弐 孤独を埋めて
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昼休憩を終えた職員がぞろぞろと各自のデスクに戻っていく。
仕事中の一時間は長いが、休憩の一時間は倍の速度かと思うほどに時が経つのが早い。
私は午前の疲労も取れぬまま、一服にと食後の珈琲を淹れ、甘ちゃんへの差し入れに紅茶も用意した。
甘ちゃんはパソコンの画面を一点に見つめたままで傍らに置いた紅茶に気づく様子はなかったが、それでもキーボードを打ちつけながらカップを持ち上げ紅茶を啜っていた。
仕事に集中はしているようだが、いつもの癖で無意識に飲んでいるのだろう。
器用だなと思いつつ自分に課せられた仕事にも取り組んだ。
煉獄さんはまた近くをふらふらと練り歩き、摩訶不思議な技術的な箱を眺めていた。
その存在感に時々意識を持っていかれながらも、終業までに今日のノルマを達成させた。
時間はまだある。チラリと、正面に見える甘ちゃんの頭を覗く。
離席することもほとんどないまま一日中椅子に貼りついて、大した集中だ。
私は立ち上がり、上から手を差し伸べた。
「私の分終わったよ。手伝うから半分頂戴」
ピタリ、甘ちゃんの指が止まる。
甘ちゃんは小さくうううぅ、という唸り声と共に感極まり泣き出しそうにして顔を上げた。
「神様ぁ~」
「神様はやめて」
神と崇められ泣きつかれるのは先日の宗教の女性を思い出すのでやめていただきたい。
途方に暮れるほどに残った報告書を半分貰い受ける。
一人だと大変な量だが手分けすれば終業までに間に合うと確信も得て、私は椅子に深く座り直した。
他所からの雑音も雑念も消し去って、終業時刻ピッタリになって甘ちゃんの分の報告書の入力を終わらせた。
エンターキーをタンッと叩き、ふぅと吐息をついたと同時、正面のデスクからも喜びに満ちた声が上がる。
「終わったよー!由乃ありがとおー!」
「お疲れ様」
甘ちゃんは私のデスクに回り込んで手を取り、ぶんぶんと上下に振った。
「今度ご飯行こ?今日のお礼に奢る!」
「じゃあよろしくね。合コン楽しんできて」
腕が引きちぎれんばかりに振り回し、お礼を述べた甘ちゃんは帰宅する準備を早々に済ませて部署を走り去っていく。
その活き活きとした背中を、煉獄さんも目で追いかけていた。
やはり、彼女のことは気になるらしい。
そんなに似ているのかと、不思議なくらいに熱い視線を送られる甘ちゃんの背中はもう見えなくなっていた。
私は誰かに注目されるというのはあまり好まないし、それもその相手が幽霊となれば意地でも避けたいといつもなら思うのに、煉獄さんに見つめられる甘ちゃんが、少しばかり羨ましいなんて思った。
承認欲求かな、と自分なりに考え疑問を終わらせた。
周りに目を配ると、他の社員も各々のノルマを終わらせていて残業する者はほとんどいなかった。
私も鞄を手に取って、帰宅する準備を始める。
煉獄さんは隣で腕を組み、首を小さく傾けていた。
「合コン、とはなんだ?」
「男女混合で行う飲み会のことです。初めて会う人たちとお酒を飲んで会話を楽しんだり、出会いを求めたり。甘ちゃんの場合は後者ですけど」
「白菊少女も、行くのか?」
「私はそういうの興味ないので。時々数合わせで頼まれることはあるのでたまになら行きますけど」
初めましての人と酒を交わし、そこから友達や恋人に発展させるというのは、仲良くなるための近道かもしれない。
だがどうにも私にはそれがあまりよい印象には捉えられなかった。
アルコールが入れば多少なりその人の本性というものが表に出てきてしまうからだ。
初対面でそれを晒す可能性があるというのが、恥ずかしいというか、屈辱というか、理由を探せば色々と出てはくるが、結局はただ自分が慣れない事柄に関して認めようとしていないだけである。
「言っておきますけど、私は出会いを求めたりはしていませんよ!?どうしてもってせがまれて仕方なく行くし、奢ってもらえるしラッキーって感じで…!」
じっと見つめてくる煉獄さんに、"そういう目で"見られていると感じた私は早口でまくし立てた。
軽い女とか、軽率とか、非難されるのではないかと恐れた。
そう思うのも合コンというものに好印象を持てないからだし、煉獄さんも同じ印象を抱くのではないかとも考えた。
「はは、そこまで必死にされると逆に疑わしいな」
煉獄さんは貶すでもなく、普通に笑った。
「見合いのようなものだろう?生涯を共にする相手を探すのは悪いことではない。一生に一度といえる結婚を考えれば早いうちからいい人を見つけるのも手だな」
如何にも真面目そうなことを返される。
見合いはしたことがないが、合コンとは雰囲気も環境も異なるに違いない。
煉獄さんの思い描く想像には現実とのズレを生じているとは思うが、否定せずに黙っておくことにした。
「とにかく、今日は仕事終わりましたので。帰りますね」
気づけば部署には私と課長しか残っていない。
ぶつぶつと独り言を喋るように見えている私へ向けた、課長の冷ややかな目線を受け取る。
私はいつものように「お疲れ様でーす」と笑顔の仮面を被り、そして逃げるようにして部署を去った。
ビルの外に出て、息が詰まるような苦しさからようやく解放された気がした。
ふぅ、と溜め息に近い吐息を吐き出す。
ここがまだ人気の多い外ではあるので視線は気にしなければならないが、室内よりは過剰になることはない。
みんな案外、すれ違うだけの他人には興味を持たないものだ。
「…来たいって言うからついて来てもらいましたけど、退屈だったでしょう?」
「いや、結構楽しかったぞ」
見ているだけしかない、そう変わり映えもない仕事風景を眺めても楽しくないだろうと踏んでいたが、意外にもそうでもなかったらしい。
「現代は凄い技術だ。今日一日だけで見たことのないものをたくさん見ることができた」
「楽しめたなら、よかったです」
大正時代より百年。
あらゆるものが進化を遂げ、技術が発展したこの国を知り、煉獄さんが充実した一日を送れたなら喜ばしい。
帰り道でも煉獄さんはショーウインドウに飾られた商品に目移りしたり、バス停の電子掲示板をまじまじと眺めたりと楽しそうにしていた。
そんな煉獄さんを眺めていると、突如頬に落ちる水滴に気づき、首を反らした。
見上げてみると空は鉛色の雲に覆われ、光が遮断されていた。
今日は早く会社を出たわりにはやけに視界が暗いな、となんとなく感じていたが、なんてことはない、雨の知らせが来ただけだった。
「あ、雨…」
ぽつりと呟きながら煉獄さんを見ると、雨粒は一つ残さず煉獄さんの体を貫き、地面へと落ちていた。
雨の影響を一切受けない幽体だが、空気は湿気を含み輪郭はほんの少し白んでいる。
今朝はニュースを見ていないが、時季的に梅雨入りしたのかもしれない。
ジメジメして鬱陶しい季節になってしまった、と気分は一気に下降した。
「白菊少女、傘は?」
「降るとは思ってなくて」
私は何も持っていないと証明するように両手を広げた。
実を言えば出勤時に折り畳んだ傘を持ち歩いていた社会人は何人も見かけていたが、帰るまでには降られずに済むだろうと謎に客観的だった。
きちんと天気予報を確認してきたのであろう通行人は、雨に気づくと次々と傘を広げていく。
単色の黒や透明、花柄、ギンガムチェック、ストライプ、千鳥格子、水玉など、多種多様な模様が頭上に咲いた。
私と同じうっかり者も少なからずいて、急ぎ足で駅に走る様子を見て親近感が湧く。
「でも、このくらいならちょっと濡れる程度ですし。このまま帰ります」
ぽつぽつと降り始めた雨はしばらくまばらで、勢いが増すことはなかった。
コンビニに寄り道して傘を買うほどではないと、私は駅へと直行した。
仕事中の一時間は長いが、休憩の一時間は倍の速度かと思うほどに時が経つのが早い。
私は午前の疲労も取れぬまま、一服にと食後の珈琲を淹れ、甘ちゃんへの差し入れに紅茶も用意した。
甘ちゃんはパソコンの画面を一点に見つめたままで傍らに置いた紅茶に気づく様子はなかったが、それでもキーボードを打ちつけながらカップを持ち上げ紅茶を啜っていた。
仕事に集中はしているようだが、いつもの癖で無意識に飲んでいるのだろう。
器用だなと思いつつ自分に課せられた仕事にも取り組んだ。
煉獄さんはまた近くをふらふらと練り歩き、摩訶不思議な技術的な箱を眺めていた。
その存在感に時々意識を持っていかれながらも、終業までに今日のノルマを達成させた。
時間はまだある。チラリと、正面に見える甘ちゃんの頭を覗く。
離席することもほとんどないまま一日中椅子に貼りついて、大した集中だ。
私は立ち上がり、上から手を差し伸べた。
「私の分終わったよ。手伝うから半分頂戴」
ピタリ、甘ちゃんの指が止まる。
甘ちゃんは小さくうううぅ、という唸り声と共に感極まり泣き出しそうにして顔を上げた。
「神様ぁ~」
「神様はやめて」
神と崇められ泣きつかれるのは先日の宗教の女性を思い出すのでやめていただきたい。
途方に暮れるほどに残った報告書を半分貰い受ける。
一人だと大変な量だが手分けすれば終業までに間に合うと確信も得て、私は椅子に深く座り直した。
他所からの雑音も雑念も消し去って、終業時刻ピッタリになって甘ちゃんの分の報告書の入力を終わらせた。
エンターキーをタンッと叩き、ふぅと吐息をついたと同時、正面のデスクからも喜びに満ちた声が上がる。
「終わったよー!由乃ありがとおー!」
「お疲れ様」
甘ちゃんは私のデスクに回り込んで手を取り、ぶんぶんと上下に振った。
「今度ご飯行こ?今日のお礼に奢る!」
「じゃあよろしくね。合コン楽しんできて」
腕が引きちぎれんばかりに振り回し、お礼を述べた甘ちゃんは帰宅する準備を早々に済ませて部署を走り去っていく。
その活き活きとした背中を、煉獄さんも目で追いかけていた。
やはり、彼女のことは気になるらしい。
そんなに似ているのかと、不思議なくらいに熱い視線を送られる甘ちゃんの背中はもう見えなくなっていた。
私は誰かに注目されるというのはあまり好まないし、それもその相手が幽霊となれば意地でも避けたいといつもなら思うのに、煉獄さんに見つめられる甘ちゃんが、少しばかり羨ましいなんて思った。
承認欲求かな、と自分なりに考え疑問を終わらせた。
周りに目を配ると、他の社員も各々のノルマを終わらせていて残業する者はほとんどいなかった。
私も鞄を手に取って、帰宅する準備を始める。
煉獄さんは隣で腕を組み、首を小さく傾けていた。
「合コン、とはなんだ?」
「男女混合で行う飲み会のことです。初めて会う人たちとお酒を飲んで会話を楽しんだり、出会いを求めたり。甘ちゃんの場合は後者ですけど」
「白菊少女も、行くのか?」
「私はそういうの興味ないので。時々数合わせで頼まれることはあるのでたまになら行きますけど」
初めましての人と酒を交わし、そこから友達や恋人に発展させるというのは、仲良くなるための近道かもしれない。
だがどうにも私にはそれがあまりよい印象には捉えられなかった。
アルコールが入れば多少なりその人の本性というものが表に出てきてしまうからだ。
初対面でそれを晒す可能性があるというのが、恥ずかしいというか、屈辱というか、理由を探せば色々と出てはくるが、結局はただ自分が慣れない事柄に関して認めようとしていないだけである。
「言っておきますけど、私は出会いを求めたりはしていませんよ!?どうしてもってせがまれて仕方なく行くし、奢ってもらえるしラッキーって感じで…!」
じっと見つめてくる煉獄さんに、"そういう目で"見られていると感じた私は早口でまくし立てた。
軽い女とか、軽率とか、非難されるのではないかと恐れた。
そう思うのも合コンというものに好印象を持てないからだし、煉獄さんも同じ印象を抱くのではないかとも考えた。
「はは、そこまで必死にされると逆に疑わしいな」
煉獄さんは貶すでもなく、普通に笑った。
「見合いのようなものだろう?生涯を共にする相手を探すのは悪いことではない。一生に一度といえる結婚を考えれば早いうちからいい人を見つけるのも手だな」
如何にも真面目そうなことを返される。
見合いはしたことがないが、合コンとは雰囲気も環境も異なるに違いない。
煉獄さんの思い描く想像には現実とのズレを生じているとは思うが、否定せずに黙っておくことにした。
「とにかく、今日は仕事終わりましたので。帰りますね」
気づけば部署には私と課長しか残っていない。
ぶつぶつと独り言を喋るように見えている私へ向けた、課長の冷ややかな目線を受け取る。
私はいつものように「お疲れ様でーす」と笑顔の仮面を被り、そして逃げるようにして部署を去った。
ビルの外に出て、息が詰まるような苦しさからようやく解放された気がした。
ふぅ、と溜め息に近い吐息を吐き出す。
ここがまだ人気の多い外ではあるので視線は気にしなければならないが、室内よりは過剰になることはない。
みんな案外、すれ違うだけの他人には興味を持たないものだ。
「…来たいって言うからついて来てもらいましたけど、退屈だったでしょう?」
「いや、結構楽しかったぞ」
見ているだけしかない、そう変わり映えもない仕事風景を眺めても楽しくないだろうと踏んでいたが、意外にもそうでもなかったらしい。
「現代は凄い技術だ。今日一日だけで見たことのないものをたくさん見ることができた」
「楽しめたなら、よかったです」
大正時代より百年。
あらゆるものが進化を遂げ、技術が発展したこの国を知り、煉獄さんが充実した一日を送れたなら喜ばしい。
帰り道でも煉獄さんはショーウインドウに飾られた商品に目移りしたり、バス停の電子掲示板をまじまじと眺めたりと楽しそうにしていた。
そんな煉獄さんを眺めていると、突如頬に落ちる水滴に気づき、首を反らした。
見上げてみると空は鉛色の雲に覆われ、光が遮断されていた。
今日は早く会社を出たわりにはやけに視界が暗いな、となんとなく感じていたが、なんてことはない、雨の知らせが来ただけだった。
「あ、雨…」
ぽつりと呟きながら煉獄さんを見ると、雨粒は一つ残さず煉獄さんの体を貫き、地面へと落ちていた。
雨の影響を一切受けない幽体だが、空気は湿気を含み輪郭はほんの少し白んでいる。
今朝はニュースを見ていないが、時季的に梅雨入りしたのかもしれない。
ジメジメして鬱陶しい季節になってしまった、と気分は一気に下降した。
「白菊少女、傘は?」
「降るとは思ってなくて」
私は何も持っていないと証明するように両手を広げた。
実を言えば出勤時に折り畳んだ傘を持ち歩いていた社会人は何人も見かけていたが、帰るまでには降られずに済むだろうと謎に客観的だった。
きちんと天気予報を確認してきたのであろう通行人は、雨に気づくと次々と傘を広げていく。
単色の黒や透明、花柄、ギンガムチェック、ストライプ、千鳥格子、水玉など、多種多様な模様が頭上に咲いた。
私と同じうっかり者も少なからずいて、急ぎ足で駅に走る様子を見て親近感が湧く。
「でも、このくらいならちょっと濡れる程度ですし。このまま帰ります」
ぽつぽつと降り始めた雨はしばらくまばらで、勢いが増すことはなかった。
コンビニに寄り道して傘を買うほどではないと、私は駅へと直行した。