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テニス

 大事な人の輝かんばかりの笑顔に、心が澱んでいく。
「キミ様二役やってるんだけど片方が今までのイメージと全然違う役柄でさぁ!自信の無さが余裕の無い態度に現れてて、しょっちゅう眉間に皺寄ってて笑顔を見せたりとかしなくて。もう片方は普段のキミ様に近い穏やかでよく笑う役なんだけど、先輩たちは逆の印象だっていうんだよな。あんまり笑わないほうの役が普段のキミ様みたいだって!」
「主役と若い頃の父親の役でしょ?」
「あれ、知ってんの?」
「えぇ原作を読んだことがあるので。あれ最後全員死にますよ」
 そう言うと丸井は呆然とした表情で木手を見た。その日はそれきり口を利いてくれなかった。
そして連絡がないまま今に至る。

「それで最後全員死ぬっていうのは本当なのか?」
「本当です」
「最悪やさー!」
「ほんの話のタネですよ」
「話のタネで楽しみ奪われちゃたまったもんじゃないさぁ」
 平古場は木手をじっとりと見つめた。
「確か、キミ様?今期ドラマ出てたよな?それか?」
 木手は黙りこくって答えない。
「気が気じゃねーらん?」
 木手は無言で眉を上げた。それが肯定を意味することをそこそこになる付き合いで平古場は理解した。
「そりゃもう本心を打ち明けるしかないさー。丸井がアイドルの話ばっかりするから妬いた、て」
 平古場がそう言うと、木手の眉間に深く皺が寄せられ、見たことのないような険しい雰囲気を醸し出した。例えるなら昔映画で観た、初めて人を殺めた業の重さに耐えかねてひどく痩せ細った主人公の表情を彷彿させた。
「ただのアイドルじゃないですよ。仮にも合宿で寝食を共にした先輩ですよ?それも割りと慕ってた……」
「そうはいっても、3つ上なんて近いようで遠い存在やし。合宿で一緒でも今も繋がってる先輩なんてどれだけいるよ?」
 それこそ木手でいえば代表で一緒だった高校生で今でも話題に上るのは大曲くらいである。
 まるきり初めて見る、苦り切った木手の表情に平古場は浮き立つ想いだった。
 丸井の関心が向かう相手が先輩だろうがアイドルだろうが、結局取るべき行動は1つだろうと思うのだが、そこに辿り着けない木手を眺めるのは悪い気はしない。
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