白の日
浮かれた足取りで慣れた道を歩く。否、歩くというよりは走ると言った方が正しいだろうか。とんとん、とスニーカーの立てる足音は軽やかで、まるで躍るような動きは道行く人々の視線を集めている。その手にあるモノも人の目を引くのに一役を買っているのだろう。曲がり角に来ればばさり、と大きな音を立ててターン。大きく振れたことで一片舞う花弁。おっと、なんて言葉を漏らして手の中の物を抱え直して再度走り抜ける。
そもそも何故こんなにもこの男が浮かれているのか。
原因は一月前まで遡る。
恋仲になって久しい名探偵から呼び出された深夜のビルの屋上。何故呼び出されたのか全く理解もせず、たまたま予告日だったこともあり深く考えずに呼び出しに応じた。
其処で見たのは普段の冷静さも非道さも鳴りを潜めた探偵の姿で。白く滑らかな頬は赤く色づき、手は服の裾を握りしめ何かを耐えているようであった。
体調でも悪いのかと心配し、そっと顔を覗き込もうとすれば音を立てて離れられてしまう。何かやらかしてしまったのだろうか、等その日の出来事を思い出そうとするけれども思い出せず、うぅん、と唸りをあげるだけに終わってしまった。
とはいえ、このまま距離を取られ続けるのは辛い。
折角会えたのだから、その顔をもっと見たいし、その体を抱きかかえたい。出来る事なら赤く色づく唇を堪能したいとも思うし、そして、それ以上のことだってしたい。
「名探偵」
怪盗と探偵の間は十歩の距離。
「……っ!これ、やるっ!」
詰めようとした距離は一気に走り寄ってきた探偵によってゼロ距離へとなった。
手元には綺麗にラッピングされた青い箱。少しだけよれたリボンから手作りなのだと知らされる。
「……もしかして、バレンタイン?
「っ!それ以外に何があるっていうんだよ!」
買いに行くのが恥ずかしかったから手作りにしただけだ、とぶつぶつと言う探偵に、思わず口元が緩む。普段から恋人らしいこと等何もしない相手からの思わぬ愛情表現は息を止めるに充分の衝撃で。はふり、と息を吐きながら空を仰いでしまった。
そんな怪盗の行動をどう解釈したのか、探偵は尚も言葉を紡いでいく。
「お前なら他にもたくさんもらうんだろうし、こんなの要らないよな。悪い、捨ててくれていいから。男がつくったのなんて嫌だよな…」
「ちょ、待って新一っ!」
急いで怪盗から普段着へと変え、そのまま屋上から去っていきそうになる新一の腕を何とか引き留めて腕の中へと抱き込めば、しばらくじたばたと身体を捩らせていたけれども快斗が離す気が無いと気が付けば大人しく腕の中へと身体を預けていた。
ほっと息を吐き、再度渡された箱を見る。蒼い包装用紙はまるで探偵の瞳のようだった。
―中身が見たい
ちらり、と視線を腕の中へと落とせば逃げようとする雰囲気は既にない。少しだけ体勢を変えて新一の背中へと両手を回しそのままリボンを解いていく。
中身は想像していた通り手作りのチョコで。まさか貰えると思わなかったものが目の前に差し出されている事実に目が眩むほどの嬉しさがあった。
「ありがとう、新一。すっげぇ、嬉しい」
ぎゅうぎゅうと腕に力を入れて抱きしめれば耳まで赤く染めた新一が快斗の服を握りしめてそっと額を押し当てている。
「誰かの為にチョコづくりなんてした事無いんだからな…っ、お前だけなんだからしっかり味わって食えよ」
「勿論!」
新一から貰ったものを無碍に扱うわけがない。そっと一つつまみあげて口に含めば、ほろり、と口の中で溶ける甘さが更に幸せを感じさせた。甘いものが得意ではない彼が自分の為に、快斗好みの味のチョコレートを用意してくれたことが、何よりもうれしかった。
だから、お返しはその嬉しさを目一杯に押し込んだ物を渡そうと決めたのだ。
くふん、と一月前の事を思い出しては緩々と顔が緩む。彼の瞳が驚きに見開かれる様を早く見たい。
たんっと足音を強く立てて立ち止まったのは帝丹高校の校門前。
授業終わりにはまだ時間がある。走り続けた事で少し荒れた息を整えて、彼が出てくるのを待つ。ざわめき一つない校舎は快斗が通う高校とは全く雰囲気が違う。新一の回りの友人も、自分の周りの友人達とは違う。それでも自分達は出会って恋に落ちた。
奇跡のような出会いが嬉しかった。
―驚くかな、喜んでくれるかな。
落ち着かない気持ちで手元の花束を弄る。
どきどきとそわそわが胸を占めて落ち着かない。
遠くから鐘の音がした。快斗が来ている事には気付いているだろう。
もうすぐで、会える。
腕の中には真白な薔薇が四十本。
「快斗っ!」
最愛の貴方へ愛を誓おう。
そもそも何故こんなにもこの男が浮かれているのか。
原因は一月前まで遡る。
恋仲になって久しい名探偵から呼び出された深夜のビルの屋上。何故呼び出されたのか全く理解もせず、たまたま予告日だったこともあり深く考えずに呼び出しに応じた。
其処で見たのは普段の冷静さも非道さも鳴りを潜めた探偵の姿で。白く滑らかな頬は赤く色づき、手は服の裾を握りしめ何かを耐えているようであった。
体調でも悪いのかと心配し、そっと顔を覗き込もうとすれば音を立てて離れられてしまう。何かやらかしてしまったのだろうか、等その日の出来事を思い出そうとするけれども思い出せず、うぅん、と唸りをあげるだけに終わってしまった。
とはいえ、このまま距離を取られ続けるのは辛い。
折角会えたのだから、その顔をもっと見たいし、その体を抱きかかえたい。出来る事なら赤く色づく唇を堪能したいとも思うし、そして、それ以上のことだってしたい。
「名探偵」
怪盗と探偵の間は十歩の距離。
「……っ!これ、やるっ!」
詰めようとした距離は一気に走り寄ってきた探偵によってゼロ距離へとなった。
手元には綺麗にラッピングされた青い箱。少しだけよれたリボンから手作りなのだと知らされる。
「……もしかして、バレンタイン?
「っ!それ以外に何があるっていうんだよ!」
買いに行くのが恥ずかしかったから手作りにしただけだ、とぶつぶつと言う探偵に、思わず口元が緩む。普段から恋人らしいこと等何もしない相手からの思わぬ愛情表現は息を止めるに充分の衝撃で。はふり、と息を吐きながら空を仰いでしまった。
そんな怪盗の行動をどう解釈したのか、探偵は尚も言葉を紡いでいく。
「お前なら他にもたくさんもらうんだろうし、こんなの要らないよな。悪い、捨ててくれていいから。男がつくったのなんて嫌だよな…」
「ちょ、待って新一っ!」
急いで怪盗から普段着へと変え、そのまま屋上から去っていきそうになる新一の腕を何とか引き留めて腕の中へと抱き込めば、しばらくじたばたと身体を捩らせていたけれども快斗が離す気が無いと気が付けば大人しく腕の中へと身体を預けていた。
ほっと息を吐き、再度渡された箱を見る。蒼い包装用紙はまるで探偵の瞳のようだった。
―中身が見たい
ちらり、と視線を腕の中へと落とせば逃げようとする雰囲気は既にない。少しだけ体勢を変えて新一の背中へと両手を回しそのままリボンを解いていく。
中身は想像していた通り手作りのチョコで。まさか貰えると思わなかったものが目の前に差し出されている事実に目が眩むほどの嬉しさがあった。
「ありがとう、新一。すっげぇ、嬉しい」
ぎゅうぎゅうと腕に力を入れて抱きしめれば耳まで赤く染めた新一が快斗の服を握りしめてそっと額を押し当てている。
「誰かの為にチョコづくりなんてした事無いんだからな…っ、お前だけなんだからしっかり味わって食えよ」
「勿論!」
新一から貰ったものを無碍に扱うわけがない。そっと一つつまみあげて口に含めば、ほろり、と口の中で溶ける甘さが更に幸せを感じさせた。甘いものが得意ではない彼が自分の為に、快斗好みの味のチョコレートを用意してくれたことが、何よりもうれしかった。
だから、お返しはその嬉しさを目一杯に押し込んだ物を渡そうと決めたのだ。
くふん、と一月前の事を思い出しては緩々と顔が緩む。彼の瞳が驚きに見開かれる様を早く見たい。
たんっと足音を強く立てて立ち止まったのは帝丹高校の校門前。
授業終わりにはまだ時間がある。走り続けた事で少し荒れた息を整えて、彼が出てくるのを待つ。ざわめき一つない校舎は快斗が通う高校とは全く雰囲気が違う。新一の回りの友人も、自分の周りの友人達とは違う。それでも自分達は出会って恋に落ちた。
奇跡のような出会いが嬉しかった。
―驚くかな、喜んでくれるかな。
落ち着かない気持ちで手元の花束を弄る。
どきどきとそわそわが胸を占めて落ち着かない。
遠くから鐘の音がした。快斗が来ている事には気付いているだろう。
もうすぐで、会える。
腕の中には真白な薔薇が四十本。
「快斗っ!」
最愛の貴方へ愛を誓おう。
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