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沢山の本に囲まれた薄暗い書庫に、本棚を挟んで二つの人影があった。
片や革装丁のいかにも高そうな本を読み、片や何処からか持ち込まれたのだろう品の良い椅子に座り空気の入れ替え用だろう小さな窓から外を眺めている。
穏やかで互いの事など気にもかけていないような二人だが、そこには決して他者の介入を許さぬ空気があった。
「ようやく君との約束を果たせる時が来たようだよ」
「七年……いえ、そろそろ八年になるでしょうか。生涯待ち続けることになるかと思ってましたよ」
「そうだね………君と最初に約束を交わした時は、まさかここまでことが大きくなるとは思っても無かったよ」
老人は少女との出会いを思い返す。
小さく直ぐにでも息絶えてしまいそうだった、細く傷だらけだった少女はそれでも決して揺るがぬ強い光を瞳に宿し、何よりも優先して自分が成し遂げなくてはいけないことがあるのだと告げた。
それは成長した現在も変わらず、伏せ目がちに本を読んでいるだろうこの瞬間も許されれば直ぐにでも目的を果たそうと駆け出して行ってしまうことを示していた。
「私も、ここまでとは思ってもいませんでしたよ。彼らの存続も、適合者が私以外に見つかってしまうことも、何もかもが想定外でした」
「それでも君は確かに有効な一つの約束を交わした。その一生を道具として使われるだけにしたいのかと思った自分が恥ずかしいよ」
「間違ってはいませんよ。私はアレらの始末さえ出来れば、他はどうでもいいと思っていたのだから。全てを棄てても私はアレらを赦せないしそんなモノに縋っていた私自身さえ呪わしい……だからこそ、償う意味でもアレらの後始末は私がするべきだと思っているだけです」
「君も被害者だと言っても、聞いてはもらえないのだろうね」
少女は知っていた。
被害者であっても、他者へのアレらの行いを黙認していた自分が加害者にも等しい……未必の故意にも近い想いを持っていたことを。
「被害者なら、何をしても赦される訳ではないでしょう。被害者であっても、加害者にはなれるのです」
「本当に君は頑固だ……少なくともわしらは君だけにその咎を負わせる気は無いと言うのに」
「それでも貴方達に負わせるべきモノでもありません……唯一の生き残りとして私が負いたいのですよ。これでも一応、肉親でしたから」
老人は知っていた。
少女が肉親と呼ぶ相手は決して、少女に肉親の情など持っていなかったことを。
“有能な実験体”、“優秀な成功例”とは思われていても、同じ人間とすら見ていなかったかもしれないことを、残骸から時間をかけて掘り出した少ない少女のカルテ──カルテというより観察日記の方が近かったかもしれない──を読んで知っていた。
そして少女も、それを理解しながらも“他人”として割り切れないほどの情を未だに持ち続けていることも分かっていた。
八年程の時間を経ても、普段“アレら”等と人間扱いすらしていないような言動をとっていても、“唯一の肉親”と言ってしまうのが証拠だ。
愛されなくても愛していた。
大切に想っていたのだ………だからこそ決定的に“道具”として扱われるまでは、どれほど非情なことをしていても壊すことは出来なかったのだ。
それが幾人もの罪の無い命の上にあると理解していても、壊せなかった。
それが未だに少女自身が自らを赦せずにいる原因であると知っていても、老人は少女に負うべき罪があるとは思えなかった。
肉親を大切に想うことは当たり前の感情だろう。
如何に酷い行いをしていても、酷い扱いを受けたって、それが唯一世界で無償の愛を注いでくれるはずの“親”に反抗するのは恐ろしいだろう。
他者から愛情を受けていればまだしも……少女は少女自身がその檻を壊してしまうまで、他の子供達とも離され一人きりで長い時間を過ごしていたのだ。
その状況で、正しい物事の善悪の知識を得たとして、間違っていると行動を起こせる人間は多くない。
沢山の人と関わり親子ではなくとも何れかの親愛の情を受け取りながら八年経っても、愛されなかった親への情を失わない程に情が強い人間が行動したことが、それだけで十分過ぎる程の償いになるだろう。
「ジャッポーネ……東の端の小さな島国だ。わしの後継者となる少年が居て、恐らく君の最後の約束関係者が現れるだろう国だ。行ってくれるね」
「Si boss.」
静かに本を閉じた少女は外へ歩き出す。
迷うことなく、振り返りもせずに。
老人はそれをただ見詰めていた。
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