リセット
「もう終わりにしようぜ、名探偵」
優しく撫でる手。
モノクル越しに此方を見つめてくる瞳。
抱きしめられた体は相手の温もりを伝えてくる。
とくとくとくと伝わる心臓の音に心地よさを感じていると、柔らかい声音が頭上から降ってきた。
(あぁ、とうとうこの日がやってきたか)
そっと目を伏せて一度、見た目よりも確りとした体へと額を擦り付けた。
この熱を忘れないように、誰よりもお人好しで優しく、そして、悲しい真実を抱えた怪盗が居た事を忘れないために。
「俺とお前は互いに偽りでありながら、偽ることなく相対することが出来た。それってどれだけ奇跡的な事か判るか?」
衣擦れの音と共に顔をあげられる。
月光を背負う男の表情は読むことが出来ない。
「運命、って言葉は正しく俺達の為にあるんだと思った」
ざらり、とした感触は怪盗の手を覆う手袋だ。
探偵の頬の形を覚えるように辿る手のひらに今の自分達の関係が判らなくなる。
先刻、別れ話をされたと思ったのだが違ったのだろうか。
「探偵と怪盗という垣根を越えてお前の恋人になれた時は胸が張り裂けるかと思う程にうれしかった」
「俺だって、そうだ。誰にも捕まらないはずのお前が俺のもんだって思ったら、嬉しくてたまらなかった」
この怪盗が自身だけに見せる顔にどれだけ焦がれていたのか此奴は判っていないのだと思う。
先に惹かれたのは此方なのだ。
なのに何時だって此奴は此奴の方が好きなのだという。
ふざけるな、と叫びたくなる事は何度だってあった。
「ありがとう、名探偵。お前に出会えて俺は幸せだった」
なのに、何故こんな雰囲気を醸し出しているのだ
愛しているのなら、幸せだというのなら、もっとそれらしい表情をしろよ。
まるで、これが最後のようではないか。
「俺な、目的の物を見つけたんだ」
どくり、と心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
「怪盗キッドは今宵を以てして最後となります。最後のショーは、名探偵。貴方の前で」
一度強く抱きしめられた後に離される。
「私と貴方の関係はこれにてリセット。ゼロになります」
One・Two・Three
カウントと共に煙幕が張られた。
「キッド!!」
此処で行かせてはいけない。
見失ってはいけない。
「愛しの名探偵。探偵と怪盗の関係がリセットされた後に残されたものはなんでしょうか」
「残された物…?」
次第に煙幕が風に流されて消えていく。
目元を覆っていた腕を外し、声のする方へと視線を向ければ、何時かの夕方にすれ違った学ランを身に纏った高校生の姿。
「なぁ、名探偵」
その口から零れる声音は間違いなく怪盗の物。
「怪盗と探偵の関係がリセットされた後には真実だけが残されるんだ」
「……その姿が、お前の真実か」
「そう。俺の名前は黒羽快斗。なぁ、怪盗キッドはもういない。俺と、付き合ってくれませんか?」
数分前の怪盗と同じように座り込み覗き込んでくる瞳も、其処に宿る熱も、怪盗と何ら変わりのないもの。
残されるのは真実だと言った。
「…俺は、まだ自分の真実を取り戻していない」
ぎゅっと本来の姿よりも小さな手のひらを握り込む。
戦いは未だ終わりを見せないのだ。
「それなのに、お前の真実を貰えるわけがないだろう…っ!」
吐き出すものは悔しさか、切なさか。
その手を取りたいと思う。
怪盗キッドではなく、真実の黒羽快斗としての存在を差し出してくれた思いに応えたいと思う。
けれど、等価の物を差し出す事が出来ない。
「いいんだ」
けれど、黒羽は緩く頭を振った。
「名探偵の真実は姿じゃなくて、その心だ。その心を偽る事が無ければ、それがお前の真実だから」
だから俺はお前を名探偵だと呼ぶのだ、と。
そうして柔らかく抱きしめられた腕は白い衣装の時と変わらない暖かさと優しさで。
「俺は、俺のままでいいのか。俺はお前に釣り合うことが出来るのか」
真実を差し出したお前と。
全てを終わらせたお前と。
釣り合うことが出来るのか、と。
出来ないのならば、この関係も『リセット』する、と思いながら問いかける。
「むしろ、それは俺の台詞なんだけどね。俺はお前の隣に立つことが出来る存在?お前に相応しい?」
「……お前以外の誰が、俺の隣に立てるっていうんだ」
ぼそり、と抱きしめている男にだけ聞こえるように告げる。
「じゃぁ、名探偵。さっきの答えは?『俺と付き合ってくれませんか?』」
応えて、と囁かれる。
答えなんて決まった言葉しかないのに。
「……喜んで」
月夜にリセットされた怪盗と探偵の関係。
けれどそれは、また新しい関係の始まり。
優しく撫でる手。
モノクル越しに此方を見つめてくる瞳。
抱きしめられた体は相手の温もりを伝えてくる。
とくとくとくと伝わる心臓の音に心地よさを感じていると、柔らかい声音が頭上から降ってきた。
(あぁ、とうとうこの日がやってきたか)
そっと目を伏せて一度、見た目よりも確りとした体へと額を擦り付けた。
この熱を忘れないように、誰よりもお人好しで優しく、そして、悲しい真実を抱えた怪盗が居た事を忘れないために。
「俺とお前は互いに偽りでありながら、偽ることなく相対することが出来た。それってどれだけ奇跡的な事か判るか?」
衣擦れの音と共に顔をあげられる。
月光を背負う男の表情は読むことが出来ない。
「運命、って言葉は正しく俺達の為にあるんだと思った」
ざらり、とした感触は怪盗の手を覆う手袋だ。
探偵の頬の形を覚えるように辿る手のひらに今の自分達の関係が判らなくなる。
先刻、別れ話をされたと思ったのだが違ったのだろうか。
「探偵と怪盗という垣根を越えてお前の恋人になれた時は胸が張り裂けるかと思う程にうれしかった」
「俺だって、そうだ。誰にも捕まらないはずのお前が俺のもんだって思ったら、嬉しくてたまらなかった」
この怪盗が自身だけに見せる顔にどれだけ焦がれていたのか此奴は判っていないのだと思う。
先に惹かれたのは此方なのだ。
なのに何時だって此奴は此奴の方が好きなのだという。
ふざけるな、と叫びたくなる事は何度だってあった。
「ありがとう、名探偵。お前に出会えて俺は幸せだった」
なのに、何故こんな雰囲気を醸し出しているのだ
愛しているのなら、幸せだというのなら、もっとそれらしい表情をしろよ。
まるで、これが最後のようではないか。
「俺な、目的の物を見つけたんだ」
どくり、と心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
「怪盗キッドは今宵を以てして最後となります。最後のショーは、名探偵。貴方の前で」
一度強く抱きしめられた後に離される。
「私と貴方の関係はこれにてリセット。ゼロになります」
One・Two・Three
カウントと共に煙幕が張られた。
「キッド!!」
此処で行かせてはいけない。
見失ってはいけない。
「愛しの名探偵。探偵と怪盗の関係がリセットされた後に残されたものはなんでしょうか」
「残された物…?」
次第に煙幕が風に流されて消えていく。
目元を覆っていた腕を外し、声のする方へと視線を向ければ、何時かの夕方にすれ違った学ランを身に纏った高校生の姿。
「なぁ、名探偵」
その口から零れる声音は間違いなく怪盗の物。
「怪盗と探偵の関係がリセットされた後には真実だけが残されるんだ」
「……その姿が、お前の真実か」
「そう。俺の名前は黒羽快斗。なぁ、怪盗キッドはもういない。俺と、付き合ってくれませんか?」
数分前の怪盗と同じように座り込み覗き込んでくる瞳も、其処に宿る熱も、怪盗と何ら変わりのないもの。
残されるのは真実だと言った。
「…俺は、まだ自分の真実を取り戻していない」
ぎゅっと本来の姿よりも小さな手のひらを握り込む。
戦いは未だ終わりを見せないのだ。
「それなのに、お前の真実を貰えるわけがないだろう…っ!」
吐き出すものは悔しさか、切なさか。
その手を取りたいと思う。
怪盗キッドではなく、真実の黒羽快斗としての存在を差し出してくれた思いに応えたいと思う。
けれど、等価の物を差し出す事が出来ない。
「いいんだ」
けれど、黒羽は緩く頭を振った。
「名探偵の真実は姿じゃなくて、その心だ。その心を偽る事が無ければ、それがお前の真実だから」
だから俺はお前を名探偵だと呼ぶのだ、と。
そうして柔らかく抱きしめられた腕は白い衣装の時と変わらない暖かさと優しさで。
「俺は、俺のままでいいのか。俺はお前に釣り合うことが出来るのか」
真実を差し出したお前と。
全てを終わらせたお前と。
釣り合うことが出来るのか、と。
出来ないのならば、この関係も『リセット』する、と思いながら問いかける。
「むしろ、それは俺の台詞なんだけどね。俺はお前の隣に立つことが出来る存在?お前に相応しい?」
「……お前以外の誰が、俺の隣に立てるっていうんだ」
ぼそり、と抱きしめている男にだけ聞こえるように告げる。
「じゃぁ、名探偵。さっきの答えは?『俺と付き合ってくれませんか?』」
応えて、と囁かれる。
答えなんて決まった言葉しかないのに。
「……喜んで」
月夜にリセットされた怪盗と探偵の関係。
けれどそれは、また新しい関係の始まり。
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