SS集 ―鬼滅の刃―
星満ちる夜天。
生い茂る木々の間から空の美しい景色が覗いていたが、煉獄のくり抜いたような双眸には夜空は映らず、ただ真っ直ぐに向けられていた。
鬼殺隊員数名が鬼の討伐に苦戦を強いられている、と報告と応援要請を受けた煉獄は後輩達が戦っている現場へと急行していた。
血の臭いが鼻を刺激する戦場へと赴くと、そこには剣を握りしめたまま絶命した隊員達が倒れているだけで鬼の姿は見当たらなかった。
全滅してしまったのか、と唇を噛んだ煉獄だったが、地面に残された血痕が点々と道なりに続いているのに気がついた。
よくよく確認すれば、報告にあった隊員の数も合わない。煉獄は望み薄ながらも血痕を辿った。
「煉獄さん……」
掠れた声が微かに聞こえ、耳を澄ます。
足早に駆けた先に、隊服を着た女性が木の根元を背もたれにして倒れていた。
煉獄は彼女の前で膝を着き、首筋に手を添えた。
閉じられていた彼女の瞼が半分だけ開く。
煉獄の姿を認めた彼女は、生気も感じなかった虚ろな瞳に光を宿した。
「ああ……本物の煉獄さんだあ。呼んだら、本当に来てくれた……」
「遅くなってすまない。よく戦った」
「鬼は、なんとか仕留めました。この子も無事です」
彼女は緩く微笑みながら腕に抱く少女に目を落とす。
鬼に襲われかけたらしい少女には傷一つ見当たらず、ただ気絶しているだけだった。
「ここなら、安全ですから……」
彼女が身を預ける木は藤の花で、頭上に垂れ藤の美しい花弁が咲いていた。
一般人を守りながら鬼を倒し、その後も安全圏まで移動したのだと知る。
「私、煉獄さんと何度か任務をご一緒させて頂いたことがありました…お互いのこと、少しだけお話したこともあるんですよ」
「ああ。覚えているとも」
任務終わりに、彼女と一緒に団子を頬張りながら談笑したのはつい最近の話だ。
笑みを浮かべながら穏やかに喋る彼女だが、この時煉獄は、彼女の腹回りからおびただしい量の血が流出し、地面を濡らしていることに気がついた。
傷が塞がらず、止血できていないのだ。
そこでようやくと言ったところか、彼女の顔はみるみる血の気が引き蒼白していった。
「私は、ここまでです」
「呼吸に集中して、止血するんだ」
「最期にお話するのが煉獄さんで、よかった」
「蝶屋敷へ運ぶ。それまで耐えろ」
「今までありがとうございました、煉獄さん」
「もう喋るな!」
煉獄は声を荒げ、彼女に放つ。
彼女はそんな煉獄とは相反し、へにゃりと破顔した。
「実を言うと……私、ずっと前から煉獄さんのこと、お慕え申しておりました」
彼女の思い思いの言葉は煉獄の声を遮った。
煉獄の叫びは、どうやら彼女には届きそうにない。
だが、それは逆もまた然りであった。
彼女の告白に、残そうとした言葉に、煉獄は返す言葉を持ち合わせていなかった。
「君は……わからずやだな」
「知ってます。でも、自分の死期くらい、わかりますよ」
死を受け入れている彼女には、もう何を言っても無駄かもしれない。
それならばと、せめて見届けてやろうと煉獄も彼女の覚悟を受け入れることにした。
「ああ、そうだ、これも言っておかなきゃ」
彼女は思い出したように声に出す。
「今、何時、ですか」
そう問いながら、少しずつ、少しずつ、彼女の瞼が重石を乗せたように垂れ下がっていく。
気力で閉じまいとしている様子に、煉獄は焦りの表情を浮かべながら懐中時計を取り出し時間を答えた。
「零時を……回ったところだ」
日付が変わったことを知らせると、彼女は、間に合った、とほっと息をついた。
「お誕生日、おめでとうございます」
「……ありがとう」
今日は煉獄の誕生日であった。
死を迎える直前の彼女に誕生を祝われてしまう不釣り合いな状況に、煉獄は震える声で礼を述べる。
「煉獄さんのおめでたい日に、記念日なのにすみません。でも、ちょっと嬉しいです」
何故、嬉しいなどという感情が飛び出るのか。
煉獄は口を噤み続きを待った。
「煉獄さん、どうか毎年、今日という日に私が死んだこと、思い出してくださいね」
彼女は艶然と微笑んだ。
怪しく歪む三日月様の唇。
煉獄は動揺したように筋肉に緊張が走り、心臓は痛いくらいにざわめき鼓動を速める。
しかし周囲は驚く程に静謐とし、風の音一つ流れてこない。
「思い出して、くれるだけで……報、われ……」
彼女の声はそこで事切れ、全身から力がずるりと抜け落ち頚が垂れ下がる。
しじまに満ちた空気の中、頚に添えていた指先からは温もりと脈動がまだ触れた。
それもまたやがて衰微し、ひやりと冷たい物体へと成り変わる。
「……忘れないさ」
月日が回ってくる度、一つ年を取り、彼女のことを思い出す。
彼女のことを忘れることはないだろう。
否、忘れられない。
彼女に最後にかけられた、永遠に続く呪いによって。
この時を待ち望んでいたかのように風が吹き、弄ぶように髪の束が宙へ浮き上がる。
天へと昇った風が藤の花を巻き込んでいく。
月明かりに照らされた花弁がタンポポの綿毛の如くふわりふわりと舞い、落ちていった。
...終
生い茂る木々の間から空の美しい景色が覗いていたが、煉獄のくり抜いたような双眸には夜空は映らず、ただ真っ直ぐに向けられていた。
鬼殺隊員数名が鬼の討伐に苦戦を強いられている、と報告と応援要請を受けた煉獄は後輩達が戦っている現場へと急行していた。
血の臭いが鼻を刺激する戦場へと赴くと、そこには剣を握りしめたまま絶命した隊員達が倒れているだけで鬼の姿は見当たらなかった。
全滅してしまったのか、と唇を噛んだ煉獄だったが、地面に残された血痕が点々と道なりに続いているのに気がついた。
よくよく確認すれば、報告にあった隊員の数も合わない。煉獄は望み薄ながらも血痕を辿った。
「煉獄さん……」
掠れた声が微かに聞こえ、耳を澄ます。
足早に駆けた先に、隊服を着た女性が木の根元を背もたれにして倒れていた。
煉獄は彼女の前で膝を着き、首筋に手を添えた。
閉じられていた彼女の瞼が半分だけ開く。
煉獄の姿を認めた彼女は、生気も感じなかった虚ろな瞳に光を宿した。
「ああ……本物の煉獄さんだあ。呼んだら、本当に来てくれた……」
「遅くなってすまない。よく戦った」
「鬼は、なんとか仕留めました。この子も無事です」
彼女は緩く微笑みながら腕に抱く少女に目を落とす。
鬼に襲われかけたらしい少女には傷一つ見当たらず、ただ気絶しているだけだった。
「ここなら、安全ですから……」
彼女が身を預ける木は藤の花で、頭上に垂れ藤の美しい花弁が咲いていた。
一般人を守りながら鬼を倒し、その後も安全圏まで移動したのだと知る。
「私、煉獄さんと何度か任務をご一緒させて頂いたことがありました…お互いのこと、少しだけお話したこともあるんですよ」
「ああ。覚えているとも」
任務終わりに、彼女と一緒に団子を頬張りながら談笑したのはつい最近の話だ。
笑みを浮かべながら穏やかに喋る彼女だが、この時煉獄は、彼女の腹回りからおびただしい量の血が流出し、地面を濡らしていることに気がついた。
傷が塞がらず、止血できていないのだ。
そこでようやくと言ったところか、彼女の顔はみるみる血の気が引き蒼白していった。
「私は、ここまでです」
「呼吸に集中して、止血するんだ」
「最期にお話するのが煉獄さんで、よかった」
「蝶屋敷へ運ぶ。それまで耐えろ」
「今までありがとうございました、煉獄さん」
「もう喋るな!」
煉獄は声を荒げ、彼女に放つ。
彼女はそんな煉獄とは相反し、へにゃりと破顔した。
「実を言うと……私、ずっと前から煉獄さんのこと、お慕え申しておりました」
彼女の思い思いの言葉は煉獄の声を遮った。
煉獄の叫びは、どうやら彼女には届きそうにない。
だが、それは逆もまた然りであった。
彼女の告白に、残そうとした言葉に、煉獄は返す言葉を持ち合わせていなかった。
「君は……わからずやだな」
「知ってます。でも、自分の死期くらい、わかりますよ」
死を受け入れている彼女には、もう何を言っても無駄かもしれない。
それならばと、せめて見届けてやろうと煉獄も彼女の覚悟を受け入れることにした。
「ああ、そうだ、これも言っておかなきゃ」
彼女は思い出したように声に出す。
「今、何時、ですか」
そう問いながら、少しずつ、少しずつ、彼女の瞼が重石を乗せたように垂れ下がっていく。
気力で閉じまいとしている様子に、煉獄は焦りの表情を浮かべながら懐中時計を取り出し時間を答えた。
「零時を……回ったところだ」
日付が変わったことを知らせると、彼女は、間に合った、とほっと息をついた。
「お誕生日、おめでとうございます」
「……ありがとう」
今日は煉獄の誕生日であった。
死を迎える直前の彼女に誕生を祝われてしまう不釣り合いな状況に、煉獄は震える声で礼を述べる。
「煉獄さんのおめでたい日に、記念日なのにすみません。でも、ちょっと嬉しいです」
何故、嬉しいなどという感情が飛び出るのか。
煉獄は口を噤み続きを待った。
「煉獄さん、どうか毎年、今日という日に私が死んだこと、思い出してくださいね」
彼女は艶然と微笑んだ。
怪しく歪む三日月様の唇。
煉獄は動揺したように筋肉に緊張が走り、心臓は痛いくらいにざわめき鼓動を速める。
しかし周囲は驚く程に静謐とし、風の音一つ流れてこない。
「思い出して、くれるだけで……報、われ……」
彼女の声はそこで事切れ、全身から力がずるりと抜け落ち頚が垂れ下がる。
しじまに満ちた空気の中、頚に添えていた指先からは温もりと脈動がまだ触れた。
それもまたやがて衰微し、ひやりと冷たい物体へと成り変わる。
「……忘れないさ」
月日が回ってくる度、一つ年を取り、彼女のことを思い出す。
彼女のことを忘れることはないだろう。
否、忘れられない。
彼女に最後にかけられた、永遠に続く呪いによって。
この時を待ち望んでいたかのように風が吹き、弄ぶように髪の束が宙へ浮き上がる。
天へと昇った風が藤の花を巻き込んでいく。
月明かりに照らされた花弁がタンポポの綿毛の如くふわりふわりと舞い、落ちていった。
...終
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