に包まれる。
 しばらくはその感覚に酔っていたが、はっと要件を思い出し頭を降って歩き出す。
 辺りを見渡しながら進んでいくと少し開けた場所、紫陽花並木に囲まれた芝生の隅に目当ての人影を見付け走り寄った。
「レオナ先輩!」
 聞いていた通り芝生の上で熟睡しているらしいレオナ。
 近付いて呼んでみるが反応は無く、仕方なしに肩を掴んで軽く揺する。
 筋肉質のがっしりとした体はそれだけでもかなりの力を要したがしばらく続けていると目を開くより先に腕を捕まれ止められた。
「うるせぇ」
 寝起き故かいつも以上に低い声。
 ただ本気で怒っているわけではないのは不思議と分かった。
「……お前、1人か?」
 寝転んだまま肩の当たりを見られああと呟く。
「グリムならエースデュースと一緒に食堂に。自分はこれを、ラギー先輩に頼まれて」
 言いながら手にしていた紙袋を差し出すと、説明するまでもなく理解したのか小さな舌打ちが聞こえてきた。

 昼休み。4人で食堂へ向かう途中ラギーに捕まり中に入っている昼食をレオナに届けて欲しいと頼まれた。
 言われるがまま引き受けたはいいが早々に面倒事の気配を察した他の3人は「席をとっておく」の名目で逃げ出し、結果一人でのお使いになってしまった訳だ。
 とりあえず後で何か奢らせようと思う。

「……食べないんですか?」
 状況を理解しても一向に起きる気配のないレオナに尋ねると、こちら向きに寝返りを打ちながら「後でな」と唸る。
「ならここに置いておきますので。自分は戻っ……?!」
 りますと言い終わる前に腕を引かれて倒れ込む。
 引く勢いがよすぎたせいで前転し、一応は受け止めてくれたらしいレオナと共に傍らの紫陽花へ突っ込んでしまった。
 少し湿った感触と草木特有の青臭さ。僅かな土の匂いに混じり初めて嗅ぐ匂いがする。
「お前、いくらなんでも鈍臭過ぎるだろ」
「いや、どう考えても先輩のせい……」
 上げた顔のすぐ近くにレオナの顔があり息を飲む。
 改めるでもなく整った顔は悪戯っ子の笑みを浮かべ、それだけで熱が上がるのは簡単だった。
 並んで寝転がったままあれこれ思考していると、レオナの頬に先程の突進で付いたらしい紫陽花の花びらを見付けた。
 反射的に掴み取ると怪訝そうに睨まれる。
「あ、っと。紫陽花には毒があるらしくて。口に入ったら大変だと思いまして……」
 人から聞いた程度の知識ではあったが、この状況で混乱し聞かれてもいない応えが零れる。
「へぇ、毒ねぇ……。症状は?」
「は?いえ、そこまでは。調べます?」
「おう」
 言われるがまま取り出した携帯端末で検索し、出てきた記事を読み上げる。
「えっと解りました。嘔吐痙攣めまい、それと顔面の紅ちょ……」
 そこでまた、言葉の続きを邪魔された。
 う、の発音で止まった唇に突然押し当てられたなにか。
 ゆっくりと離されてはじめて、それがレオナの唇だったと気付く。
 途端ぶわっと広がる顔面の熱。
「なるほど、毒か」
「……毒ですね」
 紫陽花じゃなくて先輩の。
 それを言える筈もなく、両手で顔を隠しながら丸まることしか出来なかった。


(2020/07/01)
参加log #twstプラス版深夜の創作60分一本勝負
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