Craig Shannon の物語
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東の国アスロード王国。
資源豊かで活気に溢れる幸福の国。
国民たちの父とも言える王は現在67歳で政治手腕に長け、人望厚く、国民からも慕われている。
そんなアスロード王には5人の妃と、4人の王子と、4人の王女がいた。
それは君主制の国では珍しくはない事ではあるが、5人の女性が円満に後宮で暮らしているのは正妻オリビア妃の人格の賜物だろう。
オリビア妃。
パントワーディン国の第3王女だったオリビアは国民にとっても母なる存在。
賢く聡く60歳になった今でもフットワークも軽く公務に勤しみ、王をしっかり隣で支えている。王位継承権1位のイアン皇太子の母でもある。
一方、王の5人目の妻アーリア。
"ヴルツェル皇国の美人5姉妹"の末っ子だったアーリアはその美貌故にヴルツェル皇国とアスロード王国の同盟の証とし若くしてアスロード王に献上された。
18歳でヒンメル姫を生み、24歳でレクシー姫を生んだアーリアは現在28歳。
その艶やかな美しさは妖しく増すばかりでアスロード王は今でも毎晩のように彼女の元へ通っている。
それを第2、第3、第4妃は面白くなさそうにしているものの、オリビアだけが『殿方が若い女性を好むのは仕方ないことよ?』と、唯一、アーリアを擁護していたのだった。
時、遡り。
美貌故に多くの噂を持つアーリア妃に今度は少しスキャンダラスな噂がついた。
それはアスロード王国三大名家。ゾグラフ公爵家の嫡男リカルドとのロマンスの噂だった。
リカルドは近衛騎士として王家のそば近くで働き、かつアーリアと歳も近い。
若い2人が楽しそうにしている姿を見た者が流した根も葉もない噂…それに王妃と騎士の報われぬ禁断の恋と言うシチュエーションに国民達は心を熱くし噂に尾鰭がついた。
…ただそれだけだ。と、当人に近しい人たちは笑っていた。
よくある話。誰もが本気にはしていない。
クレイグもそんなひとりだった。
『おい、色男。国中お前の噂で持ちきりだぞ』
青い制服を着たクレイグは任務からの帰還の折に耳にした噂を揶揄いにリカルドの元を訪れた。
近衛騎士の真っ赤な制服を着こなすその色男はオリーブ色した大きな瞳を翳らせて笑う。
『クレイグまでそれを言うの?…やめてよ、ただの噂だよ。でもさ、もしも…ボクが本当にアーリア妃に手を出したらやっぱり…』
『やめておけ。確実に王族への侮辱罪で死罪だ』
リカルドの言葉を遮るように真面目な顔をしたクレイグが腕を組み言葉を発した。冗談でも言っていい事と悪い事がある…親友がくだらない噂に乗っかって命を落とすなど考えただけで悪夢を見たような嫌悪感がある。
『だよね…大丈夫だよ』
力なく笑いリカルドが言った"大丈夫"と言う言葉だけがクレイグの耳に嫌な残響のように残っていた。
『リカルド…なんだか今日はうわの空ね。さては好きな人でもできたんじゃない?』
女の細い指がリカルドの顔を捕らえる。夜空のような濃紺に塗られた爪には星々を思わせる銀のきらめきがのせられていて、灯りを落とされた小部屋でさえ美しく月明かりを撥ね返し輝いていた。
『うわの空?これ以上にないくらい貴女に夢中なのにそんな意地悪を言うのはこの唇?』
リカルドの唇が女の赤い唇と重なるとその後は言葉ではなく、はずむ息遣いと漏れる甘い声が部屋に響く。
豪華絢爛な城の中の粗末な小部屋…其処は使われなくなったいわく付きの部屋。
下女の休憩所だった場所だが身分違いの恋に身を焦がした下女が命を自ら断った場所。
気味悪がって誰も近寄らない其処は2人にとっては愛の巣同然だった。
『アーリア…愛してるよ』
『私も…愛しているわ、リカルド』
噂は報われぬ恋に身を焦がす王妃と騎士のカモフラージュとなり、その水面下で愛は確実に育まれていた。
しかし、決して許される行為ではない2人の愛に鉄槌が下る。
その日もリカルドはアーリアの私室に呼び出された。散歩の警護か、謁見の警護か…毎日の仕事であるから別段不思議には思わず部屋に入る。
『お妃様リカルドでございます』
アーリア付きの侍女たちの手前二人っきりのようには振る舞えない。
…が、その時は何故か人払いがされておりアーリアひとり窓際に立っていた。
『…アーリア、駄目だ…人払いなんて。噂が本当だと勘ぐる人が出てくる』
アーリアはしかし、厳しい表情で窓の外を見ていた。決してリカルドを振り向かぬまま小さな声で話し出す。
『…私のお腹には新しい命が宿りました』
小さいながらも凛とした声がリカルドの心臓を鷲掴みにする。
『…その子の父親って…やっぱり…』
『"陛下"よ。いい、リカルド…この子は"陛下"の子。何があってもそれが真実なの…よく覚えておいて』
慣例に基づき出産は公開で行われた。
王を筆頭に4人の王妃、ゾグラフ公爵、アボット公爵、大神官…そして数人の侍女が立ち会った。
不気味なほどに夕陽の赤が部屋を染める暮れ時。陣痛に美しい顔が歪むも、王はアーリアの手を握り激励する。
赤子の産声は18時の鐘とほぼ同時だった。
『おめでとうございます、陛下。美しい王女様でございますわ』
『さぁ祝砲を!』
小さな姫君の誕生に皆が色めき立った。
妃達は生まれたての赤ん坊をこの時ばかりは目を細め見つめる。
『まぁ…陛下に良く似て…』
そう、言いかけたのは国王のいとこで第2王妃のエラだった。
言葉はそこで途絶えると後を引き継ぐように口を開くのは元娼婦だったイザベラ妃。
『…オリーブ色の…瞳』
その呟きに同席していたゾグラフ卿は青ざめた…見ればうっすら生えた髪の毛の色も自分の息子リカルドに良く似ていたのだ。
『王家には代々オリーブ色の瞳をした方はいらっしゃらなかったはず…』
イザベラは続ける。あの噂が…この子によって真実のものだと立証される!
娼婦でありながら王妃にまで上りつめた美しいイザベラも59歳。女盛りはとっくに過ぎ王からも愛されなくなった。それもこの若いアーリアのせい…そう思うイザベラには好機だ。イザベラが思わず笑みを浮かべた時。
『無礼者ッ!陛下の子に何という…下がりなさいイザベラ!』
あの穏やかなオリビアが激昂した。
珍しく感情を剥き出しにし怒る姿に国王が宥めに入る程だった。
荒々しい怒りに助けられたのは産後まだ自分の子を抱けずにいる母アーリアとゾグラフ卿だろう。
その怒りを前に"オリーブ色の瞳"と口にする者はその後現れなかった。
リカルドは父よりこの事を聞かされた。
『まさか、王家にはグレーの瞳の方や緑の瞳の方もいらっしゃいます。直系の陛下のお子であれば隔世遺伝だとかなんとかで僕みたいなオリーブ色の瞳を持つ子が生まれても変ではないですよ。嫌だな、聡明な父上まで変な噂を間に受けてしまわれるのですか?』
リカルドは笑い飛ばしたが内心は今すぐアーリアの元へ駆けつけたかった。父と名乗れぬ子を抱き、大変な出産を乗り越えた妻とは呼べぬ恋人を抱きしめたかった。
『なぁ、クレイグ…聞いたか?生まれた姫はレクシー様と言う名前を陛下より頂いたそうだ』
親友の執務室に美味しいクッキーを持ち込んで勝手にティータイムと称してお茶を飲む。
クレイグは机に座り書き物をしながらリカルドの話に耳を傾けて相槌をうつ。
『あぁ、聞いた』
『なんかね、オリーブ色の瞳なんだって』
『あぁ……聞いた』
静かな午後。
少しの沈黙を置いて会話は続く。
『ボクと同じミルクチョコレートみたいな茶色い髪らしいよ』
『……だから?』
『…当然だよ…………ボクの子なんだから』
言った瞬間リカルドに重くのしかかっていた何かがフッと消えた。それは不思議な感覚で、思わず顔を上げたクレイグを前に一筋の涙を見せる羽目になる。
『王妃様が…いや、アーリアが言ったんだ。"陛下の子、何があってもそれが真実"って。オリビア様も疑ったイザベラ様に"陛下の子に何て事を言うんだ"って言ってくださっている。…ボクが父だと言えばアーリアにもオリビア様にも父上にも…生まれてきた子にも迷惑が掛かる。だからボクはシレッと口を閉じ厚かましくこの先も生きる。……けど、クレイグ。君だけには本当の事を話したかったんだ…』
流石のクレイグも仕事の手を止めてリカルドが座る向かいのソファに腰を下ろした。
真っ青な冷たい氷の様な瞳に射抜かれたリカルドはそれでも安心した顔をし小さく笑う。
『重荷を無理やり半分俺に背負わせるなんて図々しい奴。…安心しろ、この荷物…墓場まで持っていく。俺より先に父になったか……おめでとう』
世界中の誰からも祝福されない父親に唯一祝福してくれた親友は約束を守り他言はしなかった。
その後、レクシー姫は紙面を通して国民にお披露目された。
白黒で印刷された新聞からは目の色や髪の色は伝わらない分際立って美しい赤子だと言うことだけが国民に広く知れ渡った。
目鼻立ちがしっかりとした赤子らしくない美しさは城の誰しもを虜にした。
そんなお祝いムードの中、オリビア王妃はアーリア妃とリカルドを私室に呼ぶ。
『レクシーのお輿入れが決まりました。5歳の誕生日に私の故郷パントワーディンのマルス王子に嫁がせます。レクシーが5歳になる頃にはマルス王子は12歳。実質上二人が夫婦になるのはそれから10年以上過ぎた頃でしょうけど…しっかりとした教育を受け、マルス王子を支える良き女性となるでしょう…』
パントワーディンとは既に同盟が結ばれている。しかもマルス王子と言えば王位継承権は下位にある末っ子だ。慌てて婚約者をたてなければいけない立場でもない。早い話…レクシーをアスロードから体良く出すための結婚話だろう。つまりはアーリアを庇うオリビアですらレクシーは国王の子では無いと踏んだのだ。レクシーを俗世から離しアスロードの修道院で神に仕える身とすればアーリアもリカルドも密かに接触を試みるかもしれない。あらぬ噂がたてば王家の名に傷が付く。二度と会えなくする方がいい。火のない場所に煙は立たないのだから。そためには国外に…それも、自分の祖国であればうまく隠せるのだと、この数日でオリビアはあらゆる手を尽くした。
『リカルド…貴方は何も言わないで。レクシーが本当に陛下の子だとしても、そうでなくてもどうか黙って聞いて欲しいの。噂は雑草のように根があれば育つ。だから根ごと抜く必要があります。真実がどうであれ良くない噂は王家の名に傷をつける。国民が不信感を抱きます。母親と子を引き離す…私も人の親ですからその辛さはわかります。…けれど…どうか理解してほしいの。それと、私も陛下も貴方達より先に星になってしまう。やがて皇太子が王になり、イアンの御代になればアーリアは華やかな表舞台から降ろされてしまう。アーリアは庵での隠居生活か、神に仕える尼になるか選択を迫られる…。リカルド…どうか、アーリアを生涯守ってあげて?幼くしてたった一人でアスロードにお嫁に来て、無理やり子供を引き離されてアーリアにとってこの後宮で過ごした日々は悲惨だったと思うのよ。それでも私の夫に夢を見させてくれた彼女に私は感謝をしているの。私達が亡き後はアーリアの人生最後の時まで寄り添ってあげて欲しいのよ。』
オリビアの言葉を若い二人は一言一句聞き逃さない様に耳を傾けた。
国民を思い国民を愛し、我が身を振り返らずひたすら国民の幸せだけを願うオリビアは赦される事はない罪を犯したリカルドを赦し、咎めることなどなく、彼女に寄り添い生きる為の大義名分を与えた。
その上でリカルドはオリビアに跪く。
"お約束いたします"と。
本来ならば死罪になった身だ。惜しむ命などないのだ。与えられた未来、命を賭してアーリアを守ると自分自身に誓いを立てた。
『リカルド!』
『ハイハイ、レクシー様』
『ハイは いっかいになさい、リカルド!』
『はーい。…で、ご用はなんですか?』
『"おままごと"をして あそびます。リカルドは"パパ"のやくです』
『……ぇ?』
戸惑うリカルドをよそに、アーリアは笑いながら"おままごと"で使う玩具が入ったバスケットを持ちリカルドの隣に座る。
『レクシーは国民の暮らしに興味があるの。だから最近はそれを真似た遊びに夢中なんですって。…パパのお仕事はパン屋さんかしら?それともケーキ屋さんかしら?』
アーリアが玩具の食器を並べると、リカルドは顔を綻ばせながら玩具のパンを置いていく。
『パパが焼いた美味しいパンだよ、いっぱい召し上がれ!』
しかしレクシーは不機嫌そうに首を横に振る。
『ちがうわ、パパのおしごとは“騎士”よ?ママとレクシーをまもってくれるの』
あの日オリビアは最後にこう言った。
"せめて5歳の誕生日までは悔いが残らない様に沢山遊んであげなさい"と。
資源豊かで活気に溢れる幸福の国。
国民たちの父とも言える王は現在67歳で政治手腕に長け、人望厚く、国民からも慕われている。
そんなアスロード王には5人の妃と、4人の王子と、4人の王女がいた。
それは君主制の国では珍しくはない事ではあるが、5人の女性が円満に後宮で暮らしているのは正妻オリビア妃の人格の賜物だろう。
オリビア妃。
パントワーディン国の第3王女だったオリビアは国民にとっても母なる存在。
賢く聡く60歳になった今でもフットワークも軽く公務に勤しみ、王をしっかり隣で支えている。王位継承権1位のイアン皇太子の母でもある。
一方、王の5人目の妻アーリア。
"ヴルツェル皇国の美人5姉妹"の末っ子だったアーリアはその美貌故にヴルツェル皇国とアスロード王国の同盟の証とし若くしてアスロード王に献上された。
18歳でヒンメル姫を生み、24歳でレクシー姫を生んだアーリアは現在28歳。
その艶やかな美しさは妖しく増すばかりでアスロード王は今でも毎晩のように彼女の元へ通っている。
それを第2、第3、第4妃は面白くなさそうにしているものの、オリビアだけが『殿方が若い女性を好むのは仕方ないことよ?』と、唯一、アーリアを擁護していたのだった。
時、遡り。
美貌故に多くの噂を持つアーリア妃に今度は少しスキャンダラスな噂がついた。
それはアスロード王国三大名家。ゾグラフ公爵家の嫡男リカルドとのロマンスの噂だった。
リカルドは近衛騎士として王家のそば近くで働き、かつアーリアと歳も近い。
若い2人が楽しそうにしている姿を見た者が流した根も葉もない噂…それに王妃と騎士の報われぬ禁断の恋と言うシチュエーションに国民達は心を熱くし噂に尾鰭がついた。
…ただそれだけだ。と、当人に近しい人たちは笑っていた。
よくある話。誰もが本気にはしていない。
クレイグもそんなひとりだった。
『おい、色男。国中お前の噂で持ちきりだぞ』
青い制服を着たクレイグは任務からの帰還の折に耳にした噂を揶揄いにリカルドの元を訪れた。
近衛騎士の真っ赤な制服を着こなすその色男はオリーブ色した大きな瞳を翳らせて笑う。
『クレイグまでそれを言うの?…やめてよ、ただの噂だよ。でもさ、もしも…ボクが本当にアーリア妃に手を出したらやっぱり…』
『やめておけ。確実に王族への侮辱罪で死罪だ』
リカルドの言葉を遮るように真面目な顔をしたクレイグが腕を組み言葉を発した。冗談でも言っていい事と悪い事がある…親友がくだらない噂に乗っかって命を落とすなど考えただけで悪夢を見たような嫌悪感がある。
『だよね…大丈夫だよ』
力なく笑いリカルドが言った"大丈夫"と言う言葉だけがクレイグの耳に嫌な残響のように残っていた。
『リカルド…なんだか今日はうわの空ね。さては好きな人でもできたんじゃない?』
女の細い指がリカルドの顔を捕らえる。夜空のような濃紺に塗られた爪には星々を思わせる銀のきらめきがのせられていて、灯りを落とされた小部屋でさえ美しく月明かりを撥ね返し輝いていた。
『うわの空?これ以上にないくらい貴女に夢中なのにそんな意地悪を言うのはこの唇?』
リカルドの唇が女の赤い唇と重なるとその後は言葉ではなく、はずむ息遣いと漏れる甘い声が部屋に響く。
豪華絢爛な城の中の粗末な小部屋…其処は使われなくなったいわく付きの部屋。
下女の休憩所だった場所だが身分違いの恋に身を焦がした下女が命を自ら断った場所。
気味悪がって誰も近寄らない其処は2人にとっては愛の巣同然だった。
『アーリア…愛してるよ』
『私も…愛しているわ、リカルド』
噂は報われぬ恋に身を焦がす王妃と騎士のカモフラージュとなり、その水面下で愛は確実に育まれていた。
しかし、決して許される行為ではない2人の愛に鉄槌が下る。
その日もリカルドはアーリアの私室に呼び出された。散歩の警護か、謁見の警護か…毎日の仕事であるから別段不思議には思わず部屋に入る。
『お妃様リカルドでございます』
アーリア付きの侍女たちの手前二人っきりのようには振る舞えない。
…が、その時は何故か人払いがされておりアーリアひとり窓際に立っていた。
『…アーリア、駄目だ…人払いなんて。噂が本当だと勘ぐる人が出てくる』
アーリアはしかし、厳しい表情で窓の外を見ていた。決してリカルドを振り向かぬまま小さな声で話し出す。
『…私のお腹には新しい命が宿りました』
小さいながらも凛とした声がリカルドの心臓を鷲掴みにする。
『…その子の父親って…やっぱり…』
『"陛下"よ。いい、リカルド…この子は"陛下"の子。何があってもそれが真実なの…よく覚えておいて』
慣例に基づき出産は公開で行われた。
王を筆頭に4人の王妃、ゾグラフ公爵、アボット公爵、大神官…そして数人の侍女が立ち会った。
不気味なほどに夕陽の赤が部屋を染める暮れ時。陣痛に美しい顔が歪むも、王はアーリアの手を握り激励する。
赤子の産声は18時の鐘とほぼ同時だった。
『おめでとうございます、陛下。美しい王女様でございますわ』
『さぁ祝砲を!』
小さな姫君の誕生に皆が色めき立った。
妃達は生まれたての赤ん坊をこの時ばかりは目を細め見つめる。
『まぁ…陛下に良く似て…』
そう、言いかけたのは国王のいとこで第2王妃のエラだった。
言葉はそこで途絶えると後を引き継ぐように口を開くのは元娼婦だったイザベラ妃。
『…オリーブ色の…瞳』
その呟きに同席していたゾグラフ卿は青ざめた…見ればうっすら生えた髪の毛の色も自分の息子リカルドに良く似ていたのだ。
『王家には代々オリーブ色の瞳をした方はいらっしゃらなかったはず…』
イザベラは続ける。あの噂が…この子によって真実のものだと立証される!
娼婦でありながら王妃にまで上りつめた美しいイザベラも59歳。女盛りはとっくに過ぎ王からも愛されなくなった。それもこの若いアーリアのせい…そう思うイザベラには好機だ。イザベラが思わず笑みを浮かべた時。
『無礼者ッ!陛下の子に何という…下がりなさいイザベラ!』
あの穏やかなオリビアが激昂した。
珍しく感情を剥き出しにし怒る姿に国王が宥めに入る程だった。
荒々しい怒りに助けられたのは産後まだ自分の子を抱けずにいる母アーリアとゾグラフ卿だろう。
その怒りを前に"オリーブ色の瞳"と口にする者はその後現れなかった。
リカルドは父よりこの事を聞かされた。
『まさか、王家にはグレーの瞳の方や緑の瞳の方もいらっしゃいます。直系の陛下のお子であれば隔世遺伝だとかなんとかで僕みたいなオリーブ色の瞳を持つ子が生まれても変ではないですよ。嫌だな、聡明な父上まで変な噂を間に受けてしまわれるのですか?』
リカルドは笑い飛ばしたが内心は今すぐアーリアの元へ駆けつけたかった。父と名乗れぬ子を抱き、大変な出産を乗り越えた妻とは呼べぬ恋人を抱きしめたかった。
『なぁ、クレイグ…聞いたか?生まれた姫はレクシー様と言う名前を陛下より頂いたそうだ』
親友の執務室に美味しいクッキーを持ち込んで勝手にティータイムと称してお茶を飲む。
クレイグは机に座り書き物をしながらリカルドの話に耳を傾けて相槌をうつ。
『あぁ、聞いた』
『なんかね、オリーブ色の瞳なんだって』
『あぁ……聞いた』
静かな午後。
少しの沈黙を置いて会話は続く。
『ボクと同じミルクチョコレートみたいな茶色い髪らしいよ』
『……だから?』
『…当然だよ…………ボクの子なんだから』
言った瞬間リカルドに重くのしかかっていた何かがフッと消えた。それは不思議な感覚で、思わず顔を上げたクレイグを前に一筋の涙を見せる羽目になる。
『王妃様が…いや、アーリアが言ったんだ。"陛下の子、何があってもそれが真実"って。オリビア様も疑ったイザベラ様に"陛下の子に何て事を言うんだ"って言ってくださっている。…ボクが父だと言えばアーリアにもオリビア様にも父上にも…生まれてきた子にも迷惑が掛かる。だからボクはシレッと口を閉じ厚かましくこの先も生きる。……けど、クレイグ。君だけには本当の事を話したかったんだ…』
流石のクレイグも仕事の手を止めてリカルドが座る向かいのソファに腰を下ろした。
真っ青な冷たい氷の様な瞳に射抜かれたリカルドはそれでも安心した顔をし小さく笑う。
『重荷を無理やり半分俺に背負わせるなんて図々しい奴。…安心しろ、この荷物…墓場まで持っていく。俺より先に父になったか……おめでとう』
世界中の誰からも祝福されない父親に唯一祝福してくれた親友は約束を守り他言はしなかった。
その後、レクシー姫は紙面を通して国民にお披露目された。
白黒で印刷された新聞からは目の色や髪の色は伝わらない分際立って美しい赤子だと言うことだけが国民に広く知れ渡った。
目鼻立ちがしっかりとした赤子らしくない美しさは城の誰しもを虜にした。
そんなお祝いムードの中、オリビア王妃はアーリア妃とリカルドを私室に呼ぶ。
『レクシーのお輿入れが決まりました。5歳の誕生日に私の故郷パントワーディンのマルス王子に嫁がせます。レクシーが5歳になる頃にはマルス王子は12歳。実質上二人が夫婦になるのはそれから10年以上過ぎた頃でしょうけど…しっかりとした教育を受け、マルス王子を支える良き女性となるでしょう…』
パントワーディンとは既に同盟が結ばれている。しかもマルス王子と言えば王位継承権は下位にある末っ子だ。慌てて婚約者をたてなければいけない立場でもない。早い話…レクシーをアスロードから体良く出すための結婚話だろう。つまりはアーリアを庇うオリビアですらレクシーは国王の子では無いと踏んだのだ。レクシーを俗世から離しアスロードの修道院で神に仕える身とすればアーリアもリカルドも密かに接触を試みるかもしれない。あらぬ噂がたてば王家の名に傷が付く。二度と会えなくする方がいい。火のない場所に煙は立たないのだから。そためには国外に…それも、自分の祖国であればうまく隠せるのだと、この数日でオリビアはあらゆる手を尽くした。
『リカルド…貴方は何も言わないで。レクシーが本当に陛下の子だとしても、そうでなくてもどうか黙って聞いて欲しいの。噂は雑草のように根があれば育つ。だから根ごと抜く必要があります。真実がどうであれ良くない噂は王家の名に傷をつける。国民が不信感を抱きます。母親と子を引き離す…私も人の親ですからその辛さはわかります。…けれど…どうか理解してほしいの。それと、私も陛下も貴方達より先に星になってしまう。やがて皇太子が王になり、イアンの御代になればアーリアは華やかな表舞台から降ろされてしまう。アーリアは庵での隠居生活か、神に仕える尼になるか選択を迫られる…。リカルド…どうか、アーリアを生涯守ってあげて?幼くしてたった一人でアスロードにお嫁に来て、無理やり子供を引き離されてアーリアにとってこの後宮で過ごした日々は悲惨だったと思うのよ。それでも私の夫に夢を見させてくれた彼女に私は感謝をしているの。私達が亡き後はアーリアの人生最後の時まで寄り添ってあげて欲しいのよ。』
オリビアの言葉を若い二人は一言一句聞き逃さない様に耳を傾けた。
国民を思い国民を愛し、我が身を振り返らずひたすら国民の幸せだけを願うオリビアは赦される事はない罪を犯したリカルドを赦し、咎めることなどなく、彼女に寄り添い生きる為の大義名分を与えた。
その上でリカルドはオリビアに跪く。
"お約束いたします"と。
本来ならば死罪になった身だ。惜しむ命などないのだ。与えられた未来、命を賭してアーリアを守ると自分自身に誓いを立てた。
『リカルド!』
『ハイハイ、レクシー様』
『ハイは いっかいになさい、リカルド!』
『はーい。…で、ご用はなんですか?』
『"おままごと"をして あそびます。リカルドは"パパ"のやくです』
『……ぇ?』
戸惑うリカルドをよそに、アーリアは笑いながら"おままごと"で使う玩具が入ったバスケットを持ちリカルドの隣に座る。
『レクシーは国民の暮らしに興味があるの。だから最近はそれを真似た遊びに夢中なんですって。…パパのお仕事はパン屋さんかしら?それともケーキ屋さんかしら?』
アーリアが玩具の食器を並べると、リカルドは顔を綻ばせながら玩具のパンを置いていく。
『パパが焼いた美味しいパンだよ、いっぱい召し上がれ!』
しかしレクシーは不機嫌そうに首を横に振る。
『ちがうわ、パパのおしごとは“騎士”よ?ママとレクシーをまもってくれるの』
あの日オリビアは最後にこう言った。
"せめて5歳の誕生日までは悔いが残らない様に沢山遊んであげなさい"と。