参 夢物語
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心地よいまどろみの中、形容しがたい何かに押され意識が浮上する。
それまで見ていた光景はすべて夢だったと、瞼の裏に刺さる淡い光源がそう告げた。
目を閉じたまま手でスマホを探り、時刻を見ようとした。
アラームが鳴る前に起きてしまい、まだ眠っていたい体はなるべく刺激を与えないようにと緩慢な動きだった。
目をすがめてスマホの画面を見ると、パッと明るい光の中に時刻が映し出された。
起きるにはまだ早いと思わせる時刻であれば再び夢の世界へ旅立ちたいところだが、残念ながらもうひと眠り決め込むだけの時間は残されていない。
仕方ないなと上半身を起こす頃には、つい先刻見た夢の内容なんてもう覚えていなかった。
着替えを済ませてリビングへ行くと、テレビの前で正座する杏寿郎さんがいた。
夜も眠らない彼のために夜通しテレビをつけているのだが、そう面白くなさそうな番組でもいつも興味津々で張りついている。
今のこの時間は朝のニュースや天気予報くらいしか流れないが、お天気お姉さんの背景にあるCGの日本地図に食いつくように眺めていた。
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
背中に声をかけると、杏寿郎さんは首だけ振り向かせて笑顔で答えた。
穏やかに挨拶を返してくれるこの瞬間は、ありふれた日常と共に多幸感も運んでくれる。
気の滅入る朝を迎えても憂鬱なものだけが吹き飛ぶので気分はよいものだ。
「夜は何を見ていたんですか?」
「狂おしき愛し君、薔薇に魅せられた虚ろの骸」
「はい?」
杏寿郎さんらしからぬ言葉の羅列に耳を疑う。
何を言っているのか一語もわからず、返す言葉も浮かばなかった。
「劇の名前だ」
「ああ、深夜ドラマですか?」
まさかドラマのタイトルだったとは。
ゴールデンタイムならともかく、深夜帯に放送されるドラマまでは把握しておらず、一体何を言い出すのだろうと意味もなく焦ってしまっていた。
「にしてもすごいタイトルですね…」
「妻と愛妾が言葉で罵り合うところは迫力があったな」
タイトルだけで男女の恋愛ドラマということはわかったが、想像以上にドロドロした内容らしい。
如何にも過激そうなシーンばかりが繰り広げられそうな、深夜にしか流せないものなのだろう。
杏寿郎さんの興味の惹くものの範囲が広すぎて、出会ってからずっと意外性ばかりを生んでいる。
その時、スマホからピロリン、と短い効果音が鳴った。
チャットアプリを開くと、甘ちゃんからのメッセージが表示された。
「あ、甘ちゃんからだ」
「甘露寺か」
杏寿郎さんは目はテレビに注視したまま反応を示す。
「今日、家に遊びに来たいそうです」
せっかくの華金だからと外食に誘われることが多いが、今日はくつろぎたい気分ということなのか、寝転んでゴロゴロしている猫のスタンプが送られてきた。
「ご先祖様のこと聞けなかったし、丁度いいですね」
杏寿郎さんの同僚との関係性を明らかにするのを保留にしたままでいたので、これはチャンスだろう。
個人的にもゆっくりと話をしたいと思っていたし、外食よりも家の方が落ち着くので好きだった。
楽しみにしてる、と文字を打ち、うきうきで了解スタンプを送信した。
その日の夜、仕事を終わらせたその足で甘ちゃんと一緒に買い物に寄り、それから帰宅した。
両手に下げたポリ袋の中身は主に鍋の具材が詰め込まれていて、足を踏み出すたびにカサカサと音を鳴らしている。
白菜が丸々一株入っているのは食べる量を測り間違えているわけではなく、この程度ならペロリと平らげるからである。
むしろ、甘ちゃんを満腹に致すには足りないくらいだ。
食後のデザートにとアイスクリームとプリンも合わせて購入したので、舌は満足させられるだろう。
空はすっかり暗くなり、濃紺のカーテンの幕が垂れ下がっている。
アパートの下まで来て、部屋のある上階を見上げた。
「あれ?電気つけっぱなし?切るの忘れちゃった?」
部屋のある位置、窓の奥から漏れる蛍光灯の明かりを見て、甘ちゃんが疑問の声を上げる。
消し忘れたのではなく、今日は部屋に杏寿郎さんが残っているからあえてつけたままにしているのだ。
「あー…防犯対策?」
「なるほどね~」
それらしい理由を述べ、甘ちゃんは容易くそれを信じた。
女の一人暮らしという背景が話の信憑性を高めているし、対策として有効ともよく聞く。
本当の理由ではないにしろ、そういった自身の保安に関してはもう少し関心を持つべきだろう。
鍵を開けて家に入り、後ろから甘ちゃんも続く。
「お邪魔しまーす」
「よく来たな!甘露寺!」
玄関と廊下を繋ぐビーズの暖簾から顔を出した杏寿郎さんが出迎える。
甘ちゃんは靴を脱いでずんずんと奥へ進み、両手の荷物を置いてソファにダイブした。
まるで自分の家のようにくつろぎ、足をパタパタ動かしてクッシュンに顔をうずめている。
「女の子の部屋のいい匂いがするー」
「もー、やめてよ。普通でしょ」
実に親父臭い感想だ。
家に遊びに来るといつもこうなので慣れたものだが、もう少し遠慮というものを覚えてもらいたい。
「そうか、いい匂いがするのか。鼻が利かないから匂いには気づけなかったな」
甘ちゃんの発言を信じた杏寿郎さんがすんすんと嗅ぐ仕草をした。
五感の中で目と耳は機能しているが、それ以外はてんでダメらしい。
利かなくてよかったと、私は杏寿郎さんを尻目にキッチンへ立った。
「すぐ鍋の準備しちゃうから、適当にテレビ見ててよ」
「はいは~い。ところで由乃」
「んー?」
「明かりはともかく出かける時はテレビくらい消したら?電気代取られるよ」
背後から甘ちゃんの指摘が飛んでくる。
今日は杏寿郎さんの退屈凌ぎにとテレビもつけたまま仕事に出ていた。
電気代のことはまったく頭になく、言われてみれば夜間もテレビはつけっぱなしにしていた。
今月の請求額にゾッとしながら、現実逃避にと話題を反らすことに全力を尽くす。
「そ、そういえば、合コンはどうだったの?」
先日の合コンの成果をまだ聞いていなかったことを思い出し、甘ちゃんの話に方向転換させた。
会話を続けながら野菜を切って鍋に入れて、と下準備をしていたが、話題を振ってからというもの後ろの方がやけに静かだった。
あや、と不思議になり振り返ると、甘ちゃんはクッションを胸に抱きながらどんよりと暗い表情で顔を俯けていた。
上手くいかなかったんだな、と瞬時に理解する。
「ほら、あの日って…仕事忙しくて私お昼ご飯食べられなかったでしょ?」
「そうだったね」
「終わった後でお菓子をつまんで、それで我慢してたの。でもね、飲み屋さんでどうしても食べたくなって、いーっぱい頼んで食べちゃったの」
つまむ程度の量で彼女の腹が持つはずもない。
いつも美味しそうに食事を取る甘ちゃんが、居酒屋で幸せそうに頬袋を膨らませている姿がまざまざと目に浮かぶ。
そして、その後に絶望する姿も。
「もうね!みーんなドン引き!どんだけ食べるんだよって呆れられて!」
「そっか…」
甘ちゃんの食欲と食べる量を初めて目にした者は、大抵驚く。
いっぱい食べる君が好きみたいな感覚は、誰しもが持っているわけではないことを表しているかのようだった。
「いいじゃない、大食いの甘ちゃんを好きになってくれる人を見つければ」
「それが難しいんだってば~」
甘ちゃんはうじうじしたように項垂れた後で天井を仰いだ。
相当ダメージにきているのが目に見えて、その落ち込みようには同情する。
しかし、そんなマイナス思考の甘ちゃんを元気づける方法は、目の前の鍋の中身で解決することを知っていた。
「ほら、これ食べて元気出してよ」
「由乃のお鍋~!」
鍋敷きの上にぐつぐつと煮えた鍋をどんと乗せる。
甘ちゃんの瞳は爛々とした輝きを放ち、テーブルの前に正座した。
嫌なことは、食べて忘れる。
本末転倒なことのようにも思えるが、彼女の特徴を無理に抑え込み、隠す必要なんてないはずだ。
そう思うからこそ、好きなものを与え慰めるのは友人としての役割だと認識している。
その後は二人で鍋をつつきながら仕事の愚痴に付き合い、職場でくっつきそうな男女がいるという話で盛り上がった。
食が進めば、口も進む。ついでに酒も進む。
鍋のお供にと一緒に買い物かごに投げ込んだ銀色のラベルが眩しく光る。
カシュッと気持ちのいい音を響かせ、ごくりと喉を通る辛味が嫌な出来事すらも呑み込んでくれる。
これは、スーパーで鍋の材料だけ買ってレジに並ぼうとしたところ、甘ちゃんがふらふらとお酒コーナーのある角を曲がり、どうせなら酒盛りしようと言い出したのが発端だ。
特に酒が好きというわけでもないのだが、酔いたい気分というものが突発的に表れることは認めなければならない。
少しだけ頭がふわふわして、いつも以上に、特に意味もなく上機嫌になっているのがわかる。
重力を増したように重くなった首を持ち上げる。
だらんと顎を反りながら背後のソファに倒れ込むと、杏寿郎さんの頭が現れた。
天井から照らされる明かりが逆光を生み、表情はぼやけていたが瞳の色だけははっきり見える。
上から覗き込むように見つめられ、降りかかりつつあった眠気は一気に吹き飛んだ。
私は飛び跳ねる勢いで首を戻して姿勢を正し、本題へと入った。
それまで見ていた光景はすべて夢だったと、瞼の裏に刺さる淡い光源がそう告げた。
目を閉じたまま手でスマホを探り、時刻を見ようとした。
アラームが鳴る前に起きてしまい、まだ眠っていたい体はなるべく刺激を与えないようにと緩慢な動きだった。
目をすがめてスマホの画面を見ると、パッと明るい光の中に時刻が映し出された。
起きるにはまだ早いと思わせる時刻であれば再び夢の世界へ旅立ちたいところだが、残念ながらもうひと眠り決め込むだけの時間は残されていない。
仕方ないなと上半身を起こす頃には、つい先刻見た夢の内容なんてもう覚えていなかった。
着替えを済ませてリビングへ行くと、テレビの前で正座する杏寿郎さんがいた。
夜も眠らない彼のために夜通しテレビをつけているのだが、そう面白くなさそうな番組でもいつも興味津々で張りついている。
今のこの時間は朝のニュースや天気予報くらいしか流れないが、お天気お姉さんの背景にあるCGの日本地図に食いつくように眺めていた。
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
背中に声をかけると、杏寿郎さんは首だけ振り向かせて笑顔で答えた。
穏やかに挨拶を返してくれるこの瞬間は、ありふれた日常と共に多幸感も運んでくれる。
気の滅入る朝を迎えても憂鬱なものだけが吹き飛ぶので気分はよいものだ。
「夜は何を見ていたんですか?」
「狂おしき愛し君、薔薇に魅せられた虚ろの骸」
「はい?」
杏寿郎さんらしからぬ言葉の羅列に耳を疑う。
何を言っているのか一語もわからず、返す言葉も浮かばなかった。
「劇の名前だ」
「ああ、深夜ドラマですか?」
まさかドラマのタイトルだったとは。
ゴールデンタイムならともかく、深夜帯に放送されるドラマまでは把握しておらず、一体何を言い出すのだろうと意味もなく焦ってしまっていた。
「にしてもすごいタイトルですね…」
「妻と愛妾が言葉で罵り合うところは迫力があったな」
タイトルだけで男女の恋愛ドラマということはわかったが、想像以上にドロドロした内容らしい。
如何にも過激そうなシーンばかりが繰り広げられそうな、深夜にしか流せないものなのだろう。
杏寿郎さんの興味の惹くものの範囲が広すぎて、出会ってからずっと意外性ばかりを生んでいる。
その時、スマホからピロリン、と短い効果音が鳴った。
チャットアプリを開くと、甘ちゃんからのメッセージが表示された。
「あ、甘ちゃんからだ」
「甘露寺か」
杏寿郎さんは目はテレビに注視したまま反応を示す。
「今日、家に遊びに来たいそうです」
せっかくの華金だからと外食に誘われることが多いが、今日はくつろぎたい気分ということなのか、寝転んでゴロゴロしている猫のスタンプが送られてきた。
「ご先祖様のこと聞けなかったし、丁度いいですね」
杏寿郎さんの同僚との関係性を明らかにするのを保留にしたままでいたので、これはチャンスだろう。
個人的にもゆっくりと話をしたいと思っていたし、外食よりも家の方が落ち着くので好きだった。
楽しみにしてる、と文字を打ち、うきうきで了解スタンプを送信した。
その日の夜、仕事を終わらせたその足で甘ちゃんと一緒に買い物に寄り、それから帰宅した。
両手に下げたポリ袋の中身は主に鍋の具材が詰め込まれていて、足を踏み出すたびにカサカサと音を鳴らしている。
白菜が丸々一株入っているのは食べる量を測り間違えているわけではなく、この程度ならペロリと平らげるからである。
むしろ、甘ちゃんを満腹に致すには足りないくらいだ。
食後のデザートにとアイスクリームとプリンも合わせて購入したので、舌は満足させられるだろう。
空はすっかり暗くなり、濃紺のカーテンの幕が垂れ下がっている。
アパートの下まで来て、部屋のある上階を見上げた。
「あれ?電気つけっぱなし?切るの忘れちゃった?」
部屋のある位置、窓の奥から漏れる蛍光灯の明かりを見て、甘ちゃんが疑問の声を上げる。
消し忘れたのではなく、今日は部屋に杏寿郎さんが残っているからあえてつけたままにしているのだ。
「あー…防犯対策?」
「なるほどね~」
それらしい理由を述べ、甘ちゃんは容易くそれを信じた。
女の一人暮らしという背景が話の信憑性を高めているし、対策として有効ともよく聞く。
本当の理由ではないにしろ、そういった自身の保安に関してはもう少し関心を持つべきだろう。
鍵を開けて家に入り、後ろから甘ちゃんも続く。
「お邪魔しまーす」
「よく来たな!甘露寺!」
玄関と廊下を繋ぐビーズの暖簾から顔を出した杏寿郎さんが出迎える。
甘ちゃんは靴を脱いでずんずんと奥へ進み、両手の荷物を置いてソファにダイブした。
まるで自分の家のようにくつろぎ、足をパタパタ動かしてクッシュンに顔をうずめている。
「女の子の部屋のいい匂いがするー」
「もー、やめてよ。普通でしょ」
実に親父臭い感想だ。
家に遊びに来るといつもこうなので慣れたものだが、もう少し遠慮というものを覚えてもらいたい。
「そうか、いい匂いがするのか。鼻が利かないから匂いには気づけなかったな」
甘ちゃんの発言を信じた杏寿郎さんがすんすんと嗅ぐ仕草をした。
五感の中で目と耳は機能しているが、それ以外はてんでダメらしい。
利かなくてよかったと、私は杏寿郎さんを尻目にキッチンへ立った。
「すぐ鍋の準備しちゃうから、適当にテレビ見ててよ」
「はいは~い。ところで由乃」
「んー?」
「明かりはともかく出かける時はテレビくらい消したら?電気代取られるよ」
背後から甘ちゃんの指摘が飛んでくる。
今日は杏寿郎さんの退屈凌ぎにとテレビもつけたまま仕事に出ていた。
電気代のことはまったく頭になく、言われてみれば夜間もテレビはつけっぱなしにしていた。
今月の請求額にゾッとしながら、現実逃避にと話題を反らすことに全力を尽くす。
「そ、そういえば、合コンはどうだったの?」
先日の合コンの成果をまだ聞いていなかったことを思い出し、甘ちゃんの話に方向転換させた。
会話を続けながら野菜を切って鍋に入れて、と下準備をしていたが、話題を振ってからというもの後ろの方がやけに静かだった。
あや、と不思議になり振り返ると、甘ちゃんはクッションを胸に抱きながらどんよりと暗い表情で顔を俯けていた。
上手くいかなかったんだな、と瞬時に理解する。
「ほら、あの日って…仕事忙しくて私お昼ご飯食べられなかったでしょ?」
「そうだったね」
「終わった後でお菓子をつまんで、それで我慢してたの。でもね、飲み屋さんでどうしても食べたくなって、いーっぱい頼んで食べちゃったの」
つまむ程度の量で彼女の腹が持つはずもない。
いつも美味しそうに食事を取る甘ちゃんが、居酒屋で幸せそうに頬袋を膨らませている姿がまざまざと目に浮かぶ。
そして、その後に絶望する姿も。
「もうね!みーんなドン引き!どんだけ食べるんだよって呆れられて!」
「そっか…」
甘ちゃんの食欲と食べる量を初めて目にした者は、大抵驚く。
いっぱい食べる君が好きみたいな感覚は、誰しもが持っているわけではないことを表しているかのようだった。
「いいじゃない、大食いの甘ちゃんを好きになってくれる人を見つければ」
「それが難しいんだってば~」
甘ちゃんはうじうじしたように項垂れた後で天井を仰いだ。
相当ダメージにきているのが目に見えて、その落ち込みようには同情する。
しかし、そんなマイナス思考の甘ちゃんを元気づける方法は、目の前の鍋の中身で解決することを知っていた。
「ほら、これ食べて元気出してよ」
「由乃のお鍋~!」
鍋敷きの上にぐつぐつと煮えた鍋をどんと乗せる。
甘ちゃんの瞳は爛々とした輝きを放ち、テーブルの前に正座した。
嫌なことは、食べて忘れる。
本末転倒なことのようにも思えるが、彼女の特徴を無理に抑え込み、隠す必要なんてないはずだ。
そう思うからこそ、好きなものを与え慰めるのは友人としての役割だと認識している。
その後は二人で鍋をつつきながら仕事の愚痴に付き合い、職場でくっつきそうな男女がいるという話で盛り上がった。
食が進めば、口も進む。ついでに酒も進む。
鍋のお供にと一緒に買い物かごに投げ込んだ銀色のラベルが眩しく光る。
カシュッと気持ちのいい音を響かせ、ごくりと喉を通る辛味が嫌な出来事すらも呑み込んでくれる。
これは、スーパーで鍋の材料だけ買ってレジに並ぼうとしたところ、甘ちゃんがふらふらとお酒コーナーのある角を曲がり、どうせなら酒盛りしようと言い出したのが発端だ。
特に酒が好きというわけでもないのだが、酔いたい気分というものが突発的に表れることは認めなければならない。
少しだけ頭がふわふわして、いつも以上に、特に意味もなく上機嫌になっているのがわかる。
重力を増したように重くなった首を持ち上げる。
だらんと顎を反りながら背後のソファに倒れ込むと、杏寿郎さんの頭が現れた。
天井から照らされる明かりが逆光を生み、表情はぼやけていたが瞳の色だけははっきり見える。
上から覗き込むように見つめられ、降りかかりつつあった眠気は一気に吹き飛んだ。
私は飛び跳ねる勢いで首を戻して姿勢を正し、本題へと入った。