参 夢物語
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「あ、あのさ。話題が変わるけど、甘ちゃんのご先祖に甘露寺蜜璃って人はいる?」
「え?ご先祖様?」
突然の方向転換に、甘ちゃんは首を傾げた。
「あんまりわからないかな。お父さんに聞いてみよっか?」
そう言いながらスマホを手に取り、チャットアプリを起動する。
フリック入力する指に目を走らせながら疑問を問われた。
「その人がどうかしたの?有名人?」
「えっと、知り合いかもしれないと思って」
「ええ?私のご先祖様と?」
まるで私が大正の時代に生きていた人間と関わりがあるかのような物言いに、甘ちゃんは疑問符を増やす。
私は疑われる前にと咄嗟に訂正を試みた。
「私のおばあちゃん!おばあちゃんがね、甘ちゃんの写真を見て、その甘露寺蜜璃って人に似てるって言ってたからさ。もしかしたら血の繋がりがあるのかもって」
「えー?由乃のおぱあちゃんって結構前に亡くなったんじゃなかった?」
祖母が亡くなったのは、結構前どころか私が生まれるより前だ。
昔の写真を見たことがあるので顔はわかるが、どんな人であったかはまったく知らない。
以前どこかで家族の話をした時に、祖母は既に亡くなっていると教えたことを今になって思い出す。
痛いところを突かれ、どう言い分を通そうかと思考がぐるぐると渦を巻いた。
「死んじゃう前に聞かれたの!どうしても気になるって言ってたのを思い出してね、今度お墓参りに行った時に報告したいの!」
就職して甘ちゃんと出会った頃に天国に旅立ったことにして、その場をやり過ごす。
祖母の墓参りに出向いた際は、嘘をついたことを謝らねばと念を置いた。
甘ちゃんは納得した様子で相槌を打つ。
「へえ、そうなんだ。まあ私じゃわからないから、お父さんの返事待ちね」
「ありがとう、聞いてくれて」
「そんなに似てるの?私とその人。写真とかある?」
「写真はない、けど」
聞かれるが、私にわかるはずもなく。
ちらりと目線だけを杏寿郎さんへ送る。
杏寿郎さんは、うむ、と太鼓判を押すように強く頷いた。
「そう、みたい」
どこか他人事のように答えてしまうが、代弁しているのだから致し方ない。
瓜二つという話だが、胃袋の大きさもその人と似ていると言っていたのを思い出す。
「甘ちゃんの家系って、みんな大食い?」
「私だけだよ~」
「全然太らないよね。羨ましい」
「そんなことないよ」
こんな小さな体のどこに入っていくのだと疑うくらい、甘ちゃんはどれだけ食べてもスタイルを維持している。
ついでにいえば、手足は細いのに胸だけは大きい。
彼女の豊満な胸はとても魅力的で、女の私でも視線がそちらに移ってしまうくらいだ。
食べた分の栄養はすべて胸に送られているのだろう、まったくもって羨ましい限りだ。
それに比べて私は、と比較して自身の胸に目を落とした時、甘ちゃんのスマホからピロリンと軽快な音が鳴った。
「お父さんから返事来たよ」
画面をタップして、返ってきた文章を読み上げる。
「わからないけど、もしかしたら親族の中にいるかもね、だって」
答えは答えではなく曖昧なものだった。
世代が交代すればするほど、先祖の名前は記憶から薄れていく。
「ねえねえ、その人、結婚して甘露寺になったのかな?」
甘ちゃんの素朴な疑問に、私はまた杏寿郎さんへ目線を送る。
首を横に振る杏寿郎さんに習い、同様に振った。
「違う…と思う。結婚する前が、甘露寺」
「その人、婚姻して名字変わってるかなあ。婿入りなら女の人の性を名乗ることもあるけど、今も昔もそうそうないしね」
「甘露寺は俺の一つ年下だ。俺の死後いくつまで生きていたか、子孫がいるのかはわからないが…そうだな、言われてみれば直系で繋がっているとは限らないか」
「お父さんは親族にいるかもとは言ってるけど、直系での血の繋がりはないのかもね」
杏寿郎さんは考えを巡らせ、甘ちゃんの声に被せた。
同じ鬼殺隊の同僚であったなら、彼女もまた鬼に殺されているのかもしれない。
自分と同じくらいの年代の子が若くして死んでしまうというのは、他人であるのに哀切な話だ、と胸が痛む。
「他人の空似ってあるし、そんなに期待しない方がいいよ?」
「そっ、か」
「そういえば、アレはまだ書いてるの?」
「アレ?」
「ほら、絵本」
「ああ、うん。少しずつね」
本業はただのOLだが、趣味の範囲で絵本を書いている。
最近は筆が進まなくて放置気味であり、話題に上がって進捗は芳しくないことを嫌でも気づかされた。
「今はどんなの書いてるの?見せてよ」
「いいけどまだ下書きだからね」
床から立ち上がるのが面倒で、四つん這いで原稿を取りに行く。
本棚に並んでいるのはほとんどが漫画だが、昔からお気に入りだった絵本も実家から持ち出して飾っている。
本と一緒にしまっていた液晶タブレットを引き抜き、スペースを広げた机に置いた。
原稿の画面を開き、描きかけの表紙を見せる。
「カラスのゆめ?」
甘ちゃんは大きな文字で書かれたタイトルを読み上げ、眉を顰めた。
「ええ?カラスが主人公なの?」
「いいじゃない別に」
明らかに不満気な態度を見せられ、むっと頬を膨らます。
一ページめくると、小さなカラスが人の群れの中にいる姿が描かれている。
まだラフ画の段階であり、完成にはほど遠い。
「どんな話?」
「このカラスは人に育てられたの。人によくしてもらったお礼にサクランボを渡していくんだけど、他人の畑から盗んだ物だったから人に忌み嫌われちゃって、最後は野生に返るの」
カラスは知能が高く、人の顔を覚えていると聞く。
餌を得る為に道路に胡桃を置き、車に轢かせて殻を割って食べるという話は有名だ。
内容を大づかみに説明してみるが、甘ちゃんの表情は渋いままだ。
「…つまらない?」
「つまらないというか、子供に読み聞かせる話じゃないよね?簡単なあらすじだけでも中身暗すぎだよ」
「もう一個考えたのは、人の言葉を話せるカラスが子供に絵本を読み聞かせてあげるっていう話なんだけど」
「あっ!そっちのが面白そう!絵本を読み聞かせたり歌ったりして、子供のお世話をしてくれる家政婦さんみたいなお話いいんじゃない?」
「それなら最後は、ゴミを漁る悪いカラスと間違えられて近所の人に虐められて、逃げる為に子供と離れ離れになっちゃう、とかは?」
「なんで由乃はそうやって暗い話に持っていくの?」
遂にはグリム童話みたい、と呆れられる。
「一緒に成長して、仲良く暮らしてハッピーエンド、でいいじゃない。絵本なんだから」
「大人になると現実味のあるものを求めちゃうんだってば」
あまりにファンタジーが過ぎると気持ち的に萎えてしまうからか、内容はいつも現実重視になってしまっていた。
目線を子供に合わせないといけないのはわかるが、どうも自我が前に出てしまうのだ。
ラフ画を見せるたび、甘ちゃんからは厳しい評価が飛んでくる。
絵本作家に向いていない、とまでは言われないが、自分自身がすでにそう感じてはいた。
「ちょっとトイレ借りるよ」
「廊下出て右ね」
甘ちゃんは離席し、ダイニングを出ていった。
姿が見えなくなったところで、杏寿郎さんが隣に来て原稿を覗き込む。
「由乃は本を書いているのだな」
「はい。昔からの夢なんです、絵本作家」
シナリオを考えるのも、絵を描くのも。
だがどちらもそう上手いとは言い難く、趣味の枠からは抜け出せていない。
「甘ちゃんから色々アイデア貰ったりして書いてはいるんですけど、なかなか進まなくて。出版会社にも送ったりしてますけど…いい結果はまだ残せていませんね」
過去に完成させた作品を出版社に応募したことは何度もある。
採用されたことは、未だにないが。
「努力は必ず実を結ぶ。夢があるのはいいことだ」
「はい。今は全然違う仕事してますけど。いつか、子供たちの心に残るお話を作りたいですね」
その為にはまず、残酷な描写を減らすところからだろう。
一から練り直すしかないな、とタブレットの電源を切った。
ちょうどその時、点けっぱなしのテレビから女性の声で悲鳴が聞こえてきた。
たまに特番で放映している、ちょっと有名な心霊番組だった。
視聴者から応募された心霊写真を紹介するコーナーで、ゲスト出演の女性タレントが画面の端で恐怖に怯えていた。
心霊写真か、と首を戻してタブレットの黒い画面に自分の顔が反射しているのを見て、ふと疑問が浮かぶ。
「そういえば杏寿郎さんって、写真を撮るとどう映るんでしょうかね」
「さて、どうだろうな。この姿になってから撮った試しがない」
これまで幾度と幽霊は見てきたが、写真に収めようとしたことはない。(しようとも、微塵も思わなかったが)
私はスマホを手に取り、裏面に埋め込まれたレンズを杏寿郎さんに向けた。
「それは…スマホといったか?」
「写真も撮れるんです。ちょっとそこにいてくださいね」
「……どうだ?」
「まだ撮ってないです」
カメラのアプリはどこにあったかな、とスワイプして探し、起動する。
「…なんにも映りません」
カメラ越しに見える景色は、部屋の窓と壁しか映らない。
その手前にいる杏寿郎さんの姿は、心霊写真にありがちな靄すらも映し出されなかった。
そういえば鏡越しでも杏寿郎さんは映らなかったな、というのを思い出す。
「カメラを通して見た映像には映らない、ってことでしょうかね。私には確かに見えるし、目を瞑っても気配は感じるんですけど」
「由乃の持つ特異体質があるからこそ、なのだろうな」
異常なのは私の目なのだな、と納得した。
「何撮ってるの?」
と、そこへトイレから戻った甘ちゃんに、カメラを起動させた状態でいるのを見られてしまう。
私はパッとスマホを膝の上に戻した。
「外?」
「あ、いや、なんでもない」
「もしかしてSNSに上げるやつ~?」
「違うよ」
私の独り言 までは耳に届いていなかったようで、ほっと安堵する。
甘ちゃんは席に座りながらテレビの方に目を傾けた。
「これなんの番組?」
「心霊現象を解明するって番組」
番組はまだ心霊写真の解析を行っていて、心霊現象に詳しい専門家やら霊媒師やらが説明をしていた。
この霊は事故で亡くなっているだとか、年齢はこれくらいだとか、当てずっぽうなことばかりを口にした。
「写真に映ってる顔っぽいのは偽物だね、作り物」
紹介された写真はどれも偽物だ、と私は主張した。
オーブと呼ばれている複数の光の玉は埃だし、手が消えている写真はわざと手ブレを加えているだけだ。
鮮明に映る髪の長い白装束の女性の霊だって、あからさますぎて呆れる始末だ。
「ああいうのは全部ヤラセだからさ。あんな写真より、この辺の路地とかの方が幽霊はいっぱいいるのにさ」
番組を盛り上げる為とはいえ、やりすぎ感は拭えない。
嘲笑して甘ちゃんに同意を求めると、甘ちゃんは両手で机をバンッと叩いた。
「やめてよ!」
「っ……!」
突然のことに、言葉を失う。
甘ちゃんの怒りが込められた拳が、わなわなと震えている。
俯き加減の顔が上げられると、その目は恐怖に怯えうっすら涙も滲んでいた。
「私が怖いの苦手なの知ってるでしょ~!?幽霊はいないの!そんなの見えないの!」
「あ、うん…そだね。はは、ごめん。知り合いに霊感強い子がいて、そんなこと言ってたからさ」
「あー聞こえない聞こえない!」
甘ちゃんはすべてをシャットアウトしたいかのように両手で耳を塞ぎ、首を左右に振った。
私は慌ててリモコンを拾い、番組を変えた。
その後は幽霊や心霊の話なんて一言もせず、夜は更けていった。
「え?ご先祖様?」
突然の方向転換に、甘ちゃんは首を傾げた。
「あんまりわからないかな。お父さんに聞いてみよっか?」
そう言いながらスマホを手に取り、チャットアプリを起動する。
フリック入力する指に目を走らせながら疑問を問われた。
「その人がどうかしたの?有名人?」
「えっと、知り合いかもしれないと思って」
「ええ?私のご先祖様と?」
まるで私が大正の時代に生きていた人間と関わりがあるかのような物言いに、甘ちゃんは疑問符を増やす。
私は疑われる前にと咄嗟に訂正を試みた。
「私のおばあちゃん!おばあちゃんがね、甘ちゃんの写真を見て、その甘露寺蜜璃って人に似てるって言ってたからさ。もしかしたら血の繋がりがあるのかもって」
「えー?由乃のおぱあちゃんって結構前に亡くなったんじゃなかった?」
祖母が亡くなったのは、結構前どころか私が生まれるより前だ。
昔の写真を見たことがあるので顔はわかるが、どんな人であったかはまったく知らない。
以前どこかで家族の話をした時に、祖母は既に亡くなっていると教えたことを今になって思い出す。
痛いところを突かれ、どう言い分を通そうかと思考がぐるぐると渦を巻いた。
「死んじゃう前に聞かれたの!どうしても気になるって言ってたのを思い出してね、今度お墓参りに行った時に報告したいの!」
就職して甘ちゃんと出会った頃に天国に旅立ったことにして、その場をやり過ごす。
祖母の墓参りに出向いた際は、嘘をついたことを謝らねばと念を置いた。
甘ちゃんは納得した様子で相槌を打つ。
「へえ、そうなんだ。まあ私じゃわからないから、お父さんの返事待ちね」
「ありがとう、聞いてくれて」
「そんなに似てるの?私とその人。写真とかある?」
「写真はない、けど」
聞かれるが、私にわかるはずもなく。
ちらりと目線だけを杏寿郎さんへ送る。
杏寿郎さんは、うむ、と太鼓判を押すように強く頷いた。
「そう、みたい」
どこか他人事のように答えてしまうが、代弁しているのだから致し方ない。
瓜二つという話だが、胃袋の大きさもその人と似ていると言っていたのを思い出す。
「甘ちゃんの家系って、みんな大食い?」
「私だけだよ~」
「全然太らないよね。羨ましい」
「そんなことないよ」
こんな小さな体のどこに入っていくのだと疑うくらい、甘ちゃんはどれだけ食べてもスタイルを維持している。
ついでにいえば、手足は細いのに胸だけは大きい。
彼女の豊満な胸はとても魅力的で、女の私でも視線がそちらに移ってしまうくらいだ。
食べた分の栄養はすべて胸に送られているのだろう、まったくもって羨ましい限りだ。
それに比べて私は、と比較して自身の胸に目を落とした時、甘ちゃんのスマホからピロリンと軽快な音が鳴った。
「お父さんから返事来たよ」
画面をタップして、返ってきた文章を読み上げる。
「わからないけど、もしかしたら親族の中にいるかもね、だって」
答えは答えではなく曖昧なものだった。
世代が交代すればするほど、先祖の名前は記憶から薄れていく。
「ねえねえ、その人、結婚して甘露寺になったのかな?」
甘ちゃんの素朴な疑問に、私はまた杏寿郎さんへ目線を送る。
首を横に振る杏寿郎さんに習い、同様に振った。
「違う…と思う。結婚する前が、甘露寺」
「その人、婚姻して名字変わってるかなあ。婿入りなら女の人の性を名乗ることもあるけど、今も昔もそうそうないしね」
「甘露寺は俺の一つ年下だ。俺の死後いくつまで生きていたか、子孫がいるのかはわからないが…そうだな、言われてみれば直系で繋がっているとは限らないか」
「お父さんは親族にいるかもとは言ってるけど、直系での血の繋がりはないのかもね」
杏寿郎さんは考えを巡らせ、甘ちゃんの声に被せた。
同じ鬼殺隊の同僚であったなら、彼女もまた鬼に殺されているのかもしれない。
自分と同じくらいの年代の子が若くして死んでしまうというのは、他人であるのに哀切な話だ、と胸が痛む。
「他人の空似ってあるし、そんなに期待しない方がいいよ?」
「そっ、か」
「そういえば、アレはまだ書いてるの?」
「アレ?」
「ほら、絵本」
「ああ、うん。少しずつね」
本業はただのOLだが、趣味の範囲で絵本を書いている。
最近は筆が進まなくて放置気味であり、話題に上がって進捗は芳しくないことを嫌でも気づかされた。
「今はどんなの書いてるの?見せてよ」
「いいけどまだ下書きだからね」
床から立ち上がるのが面倒で、四つん這いで原稿を取りに行く。
本棚に並んでいるのはほとんどが漫画だが、昔からお気に入りだった絵本も実家から持ち出して飾っている。
本と一緒にしまっていた液晶タブレットを引き抜き、スペースを広げた机に置いた。
原稿の画面を開き、描きかけの表紙を見せる。
「カラスのゆめ?」
甘ちゃんは大きな文字で書かれたタイトルを読み上げ、眉を顰めた。
「ええ?カラスが主人公なの?」
「いいじゃない別に」
明らかに不満気な態度を見せられ、むっと頬を膨らます。
一ページめくると、小さなカラスが人の群れの中にいる姿が描かれている。
まだラフ画の段階であり、完成にはほど遠い。
「どんな話?」
「このカラスは人に育てられたの。人によくしてもらったお礼にサクランボを渡していくんだけど、他人の畑から盗んだ物だったから人に忌み嫌われちゃって、最後は野生に返るの」
カラスは知能が高く、人の顔を覚えていると聞く。
餌を得る為に道路に胡桃を置き、車に轢かせて殻を割って食べるという話は有名だ。
内容を大づかみに説明してみるが、甘ちゃんの表情は渋いままだ。
「…つまらない?」
「つまらないというか、子供に読み聞かせる話じゃないよね?簡単なあらすじだけでも中身暗すぎだよ」
「もう一個考えたのは、人の言葉を話せるカラスが子供に絵本を読み聞かせてあげるっていう話なんだけど」
「あっ!そっちのが面白そう!絵本を読み聞かせたり歌ったりして、子供のお世話をしてくれる家政婦さんみたいなお話いいんじゃない?」
「それなら最後は、ゴミを漁る悪いカラスと間違えられて近所の人に虐められて、逃げる為に子供と離れ離れになっちゃう、とかは?」
「なんで由乃はそうやって暗い話に持っていくの?」
遂にはグリム童話みたい、と呆れられる。
「一緒に成長して、仲良く暮らしてハッピーエンド、でいいじゃない。絵本なんだから」
「大人になると現実味のあるものを求めちゃうんだってば」
あまりにファンタジーが過ぎると気持ち的に萎えてしまうからか、内容はいつも現実重視になってしまっていた。
目線を子供に合わせないといけないのはわかるが、どうも自我が前に出てしまうのだ。
ラフ画を見せるたび、甘ちゃんからは厳しい評価が飛んでくる。
絵本作家に向いていない、とまでは言われないが、自分自身がすでにそう感じてはいた。
「ちょっとトイレ借りるよ」
「廊下出て右ね」
甘ちゃんは離席し、ダイニングを出ていった。
姿が見えなくなったところで、杏寿郎さんが隣に来て原稿を覗き込む。
「由乃は本を書いているのだな」
「はい。昔からの夢なんです、絵本作家」
シナリオを考えるのも、絵を描くのも。
だがどちらもそう上手いとは言い難く、趣味の枠からは抜け出せていない。
「甘ちゃんから色々アイデア貰ったりして書いてはいるんですけど、なかなか進まなくて。出版会社にも送ったりしてますけど…いい結果はまだ残せていませんね」
過去に完成させた作品を出版社に応募したことは何度もある。
採用されたことは、未だにないが。
「努力は必ず実を結ぶ。夢があるのはいいことだ」
「はい。今は全然違う仕事してますけど。いつか、子供たちの心に残るお話を作りたいですね」
その為にはまず、残酷な描写を減らすところからだろう。
一から練り直すしかないな、とタブレットの電源を切った。
ちょうどその時、点けっぱなしのテレビから女性の声で悲鳴が聞こえてきた。
たまに特番で放映している、ちょっと有名な心霊番組だった。
視聴者から応募された心霊写真を紹介するコーナーで、ゲスト出演の女性タレントが画面の端で恐怖に怯えていた。
心霊写真か、と首を戻してタブレットの黒い画面に自分の顔が反射しているのを見て、ふと疑問が浮かぶ。
「そういえば杏寿郎さんって、写真を撮るとどう映るんでしょうかね」
「さて、どうだろうな。この姿になってから撮った試しがない」
これまで幾度と幽霊は見てきたが、写真に収めようとしたことはない。(しようとも、微塵も思わなかったが)
私はスマホを手に取り、裏面に埋め込まれたレンズを杏寿郎さんに向けた。
「それは…スマホといったか?」
「写真も撮れるんです。ちょっとそこにいてくださいね」
「……どうだ?」
「まだ撮ってないです」
カメラのアプリはどこにあったかな、とスワイプして探し、起動する。
「…なんにも映りません」
カメラ越しに見える景色は、部屋の窓と壁しか映らない。
その手前にいる杏寿郎さんの姿は、心霊写真にありがちな靄すらも映し出されなかった。
そういえば鏡越しでも杏寿郎さんは映らなかったな、というのを思い出す。
「カメラを通して見た映像には映らない、ってことでしょうかね。私には確かに見えるし、目を瞑っても気配は感じるんですけど」
「由乃の持つ特異体質があるからこそ、なのだろうな」
異常なのは私の目なのだな、と納得した。
「何撮ってるの?」
と、そこへトイレから戻った甘ちゃんに、カメラを起動させた状態でいるのを見られてしまう。
私はパッとスマホを膝の上に戻した。
「外?」
「あ、いや、なんでもない」
「もしかしてSNSに上げるやつ~?」
「違うよ」
私の
甘ちゃんは席に座りながらテレビの方に目を傾けた。
「これなんの番組?」
「心霊現象を解明するって番組」
番組はまだ心霊写真の解析を行っていて、心霊現象に詳しい専門家やら霊媒師やらが説明をしていた。
この霊は事故で亡くなっているだとか、年齢はこれくらいだとか、当てずっぽうなことばかりを口にした。
「写真に映ってる顔っぽいのは偽物だね、作り物」
紹介された写真はどれも偽物だ、と私は主張した。
オーブと呼ばれている複数の光の玉は埃だし、手が消えている写真はわざと手ブレを加えているだけだ。
鮮明に映る髪の長い白装束の女性の霊だって、あからさますぎて呆れる始末だ。
「ああいうのは全部ヤラセだからさ。あんな写真より、この辺の路地とかの方が幽霊はいっぱいいるのにさ」
番組を盛り上げる為とはいえ、やりすぎ感は拭えない。
嘲笑して甘ちゃんに同意を求めると、甘ちゃんは両手で机をバンッと叩いた。
「やめてよ!」
「っ……!」
突然のことに、言葉を失う。
甘ちゃんの怒りが込められた拳が、わなわなと震えている。
俯き加減の顔が上げられると、その目は恐怖に怯えうっすら涙も滲んでいた。
「私が怖いの苦手なの知ってるでしょ~!?幽霊はいないの!そんなの見えないの!」
「あ、うん…そだね。はは、ごめん。知り合いに霊感強い子がいて、そんなこと言ってたからさ」
「あー聞こえない聞こえない!」
甘ちゃんはすべてをシャットアウトしたいかのように両手で耳を塞ぎ、首を左右に振った。
私は慌ててリモコンを拾い、番組を変えた。
その後は幽霊や心霊の話なんて一言もせず、夜は更けていった。