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週末前のお昼過ぎ。
毎週この時間は、欠かさず小さな買い物かごを持ってミステリーショップの戸を開く。
「こんにちは」
「いらっしゃい!小鬼ちゃん」
カウンターの中から上半身を乗り出してこちらへ手を振る店主へ同じように手を振り返し、かごの中からメモを一枚取り出した。
バゲットにハチミツ、砂糖とツナ缶。
そのほかオンボロ寮で必要な細々とした日用品をかごの中に詰めていると不意に背後から声が聞こえた。
「今日は『ラズベリージャム』」
勢い良く振り返った先では声の主が先程と同じ体制のままニヤニヤと目を細めて笑っている。
いつかはバレるだろうと思っていたが、まさかここまで早いとは。
品物の入ったかごをカウンターに置きながら諦めたようにひと言。
「何がお望みで」
「明後日の特売の荷降ろし。でいかが?」
「……検討します」
そう言いながらも自分に断る権利はない為軍手はどこにしまっただろうかと内心で深いため息を吐いていた。
「別に隠さなくてもいいと思うんだけどねぇ」
「色々あるんですよ。じゃ、また」
会計を終えたかごを持ち、互いに片手を上げ合ってから店を後にした。
そこから少し進んで立ち止まり、最後にかごの中へ放り込んだラズベリージャムを手に取って瓶の-―棚に並んでいた物とは微妙に違うデザインのラベルを丁寧に剥がす。
そしてラベルの裏側に見知った筆跡で書かれた『植物園』の文字を小さく口にしてから一度荷物を置くために足取り軽くオンボロ寮へ帰るのだった。
×××
学園内、植物園。
色とりどりの木々が生い茂る館内には目もくれず建物の裏手へと足早に向かう。
夕刻が迫り少しずつ陰り始めているそこに人影を見つけ、ほとんど小走りになりながら「先輩!」と手を振り名を呼んだ。
「お待たせしました。トレイ先輩」
息の上がった声でそう言うといつも通り「俺も今来たところだよ」と笑うトレイ。
こちらもいつも通りスラックスの後ろポケットに入っている単行本には気付かないふりをして、エスコートされるまま近くのベンチへ並んで腰を下ろした。
少し前からお付き合いをしている年上の先輩。
謎の気恥しさで周囲に知られたくないと言った自分の願いをミステリーショップを介した秘密の逢瀬で叶えてくれた優しい人。
本当に自分には勿体ないと思いながらもたった数時間のデートと共有した秘密が彼への想いを日々募らせていくばかりだった。
「そう言えば。やっぱりバレてたみたいです、あれ」
「あー、やっぱりか」
提案した本人も薄々は思っていたのか頭に手を添えて苦笑する。
「でも止めろとは言われなかったので。その……」
言い淀みながら指先同士を遊ばせていた手元に影が落ちて。
「分かってる。今はまだ、な」
言って、重ねられた大きな手に痛いくらい胸が高鳴り顔が火照った
週に一度の秘密の逢瀬。
いつかはきっと胸を張って並び歩けるようになりたいと願いながら。
今はもう少しだけ、このままで。
(2022/04/17)
参加log:#トレ監版深夜の60分一本勝負
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