弐 孤独を埋めて
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ビル入り口の自動ドアを通り、社員証を首から下げて所属事務所の扉を開ける。
勤務の開始時刻にはまだ早く、各デスクにいる社員はまだまばらだった。
「おはようございまーす」
適当に全体に挨拶し、自身のデスクチェアに腰掛ける。
向かいのデスクにいた同期が、パソコンの上からひょこっと顔を出した。
「おはよ、由乃」
「おはよう、甘 ちゃん」
唯一の同期の甘ちゃんは私より四つ年上だ。
だが幼さの残る顔立ちや性格から歳の差を感じたことはない。
昔からの幼馴染みたく、恋愛話でも仕事の愚痴でもなんでも話せる仲だ。
パソコンの画面を遮るように上から紙束を渡される。
「昨日の報告書がこの束。由乃と私とで半分こね」
「うん。今日も多いね」
「私夜から合コンあるから、絶対定時で帰るからね」
「また合コン?飽きないね」
先週も合コンに参加していたと思うのは記憶違いではない。
甘ちゃんは恋多い女の子で、常に出会いを求めている。
なかなかいい人に巡り合えないと嘆いていることだって多かった。
それでも諦めず、今日もまた気合を入れて速攻で仕事を終わらせる気でいる。
飲み会ばかりにお金を散財していることは目を瞑り、それが彼女の幸せに繋がるなら何も文句はない。
幸せを掴むための努力だと思えば応援だってしてあげたくなるものだ。
「甘露寺?」
ふいに、私の背後に立つ煉獄さんがぽつりと呟いた。
「え?」
「ん?どしたの由乃?」
何に反応したのかと、甘ちゃんがまた顔を覗かせる。
私は表情を顔に出さないことに意識を飛ばし、首を横に振った。
「ううん、なんでも。仕事する前に珈琲淹れてくる」
「じゃあ私の分もよろしくー」
席を立ち、奥に備えつけられた小さなキッチンの暖簾をくぐる。
暖簾の隙間から覗き見て、甘ちゃんに熱い視線を送る煉獄さんに向かって念を飛ばした。
それが届いたかたまたまか、煉獄さんはこちらに気づいてキッチンへと入った。
私はカップにお湯を注ぎながら、同じようにお茶を用意している別の社員がキッチンから出て行くのを見計らって声をかけた。
「煉獄さん、どうして甘ちゃんのことを知っているんですか?」
同期である彼女の名字は、甘露寺という。
社員証を見ればそこにも記載はされているが、甘ちゃんが座る位置からはその名札は見えなかったはずだ。
それなのに甘ちゃんのことを知っているように名前を言い、私も驚いて反応してしまった。
煉獄さんも信じられないといった顔で顎に手を添えた。
「俺の同僚に顔がよく似ていた。甘露寺蜜璃という女の子で、鬼殺隊にいたんだ」
「もしかしたら、ご先祖様がその方なのかもしれませんよ?」
名字が同じことも、血の繋がりもあって煉獄さんの知る人物と似ているのかもしれなかった。
もしかしたら、その人の顔だって知っている可能性もある。
世間は狭いとはいうが、まさか同期の子の先祖が関わりある人物、かもしれないとは微塵も思わなかった。
「こっそり聞いてみましょうか?」
「ああ、頼む」
煉獄さんは期待の眼差しを向けた。
これに応えなくてはと、急に責任がのしかかったようだった。
私は気合を入れながら珈琲と甘ちゃん用の紅茶を持って席に戻り、デスクに置いた。
「おまたせ」
「んーいい香り。やっぱり朝は一杯の紅茶」
甘ちゃんはカップを持ち上げ、鼻を近づけて香りを楽しんだ。
「と、蜂蜜たっぷりのパンケーキとドライフルーツ入りパウンドケーキとマドレーヌとプリンと」
「相変わらずの食欲だねえ」
「今日は時間がなくて朝食ちょっとしか食べられなかったの。食べながらやろうと思って持ってきちゃった」
甘ちゃんはデスクの引き出しを開け、中から大量のお菓子を取り出した。
キッチンにある冷蔵庫にも甘ちゃんの食べ物が詰め込まれており、スペースを占拠している。
皆で使う冷蔵庫を私物化するなと上司に怒られてからは、今度は常温管理の効く物を持ち込み引き出しがそれで埋まる始末だ。
今はとりあえず、食い意地の張っているところは置いておこう。
「あのね甘ちゃん、ちょっと聞きたいことがあってさ」
「おーい甘露寺。頼みたいことがあるんだが」
話を切り出そうとして、それに割って入るように奥のデスクにいる上司から呼び出しを食らう。
甘ちゃんは上司の方に目を向け、元気よく返事をして行ってしまった。
その後ろ姿にも煉獄さんは目を離さなかった。
「食欲も旺盛…かなり似ている」
「へえ、そうなんですね。やっぱり血筋なのかも」
「相撲取り三人分は食べるからな」
「その人の胃袋どうなってるんですか…」
外見だけでなく食欲も含め面影があるらしいが、相撲取り一人で一般人に例えて何人分になるのだろうとお門違いな方に疑問が浮かんだ。
席に戻って珈琲を嗜んでいると、しばらくしてどんよりした空気を背負った甘ちゃんが戻ってきた。
その暗い表情を見て、嫌な頼まれ事をされたのだとすぐに察した。
「聞いてよ由乃~!」
甘ちゃんはデスクに伏せながらわっと喚いた。
「報告書の打ち込む欄が一個ずつズレてるって!これ全部今日中に直せって!酷いと思わない!?」
見せられた報告書の束は、全ての欄で記入するべき数字や文字にズレが生じていた。
凡ミスと言えばそうだが、これらの報告書は現場の作業員が手書きで記したのをワープロで見やすく打ち込みまとめた紙で、顧客に郵送することになる物だ。
なので直さないという選択肢はない。
今日分のを含めて作業量は倍となったことを意味していた。
「うわあ、これは…」
「私のミスじゃないのに~」
「定時は無理だね」
「うわああああん!」
甘ちゃんは朝から早速今日の予定が狂ったことに悲観し、頭を抱えて泣き叫んだ。
どうにも今は先祖の話を打ち出すわけにもいかず、煉獄さんもその雰囲気を汲み取った。
「なかなか難儀のようだな」
と、仕事内容に関してはさっぱりだろうが、大変だということはなんとなく理解してくれた様子だった。
甘ちゃんはめそめそしながらもパソコンと向き合い、始業時刻と同時に無言になり作業を始めた。
周りの社員も真剣に仕事に打ち込む甘ちゃんを見習ったか、事務所内はいつも以上に静かだった。
「この四角い箱は凄い技術だな!釦を押すだけで文字が出るのか!」
時々、場にそぐわないはしゃいだ声が耳に飛び込んできた。
それは私以外には聞こえないのはわかるので、絶対に反応はしなかったが。
横目で映る視界に、煉獄さんが他のデスクを周って興味深そうに眺めているのが見えた。
「中で人が動いているだと!?この箱の中には人が入っているのか!?」
中で人が動いてるって、それ絶対仕事と関係ない動画見てるでしょ。
誰かがサボっていることを煉獄さんを通して知り、後で上司にチクろうと決めた。
勤務の開始時刻にはまだ早く、各デスクにいる社員はまだまばらだった。
「おはようございまーす」
適当に全体に挨拶し、自身のデスクチェアに腰掛ける。
向かいのデスクにいた同期が、パソコンの上からひょこっと顔を出した。
「おはよ、由乃」
「おはよう、
唯一の同期の甘ちゃんは私より四つ年上だ。
だが幼さの残る顔立ちや性格から歳の差を感じたことはない。
昔からの幼馴染みたく、恋愛話でも仕事の愚痴でもなんでも話せる仲だ。
パソコンの画面を遮るように上から紙束を渡される。
「昨日の報告書がこの束。由乃と私とで半分こね」
「うん。今日も多いね」
「私夜から合コンあるから、絶対定時で帰るからね」
「また合コン?飽きないね」
先週も合コンに参加していたと思うのは記憶違いではない。
甘ちゃんは恋多い女の子で、常に出会いを求めている。
なかなかいい人に巡り合えないと嘆いていることだって多かった。
それでも諦めず、今日もまた気合を入れて速攻で仕事を終わらせる気でいる。
飲み会ばかりにお金を散財していることは目を瞑り、それが彼女の幸せに繋がるなら何も文句はない。
幸せを掴むための努力だと思えば応援だってしてあげたくなるものだ。
「甘露寺?」
ふいに、私の背後に立つ煉獄さんがぽつりと呟いた。
「え?」
「ん?どしたの由乃?」
何に反応したのかと、甘ちゃんがまた顔を覗かせる。
私は表情を顔に出さないことに意識を飛ばし、首を横に振った。
「ううん、なんでも。仕事する前に珈琲淹れてくる」
「じゃあ私の分もよろしくー」
席を立ち、奥に備えつけられた小さなキッチンの暖簾をくぐる。
暖簾の隙間から覗き見て、甘ちゃんに熱い視線を送る煉獄さんに向かって念を飛ばした。
それが届いたかたまたまか、煉獄さんはこちらに気づいてキッチンへと入った。
私はカップにお湯を注ぎながら、同じようにお茶を用意している別の社員がキッチンから出て行くのを見計らって声をかけた。
「煉獄さん、どうして甘ちゃんのことを知っているんですか?」
同期である彼女の名字は、甘露寺という。
社員証を見ればそこにも記載はされているが、甘ちゃんが座る位置からはその名札は見えなかったはずだ。
それなのに甘ちゃんのことを知っているように名前を言い、私も驚いて反応してしまった。
煉獄さんも信じられないといった顔で顎に手を添えた。
「俺の同僚に顔がよく似ていた。甘露寺蜜璃という女の子で、鬼殺隊にいたんだ」
「もしかしたら、ご先祖様がその方なのかもしれませんよ?」
名字が同じことも、血の繋がりもあって煉獄さんの知る人物と似ているのかもしれなかった。
もしかしたら、その人の顔だって知っている可能性もある。
世間は狭いとはいうが、まさか同期の子の先祖が関わりある人物、かもしれないとは微塵も思わなかった。
「こっそり聞いてみましょうか?」
「ああ、頼む」
煉獄さんは期待の眼差しを向けた。
これに応えなくてはと、急に責任がのしかかったようだった。
私は気合を入れながら珈琲と甘ちゃん用の紅茶を持って席に戻り、デスクに置いた。
「おまたせ」
「んーいい香り。やっぱり朝は一杯の紅茶」
甘ちゃんはカップを持ち上げ、鼻を近づけて香りを楽しんだ。
「と、蜂蜜たっぷりのパンケーキとドライフルーツ入りパウンドケーキとマドレーヌとプリンと」
「相変わらずの食欲だねえ」
「今日は時間がなくて朝食ちょっとしか食べられなかったの。食べながらやろうと思って持ってきちゃった」
甘ちゃんはデスクの引き出しを開け、中から大量のお菓子を取り出した。
キッチンにある冷蔵庫にも甘ちゃんの食べ物が詰め込まれており、スペースを占拠している。
皆で使う冷蔵庫を私物化するなと上司に怒られてからは、今度は常温管理の効く物を持ち込み引き出しがそれで埋まる始末だ。
今はとりあえず、食い意地の張っているところは置いておこう。
「あのね甘ちゃん、ちょっと聞きたいことがあってさ」
「おーい甘露寺。頼みたいことがあるんだが」
話を切り出そうとして、それに割って入るように奥のデスクにいる上司から呼び出しを食らう。
甘ちゃんは上司の方に目を向け、元気よく返事をして行ってしまった。
その後ろ姿にも煉獄さんは目を離さなかった。
「食欲も旺盛…かなり似ている」
「へえ、そうなんですね。やっぱり血筋なのかも」
「相撲取り三人分は食べるからな」
「その人の胃袋どうなってるんですか…」
外見だけでなく食欲も含め面影があるらしいが、相撲取り一人で一般人に例えて何人分になるのだろうとお門違いな方に疑問が浮かんだ。
席に戻って珈琲を嗜んでいると、しばらくしてどんよりした空気を背負った甘ちゃんが戻ってきた。
その暗い表情を見て、嫌な頼まれ事をされたのだとすぐに察した。
「聞いてよ由乃~!」
甘ちゃんはデスクに伏せながらわっと喚いた。
「報告書の打ち込む欄が一個ずつズレてるって!これ全部今日中に直せって!酷いと思わない!?」
見せられた報告書の束は、全ての欄で記入するべき数字や文字にズレが生じていた。
凡ミスと言えばそうだが、これらの報告書は現場の作業員が手書きで記したのをワープロで見やすく打ち込みまとめた紙で、顧客に郵送することになる物だ。
なので直さないという選択肢はない。
今日分のを含めて作業量は倍となったことを意味していた。
「うわあ、これは…」
「私のミスじゃないのに~」
「定時は無理だね」
「うわああああん!」
甘ちゃんは朝から早速今日の予定が狂ったことに悲観し、頭を抱えて泣き叫んだ。
どうにも今は先祖の話を打ち出すわけにもいかず、煉獄さんもその雰囲気を汲み取った。
「なかなか難儀のようだな」
と、仕事内容に関してはさっぱりだろうが、大変だということはなんとなく理解してくれた様子だった。
甘ちゃんはめそめそしながらもパソコンと向き合い、始業時刻と同時に無言になり作業を始めた。
周りの社員も真剣に仕事に打ち込む甘ちゃんを見習ったか、事務所内はいつも以上に静かだった。
「この四角い箱は凄い技術だな!釦を押すだけで文字が出るのか!」
時々、場にそぐわないはしゃいだ声が耳に飛び込んできた。
それは私以外には聞こえないのはわかるので、絶対に反応はしなかったが。
横目で映る視界に、煉獄さんが他のデスクを周って興味深そうに眺めているのが見えた。
「中で人が動いているだと!?この箱の中には人が入っているのか!?」
中で人が動いてるって、それ絶対仕事と関係ない動画見てるでしょ。
誰かがサボっていることを煉獄さんを通して知り、後で上司にチクろうと決めた。