弐 孤独を埋めて
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雀の囀り。その第一声が日の出を知らせ、一日の始まりを迎える。
まだ冷え込みが続く早朝、鳥の声がアラームとなって目覚めるが温い布団から離れられず、もぞもぞと手探りで枕元のスマホを引き寄せた。
画面に表示される時刻を見て、普段よりわずかに早く覚醒してしまったことに勿体なさを感じた。
それでも目は冴えていて、ゆっくり朝の支度ができると考えを改める。
ナマケモノ並に緩慢な動きでベッドから降り、隙間から光が零れているカーテンを開いた。
ぱっと部屋が明るくなり、暁の空から弱々しくも太陽光が流れてくる。
ぐっと両腕を天井に伸ばしてみれば、気怠い体も少しは軽やかになった。
朝食、着替え、化粧と一通りの朝の準備を整えているうちに時間はあっという間に過ぎていく。
余裕を持って家を出られるのもいいものだ。
誰もいない部屋に向かって、心の中で行ってきますと唱え玄関を開けた。
一階まで降りたところで、アパートの入り口で佇む煉獄さんを見つけた。
朝目覚めた時、昨日のことは夢か幻かとも思ったがやはり現実だった。
後ろにいた同じアパートの住民が私を追い越し、煉獄さんの体をすり抜けて駅へと歩いて行った。
こんなにもはっきりと色形を維持しているのに本当に私にしか見えないのだと実感する。
煉獄さんはその太陽のような明るい髪色を陽光で輝かせ、振り向いた。
「おはよう、白菊少女」
「おはようございます、煉獄さん」
煉獄さんは昨夜、「夜通し部屋にいては迷惑だろう」と言って壁を抜けて外で一夜を過ごした。
それは可哀想だと一度は引き止めはしたが、結局夜の間は戻って来ることはなかった。
私と出会うまでずっとそうしてきたと、そうさせてくれと煉獄さんに言われて私は言い返せる言葉を持ち合わせていなかった。
生前は夜警をすることが多く、幽霊となった今でも体に染みついた日常が離れないのだと、私が気を遣う必要はないと煉獄さんは優しく諭した。
きっと昨夜も、町で鬼に襲われた人はいなかっただろう。
どれだけ巡回しても、鬼が見つかることはない。
鬼がいないとわかった閑寂な夜を、どう思っただろうか。
見上げると、煉獄さんは昨日と変わらぬ凛々しい顔をしていた。
「昨日も似たようなのを着ていたな」
「ああ、コレですか?」
煉獄さんは私の服を珍しい物を差すように上から下へと眺めた。
ただのスーツだが、大正時代の女性は着物や袴といった和装の方が多かったのだろう。
和洋折衷のスタイルが流行り出した時代ではあるが、現代では和装を取り入れている者の方が稀である。
今日は肌寒いと思い、パンツスタイルのグレーのスーツを選んでいた。
「煉獄さんからすれば洋服は珍しいんでしょうね」
「背広は田舎ではなかなか見かけないな。白菊少女のその格好は決まりか何かか?」
「決まりといえば、そうですね。仕事の時の正装です」
「白菊少女は仕事をしているのか」
働きに出ていることにも煉獄さんは驚いた。
私は高校を卒業し、進学は選ばず今の職場に就職した。
大学や専門学校に通う同級生も多いが、私には何かを学びたいという意欲はなく就職一本だった。
「そりゃあ、仕事しないとお金が貰えないし、生活できませんし」
「女性は嫁いで家にいるのが当たり前な気がしてな」
「今は、女性も社会進出する方が当たり前ですね。私は独り身なので、嫁に行く予定もないですし」
独り身であると自分で言ってて少し寂しくなる。
だからって結婚願望はないが、相手に寂しい人だなどと思われるのでは、と考えると侘しい気持ちになってしまうのだ。
「うむ!仕事に励むのはいいことだ!」
煉獄さんは私のそんな心の内の孤独など吹き飛ばす、清々しい声量でそう言った。
当たり前に仕事をしているだけだが、それでも褒められたことに元気が湧いてくる。
「煉獄さんは夜の間どうしていたんですか?」
「俺か?俺はずっと星を見ていた」
「星?」
空を見上げながら煉獄さんは言うので、それを真似して仰ぐがもう星は見えていなかった。
日が昇り、薄い雲が浮かぶ澄清がそこにあるだけだ。
思っていたのと違う返答に呆気に取られる。
「昔とは夜空の景色も違うんですか?」
「いや、同じだった」
地上で現代風の建造物や道路が増えても空の景色だけは昔と変わらないという。
星を眺めていたなんて、意外とロマンチストなのかもと煉獄さんの感性を垣間見た。
が、それはただの勘違いと次の瞬間理解した。
「それしか他にすることがなかったからな」
さらりと言われたその言葉に、私は、なんて馬鹿なのだと自身を責め立てた。
鬼がいないので、巡回する必要もない。
帰る家もない。
昼夜問わず何もすることがない。
誰にも見えない、声も聞こえない、気づいてもらえない。
話し相手になってほしいと昨日言われた煉獄さんの真意を、今になって改めて知った。
私が温かいベッドの上で布団にくるまって眠っている間、煉獄さんは星を眺めて朝になるのを待っていたのだ。
人々が活動する時間まで、私が起きて声をかけるまで、ここで静かに待ち続けていたのだと思うと哀れみしか生まれなかった。
「幽霊って…眠いとか、空腹とか、そういう感覚がないんですか?」
「あるにはあるぞ。いつの間にか寝ていることもある。だが時間としては極端に短いし昨夜は起きてもまだ夜だった。空腹は食事のことを考えると空く。考えなければ空かないな」
百年もの間、常に孤独。
煉獄さんの場合、幽霊であることを自覚し意識を持ったのはつい最近と言ってはいたが、それでも何十回、何百回と、どれだけ昼と夜を繰り返すだけの日々を見ていたというのか。
初めて会った時もそうだったじゃないか。
煉獄さんは道端で、じっと正座をして動かなかった。
あれは、誰かに見つけてもらうのをずっと待っていたからではないのか。
煉獄さんが意識していない間もずっとずっと、町を彷徨い歩きながら、夜を警備しながら、見える人を探していたのだ。
「なかなか面白い体質だな、幽霊というのは」
「……」
「どうした?白菊少女」
「ずっと長い夜を…いえ、夜以外でも、一人で過ごしてたんだな、って…」
私が幽霊になったら、煉獄さんみたいに耐えられるのか。
成仏する方法も不明ながら、月が萎んだり膨らんだりと形を変えていく様をただ見ているだけのつまらない日々を過ごせるのか。
そう考えると、やはり煉獄さんは凄い人なのだ。
これまで幽霊が見えても避け続けていた自身の保守的思考に、自責の念に駆られた。
「ごめんなさい、そういったこと、全然考えてあげられなくて」
「何故謝る?白菊少女が気に病むことではない」
煉獄さんは励ますようにそう言ってくれた。
優しさが滲み出ていて、それに甘えたくなる感情が湧いた。
「そうだ、今から仕事に行くのだったな。俺もついて行ってもよいだろうか?」
「職場に、ですか?構いませんけど」
「よし、では行くとしよう!」
社会見学でもしたいのか、煉獄さんはうきうきした様子で私の隣を歩いた。
幽霊と一緒に通勤するなんて考えたこともなかった。
いつも一人で歩いていた通勤路を並んでいるだけでも新鮮だ。
睡眠不足なんて言葉は幽霊である煉獄さんにはなく、常に健やかだった。
まだ冷え込みが続く早朝、鳥の声がアラームとなって目覚めるが温い布団から離れられず、もぞもぞと手探りで枕元のスマホを引き寄せた。
画面に表示される時刻を見て、普段よりわずかに早く覚醒してしまったことに勿体なさを感じた。
それでも目は冴えていて、ゆっくり朝の支度ができると考えを改める。
ナマケモノ並に緩慢な動きでベッドから降り、隙間から光が零れているカーテンを開いた。
ぱっと部屋が明るくなり、暁の空から弱々しくも太陽光が流れてくる。
ぐっと両腕を天井に伸ばしてみれば、気怠い体も少しは軽やかになった。
朝食、着替え、化粧と一通りの朝の準備を整えているうちに時間はあっという間に過ぎていく。
余裕を持って家を出られるのもいいものだ。
誰もいない部屋に向かって、心の中で行ってきますと唱え玄関を開けた。
一階まで降りたところで、アパートの入り口で佇む煉獄さんを見つけた。
朝目覚めた時、昨日のことは夢か幻かとも思ったがやはり現実だった。
後ろにいた同じアパートの住民が私を追い越し、煉獄さんの体をすり抜けて駅へと歩いて行った。
こんなにもはっきりと色形を維持しているのに本当に私にしか見えないのだと実感する。
煉獄さんはその太陽のような明るい髪色を陽光で輝かせ、振り向いた。
「おはよう、白菊少女」
「おはようございます、煉獄さん」
煉獄さんは昨夜、「夜通し部屋にいては迷惑だろう」と言って壁を抜けて外で一夜を過ごした。
それは可哀想だと一度は引き止めはしたが、結局夜の間は戻って来ることはなかった。
私と出会うまでずっとそうしてきたと、そうさせてくれと煉獄さんに言われて私は言い返せる言葉を持ち合わせていなかった。
生前は夜警をすることが多く、幽霊となった今でも体に染みついた日常が離れないのだと、私が気を遣う必要はないと煉獄さんは優しく諭した。
きっと昨夜も、町で鬼に襲われた人はいなかっただろう。
どれだけ巡回しても、鬼が見つかることはない。
鬼がいないとわかった閑寂な夜を、どう思っただろうか。
見上げると、煉獄さんは昨日と変わらぬ凛々しい顔をしていた。
「昨日も似たようなのを着ていたな」
「ああ、コレですか?」
煉獄さんは私の服を珍しい物を差すように上から下へと眺めた。
ただのスーツだが、大正時代の女性は着物や袴といった和装の方が多かったのだろう。
和洋折衷のスタイルが流行り出した時代ではあるが、現代では和装を取り入れている者の方が稀である。
今日は肌寒いと思い、パンツスタイルのグレーのスーツを選んでいた。
「煉獄さんからすれば洋服は珍しいんでしょうね」
「背広は田舎ではなかなか見かけないな。白菊少女のその格好は決まりか何かか?」
「決まりといえば、そうですね。仕事の時の正装です」
「白菊少女は仕事をしているのか」
働きに出ていることにも煉獄さんは驚いた。
私は高校を卒業し、進学は選ばず今の職場に就職した。
大学や専門学校に通う同級生も多いが、私には何かを学びたいという意欲はなく就職一本だった。
「そりゃあ、仕事しないとお金が貰えないし、生活できませんし」
「女性は嫁いで家にいるのが当たり前な気がしてな」
「今は、女性も社会進出する方が当たり前ですね。私は独り身なので、嫁に行く予定もないですし」
独り身であると自分で言ってて少し寂しくなる。
だからって結婚願望はないが、相手に寂しい人だなどと思われるのでは、と考えると侘しい気持ちになってしまうのだ。
「うむ!仕事に励むのはいいことだ!」
煉獄さんは私のそんな心の内の孤独など吹き飛ばす、清々しい声量でそう言った。
当たり前に仕事をしているだけだが、それでも褒められたことに元気が湧いてくる。
「煉獄さんは夜の間どうしていたんですか?」
「俺か?俺はずっと星を見ていた」
「星?」
空を見上げながら煉獄さんは言うので、それを真似して仰ぐがもう星は見えていなかった。
日が昇り、薄い雲が浮かぶ澄清がそこにあるだけだ。
思っていたのと違う返答に呆気に取られる。
「昔とは夜空の景色も違うんですか?」
「いや、同じだった」
地上で現代風の建造物や道路が増えても空の景色だけは昔と変わらないという。
星を眺めていたなんて、意外とロマンチストなのかもと煉獄さんの感性を垣間見た。
が、それはただの勘違いと次の瞬間理解した。
「それしか他にすることがなかったからな」
さらりと言われたその言葉に、私は、なんて馬鹿なのだと自身を責め立てた。
鬼がいないので、巡回する必要もない。
帰る家もない。
昼夜問わず何もすることがない。
誰にも見えない、声も聞こえない、気づいてもらえない。
話し相手になってほしいと昨日言われた煉獄さんの真意を、今になって改めて知った。
私が温かいベッドの上で布団にくるまって眠っている間、煉獄さんは星を眺めて朝になるのを待っていたのだ。
人々が活動する時間まで、私が起きて声をかけるまで、ここで静かに待ち続けていたのだと思うと哀れみしか生まれなかった。
「幽霊って…眠いとか、空腹とか、そういう感覚がないんですか?」
「あるにはあるぞ。いつの間にか寝ていることもある。だが時間としては極端に短いし昨夜は起きてもまだ夜だった。空腹は食事のことを考えると空く。考えなければ空かないな」
百年もの間、常に孤独。
煉獄さんの場合、幽霊であることを自覚し意識を持ったのはつい最近と言ってはいたが、それでも何十回、何百回と、どれだけ昼と夜を繰り返すだけの日々を見ていたというのか。
初めて会った時もそうだったじゃないか。
煉獄さんは道端で、じっと正座をして動かなかった。
あれは、誰かに見つけてもらうのをずっと待っていたからではないのか。
煉獄さんが意識していない間もずっとずっと、町を彷徨い歩きながら、夜を警備しながら、見える人を探していたのだ。
「なかなか面白い体質だな、幽霊というのは」
「……」
「どうした?白菊少女」
「ずっと長い夜を…いえ、夜以外でも、一人で過ごしてたんだな、って…」
私が幽霊になったら、煉獄さんみたいに耐えられるのか。
成仏する方法も不明ながら、月が萎んだり膨らんだりと形を変えていく様をただ見ているだけのつまらない日々を過ごせるのか。
そう考えると、やはり煉獄さんは凄い人なのだ。
これまで幽霊が見えても避け続けていた自身の保守的思考に、自責の念に駆られた。
「ごめんなさい、そういったこと、全然考えてあげられなくて」
「何故謝る?白菊少女が気に病むことではない」
煉獄さんは励ますようにそう言ってくれた。
優しさが滲み出ていて、それに甘えたくなる感情が湧いた。
「そうだ、今から仕事に行くのだったな。俺もついて行ってもよいだろうか?」
「職場に、ですか?構いませんけど」
「よし、では行くとしよう!」
社会見学でもしたいのか、煉獄さんはうきうきした様子で私の隣を歩いた。
幽霊と一緒に通勤するなんて考えたこともなかった。
いつも一人で歩いていた通勤路を並んでいるだけでも新鮮だ。
睡眠不足なんて言葉は幽霊である煉獄さんにはなく、常に健やかだった。