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SS集 ―鬼滅の刃―

あ、またあの人だ。見覚えのある金色が暖簾をくぐったのを視界の端に捉え、意識しないところで私の背筋がほんの少し伸びた。

「いらっしゃいませ」

やってきた男性を奥の座敷へと案内する。
外の景色が一望できる窓際の席。
そこが彼の為に用意された席であるかのように、彼もまた当たり前かのようにそこの座布団へ腰を降ろす。
大きな双眸が上を向き、私と目がかちりと合う。

「いつもの団子を頼む」
「はい。ちょっと待って下さいね」

彼──煉獄さんは甘味処であるこの店の常連で顔馴染みだ。
毎回同じ席に着き、注文する内容も変わり映えはしないのだが、とんでもない量の注文をされることでお店側は認知している。
奥の厨房では煉獄さんの姿を認めた瞬間にザワつき、今頃忙しなく団子を焼く作業に取り掛かっていることだろう。
私が煉獄さんについて知っていることは、大食漢であることと、名前が煉獄、ということだけだ。
名前を知ったのだって、そう呼ばれているのを聞き耳立てていたからだ。
同じく馴染みのある桃色髪の女の子がいたのだが、彼女が煉獄さんを連れてきて以降、彼もこの店を気に入ってくれたようで一人でも来店してくれる。

「今日は天気がいいな。風も吹いて心地がいい」
「そうですね」

積み重ねた串団子と抹茶を出すと、煉獄さんはいつも何かしらの話題を振ってくる。
ただの世間話でしかないが、ほんの少しでも関わり言葉を交わす時間は実のところ密かな楽しみでもある。

「葉の色も鮮やかだ。秋も見頃なのだろうな」

窓の外は店主が手入れしている庭で、池水のせせらぎと木々の葉が擦れる音が子守唄のように聞こえてくる。
夏は鮮緑、秋は紅葉色で庭を彩り人気もあるが、それ以上に鮮やかで美しい景色を私は知っている。

「ん?」

煉獄さんはふと首を回し顔を上げた。
私はつい見入っていたことに気付いて途端に恥ずかしくなり、ぱっと視線を外した。

「あ、いえ、すみません。お客様の瞳の色も、とても素敵だな、と」

窓辺に座る煉獄さんの、金環の瞳を通して見える庭の景色はより一層華やかな極彩色で、うっとりと見惚れてしまう鮮麗さに息をするのを忘れてしまう程。
本人に向けて言うつもりはなかったのに、見つめていた理由を問われた気がしてつい弁明のつもりで話してしまった。
言葉に出したことで更にこそばゆい気持ちが大きくなり顔を俯ける。
煉獄さんのはにかむ口元が見えて何も言えなくなってしまった私は踵を返し、逃げるように厨房へと身を隠した。
変な空気にしてしまったと、悶々と壁に頭を擦り付ける。
しばらくすると壁を隔てた向こう側から煉獄さんの「うまい!」という張り上げた声が聞こえてきて、いつもの風景だ、と少しだけ安堵した。

厨房総出で作り上げた山盛りの団子を平らげた頃、ちらりと煉獄のさんの席を見るとちょうど目が合い、手招きをされた。
反対の手でがま巾着を握っているのが見えて、会計だと思い座敷へと上がる。

「ご馳走様」

煉獄さんはそう言ってお金を取り出し、手を丸めて腕を伸ばした。
私もその動作に反射して下から受け取るように手を広げる。

「また来る」
「はい、お待ちしてま……す」

どのお客でも、お金を渡す時はただ手の平に乗せるか落とすかだ。
煉獄さんは私の手を上から包むようにしてお金を乗せるとすぐには放さず、するすると手を滑らせた。
指先を最後まで絡ませて、まるで別れを惜しむ恋人同士のように。
手の平から伝導する熱が身体を巡り、指先に触れるものがなくなると同時に消えていった。
とても長い時間手を握っていたような気さえするが、物足りなさも膨れていく気がした。
いつもと違う勘定の仕方に動揺する私に煉獄さんは、

「俺は煉獄というんだが」

と、突然名前を名乗った。

「え?は、はい、存じております」
「む?言ったことがあったか?」
「いえ、お連れの方がそう呼んでましたので」
「ああ、そうか」

店に来るきっかけを作った女の子を、煉獄さんも頭に浮かべているだろう。
煉獄さんは 、ふむ、と眉を狭めた。

「それは少し、腑に落ちないな」

納得がいかないと不満を口にして、もう一度私の手と重ね合う。

「今度会った時は、君の名前を教えてくれ」

燃えるような焔色を纏った瞳が私を捉えて離さない。
次に会った時は、一体どんな色を映し出してくれるのか。
弾けそうになる胸の鼓動を感じながらも、またも反射的に、はい、とだけ返事する私が、煉獄さんがこのお店に通い詰めている理由を知るのは、そう遠くない未来の話である。






...終


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