弐 孤独を埋めて
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昨日と景色が違って見える帰り道、地面を叩きつけ跳ね返る雨水が小さな飛沫を上げる。
パンプスが濡れるくらいは構わないが、スラックスの裾の色が変わっていき、その範囲が広がっていくのは見ていてうんざりした。
隣の煉獄さんは涼しげで、雨の鬱陶しさをすり抜けて悠然と歩く姿にはつい羨望の目で見つめてしまう。
「白菊少女、後ろから人が来る。男だ」
煉獄さんにそう声をかけられ、背後からの通行人が大きく迂回しながら私の横を通り過ぎていく。
スーツを着たその男性は黒い傘を揺らし、パシャンと水撥ねの音を響かせながら先を急いでいた。
「煉獄さん、ありがとうございます」
人が近づいていることを知らせるのは軽い注意喚起だが、性別まで呈するということは痴漢の件があるからだと察しがついた。
性別上の男だけを警戒するつもりは当然ないし、理由もなく避けるつもりもない。
だが、心配をしてくれているという気遣いは素直に嬉しかった。
「ボディーガードみたいですね」
「伝えることしかできないがな」
「伝えることができるなんてすごいんですよ。声が聞こえるって、本当にすごいんですから」
「それは、君がすごいのだろう?」
「確かに私は特異体質ですけど、煉獄さんだって特別なんですよ」
先に見える踏切の警報音が響く。
警報灯が赤いランプを点滅させ、遮断棹が静かに降りていく。
雨音をかき消しながら電車が過ぎ去り、細かな飛沫が周りに飛び散った。
電車が消えた後の線路の上には黒い靄が残り、その空間に漂っていた。
「あの黒いのはなんだ?」
「あれが、私がいつも見ているものです」
多くがあのように霞んでいる幽霊の姿だ。
毎日ではないが時々同じ場所で見る靄であり、もしかしたらあそこで亡くなった人の魂なのかもしれない。
大人か子供かもわからなければ、声だって聞こえない。
ただそこに留まり続け、知らぬうちに消える。
私の中であの不明瞭な姿が普通と表されていたので、煉獄さんの鮮明さは比べ物にもならなかった。
「というか、煉獄さんにもあれは見えるんですね。やっぱり同じ幽霊だからでしょうか」
「あれが俺である可能性もあったのだな」
「煉獄さんがその姿でいてくれなかったら、私はおじいちゃんの話を信じてませんでしたよ。最初は怖かったけど…煉獄さんと出会えてよかったと今では思っていますから」
存在を否定してしまう煉獄さんを見ていられず、言葉を選ぶのに慎重になっていた。
表情だけを見れば意気軒昂としているが、その裏では自己否定で満たされているような気がした。
少し気まずい空気を吸いながら歩き、自宅であるアパートが視界に入る。
屋根のあるところまでようやく辿り着き、傘を振って雫を飛ばす。
傘を畳みながら階段を上っていると、途端に背後の気配が遠ざかり振り向いた。
煉獄さんは階段前で立ち止まり、距離を置いたまま神妙な顔つきで私を見上げた。
「どうしました?」
「よく考えてみれば、俺も似たようなことをしてしまっていたな」
「何を、ですか?」
「家に上がらない方がいいだろう。俺も男だからな」
やけに性別を強調し、私以上に電車でのことを引きずっていた。
「煉獄さんはいいんです!」
私は踵を返そうとする煉獄さんの後頭部に向かって叫び、呼び止めた。
言葉のとおりに邪険に扱うつもりはないし、こんな雨の中外に締め出すのは憚られた。
とはいっても天候や気温は煉獄さんには左右されないことだろうが、気持ち的に。
「一人は、寂しいです。それに、もっと煉獄さんのことを知りたいです」
「お邪魔させてもらって構わないのか?」
「はい!」
私は力強く頷き、客を招くように玄関から煉獄さんを快く迎え入れた。
初めて出会った日は壁をすり抜けて不法侵入まがいなことをされていたので、正面から部屋に入れるのは初めてだった。
昔からの親しい友人以外の人を招くことはあまりなく、通したはいいがどうもてなすべきだろうかと視線は右往左往した。
「えーと…そうだ、お茶を出しますね」
「茶は飲めんだろうな。その気遣いだけ頂くとしよう」
「そ、そうでした」
招待したらまずお茶を、と雛型を実行しようとするが丁寧に断わられる。
相手が幽霊であるのをつい忘却してしまうあたり、違和感というものが抜けてしまっていた。
「また退屈させてしまうと思うんですけど、ご飯作るので。適当に寛いでいてください」
「人間は腹が減るものだ。俺のことは気にしなくていい」
短い廊下を渡り、リビングのテレビをつけてからキッチンに立つ。
バラエティ番組の司会の声を聞きながら冷蔵庫を開け、残り物の具合を確認した。
毎日献立をどうするかで迷いがちだが、卵が沢山残っているのを見て今日はオムライスを作ることにした。
適当な野菜を賽の目に刻み、油を引いたフライパンで炒めていく。
野菜の香りが立ち、じゅわっと焼ける音が耳に心地よいリズムを刻む。
料理が面倒とも思いつつ、炒めている間は料理の完成が近づくからか楽しい感情が勝ち、鼻歌で音楽を奏でていた。
「何を作っているのだ?」
「ただのオムライスですよ」
「オムライスが作れるのか!それはすごい!」
料理の音に釣られた煉獄さんが肩からひょっこりと顔を出し、感心したように声を高くする。
具材にご飯とケチャップを加えて味を整えれば、後は卵を加えてしまえば完成だ。
調味料が簡単なので頻繁に作ることが多いが、煉獄さんは昼間と同じく珍しいものを見る時の目をしていた。
「でも、私は卵のオムレツを上手に作れなくて。あれ包むの結構難しいんですよ。だからケチャップライスの上に薄く焼いた卵を乗せるだけなんです」
「ほお。それも美味しそうだな」
料理が得意というわけでもなく、卵を綺麗に巻けたことはない。
今の時代、検索すればコツはいくらでも知れるし動画だって出てくるが、挑戦しても卵が破れてしまったり、中身が包めず形が崩れてしまったりと失敗続きであった。
上達しようと努力してもできないことはある、と今では潔く諦めている。
溶いた卵をフライパンに流し入れ、手早くかき混ぜて半分ほど固まったところでケチャップライスの上にひっくり返す。
一人暮らしでのご飯ものは調理が楽でいい。
カップに乾燥ワカメと中華スープの素を入れて熱湯を注げば即席スープだって作れてしまう。
オムレツは巻けないが、手早く一品仕上げられるとまるでデキる女のようにも思えてきた。
リビングに移動して料理を背の低い机に並べ、いつもの定位置でテレビの正面に正座する。
「いただきます」
手を合わせると煉獄さんが斜め横に座った。
隣からまじまじと見つめられ、スプーンで掬ったオムライスを口に運ぶのにどぎまぎした。
「あの…ごめんなさい。目の前でこんな…」
「俺のことはいい。腹一杯食べるといい」
とは言われるも、元々の目力も相まって爛々とした瞳から発せられる視線は食べにくさを助長していた。
食事のことは考えなければお腹が空くことはないとは言っていたが、目の前に料理がある状態で食事風景を眺めているだけなんて拷問にも近いだろう。
「うまい!」
「!?」
オムライスを口に含んだ直後に煉獄さんが叫び、驚いてスプーンを落としそうになる。
急になんだと目をぱちくりしていると、煉獄さんは満足そうに笑った。
「白菊少女は料理上手だな」
「あ、味、わかるんですか?食べてないのに?」
「なんとなくな!」
まさか気を遣っているのだろうか。
現実的に口に入れてもいないのに味がわかるはずもないのだが、過去に食べたオムライスの味を思い出してそう言っているのかもしれない。
しかし、そんな馬鹿なと疑ってしまうことを堂々と言葉にするあたり、本当とも捉えられた。
パンプスが濡れるくらいは構わないが、スラックスの裾の色が変わっていき、その範囲が広がっていくのは見ていてうんざりした。
隣の煉獄さんは涼しげで、雨の鬱陶しさをすり抜けて悠然と歩く姿にはつい羨望の目で見つめてしまう。
「白菊少女、後ろから人が来る。男だ」
煉獄さんにそう声をかけられ、背後からの通行人が大きく迂回しながら私の横を通り過ぎていく。
スーツを着たその男性は黒い傘を揺らし、パシャンと水撥ねの音を響かせながら先を急いでいた。
「煉獄さん、ありがとうございます」
人が近づいていることを知らせるのは軽い注意喚起だが、性別まで呈するということは痴漢の件があるからだと察しがついた。
性別上の男だけを警戒するつもりは当然ないし、理由もなく避けるつもりもない。
だが、心配をしてくれているという気遣いは素直に嬉しかった。
「ボディーガードみたいですね」
「伝えることしかできないがな」
「伝えることができるなんてすごいんですよ。声が聞こえるって、本当にすごいんですから」
「それは、君がすごいのだろう?」
「確かに私は特異体質ですけど、煉獄さんだって特別なんですよ」
先に見える踏切の警報音が響く。
警報灯が赤いランプを点滅させ、遮断棹が静かに降りていく。
雨音をかき消しながら電車が過ぎ去り、細かな飛沫が周りに飛び散った。
電車が消えた後の線路の上には黒い靄が残り、その空間に漂っていた。
「あの黒いのはなんだ?」
「あれが、私がいつも見ているものです」
多くがあのように霞んでいる幽霊の姿だ。
毎日ではないが時々同じ場所で見る靄であり、もしかしたらあそこで亡くなった人の魂なのかもしれない。
大人か子供かもわからなければ、声だって聞こえない。
ただそこに留まり続け、知らぬうちに消える。
私の中であの不明瞭な姿が普通と表されていたので、煉獄さんの鮮明さは比べ物にもならなかった。
「というか、煉獄さんにもあれは見えるんですね。やっぱり同じ幽霊だからでしょうか」
「あれが俺である可能性もあったのだな」
「煉獄さんがその姿でいてくれなかったら、私はおじいちゃんの話を信じてませんでしたよ。最初は怖かったけど…煉獄さんと出会えてよかったと今では思っていますから」
存在を否定してしまう煉獄さんを見ていられず、言葉を選ぶのに慎重になっていた。
表情だけを見れば意気軒昂としているが、その裏では自己否定で満たされているような気がした。
少し気まずい空気を吸いながら歩き、自宅であるアパートが視界に入る。
屋根のあるところまでようやく辿り着き、傘を振って雫を飛ばす。
傘を畳みながら階段を上っていると、途端に背後の気配が遠ざかり振り向いた。
煉獄さんは階段前で立ち止まり、距離を置いたまま神妙な顔つきで私を見上げた。
「どうしました?」
「よく考えてみれば、俺も似たようなことをしてしまっていたな」
「何を、ですか?」
「家に上がらない方がいいだろう。俺も男だからな」
やけに性別を強調し、私以上に電車でのことを引きずっていた。
「煉獄さんはいいんです!」
私は踵を返そうとする煉獄さんの後頭部に向かって叫び、呼び止めた。
言葉のとおりに邪険に扱うつもりはないし、こんな雨の中外に締め出すのは憚られた。
とはいっても天候や気温は煉獄さんには左右されないことだろうが、気持ち的に。
「一人は、寂しいです。それに、もっと煉獄さんのことを知りたいです」
「お邪魔させてもらって構わないのか?」
「はい!」
私は力強く頷き、客を招くように玄関から煉獄さんを快く迎え入れた。
初めて出会った日は壁をすり抜けて不法侵入まがいなことをされていたので、正面から部屋に入れるのは初めてだった。
昔からの親しい友人以外の人を招くことはあまりなく、通したはいいがどうもてなすべきだろうかと視線は右往左往した。
「えーと…そうだ、お茶を出しますね」
「茶は飲めんだろうな。その気遣いだけ頂くとしよう」
「そ、そうでした」
招待したらまずお茶を、と雛型を実行しようとするが丁寧に断わられる。
相手が幽霊であるのをつい忘却してしまうあたり、違和感というものが抜けてしまっていた。
「また退屈させてしまうと思うんですけど、ご飯作るので。適当に寛いでいてください」
「人間は腹が減るものだ。俺のことは気にしなくていい」
短い廊下を渡り、リビングのテレビをつけてからキッチンに立つ。
バラエティ番組の司会の声を聞きながら冷蔵庫を開け、残り物の具合を確認した。
毎日献立をどうするかで迷いがちだが、卵が沢山残っているのを見て今日はオムライスを作ることにした。
適当な野菜を賽の目に刻み、油を引いたフライパンで炒めていく。
野菜の香りが立ち、じゅわっと焼ける音が耳に心地よいリズムを刻む。
料理が面倒とも思いつつ、炒めている間は料理の完成が近づくからか楽しい感情が勝ち、鼻歌で音楽を奏でていた。
「何を作っているのだ?」
「ただのオムライスですよ」
「オムライスが作れるのか!それはすごい!」
料理の音に釣られた煉獄さんが肩からひょっこりと顔を出し、感心したように声を高くする。
具材にご飯とケチャップを加えて味を整えれば、後は卵を加えてしまえば完成だ。
調味料が簡単なので頻繁に作ることが多いが、煉獄さんは昼間と同じく珍しいものを見る時の目をしていた。
「でも、私は卵のオムレツを上手に作れなくて。あれ包むの結構難しいんですよ。だからケチャップライスの上に薄く焼いた卵を乗せるだけなんです」
「ほお。それも美味しそうだな」
料理が得意というわけでもなく、卵を綺麗に巻けたことはない。
今の時代、検索すればコツはいくらでも知れるし動画だって出てくるが、挑戦しても卵が破れてしまったり、中身が包めず形が崩れてしまったりと失敗続きであった。
上達しようと努力してもできないことはある、と今では潔く諦めている。
溶いた卵をフライパンに流し入れ、手早くかき混ぜて半分ほど固まったところでケチャップライスの上にひっくり返す。
一人暮らしでのご飯ものは調理が楽でいい。
カップに乾燥ワカメと中華スープの素を入れて熱湯を注げば即席スープだって作れてしまう。
オムレツは巻けないが、手早く一品仕上げられるとまるでデキる女のようにも思えてきた。
リビングに移動して料理を背の低い机に並べ、いつもの定位置でテレビの正面に正座する。
「いただきます」
手を合わせると煉獄さんが斜め横に座った。
隣からまじまじと見つめられ、スプーンで掬ったオムライスを口に運ぶのにどぎまぎした。
「あの…ごめんなさい。目の前でこんな…」
「俺のことはいい。腹一杯食べるといい」
とは言われるも、元々の目力も相まって爛々とした瞳から発せられる視線は食べにくさを助長していた。
食事のことは考えなければお腹が空くことはないとは言っていたが、目の前に料理がある状態で食事風景を眺めているだけなんて拷問にも近いだろう。
「うまい!」
「!?」
オムライスを口に含んだ直後に煉獄さんが叫び、驚いてスプーンを落としそうになる。
急になんだと目をぱちくりしていると、煉獄さんは満足そうに笑った。
「白菊少女は料理上手だな」
「あ、味、わかるんですか?食べてないのに?」
「なんとなくな!」
まさか気を遣っているのだろうか。
現実的に口に入れてもいないのに味がわかるはずもないのだが、過去に食べたオムライスの味を思い出してそう言っているのかもしれない。
しかし、そんな馬鹿なと疑ってしまうことを堂々と言葉にするあたり、本当とも捉えられた。