あなたのハートを盗ませて
次の日ー…
「ツバキちゃーーーーん!!!」
眠気眼を擦りながらあるく通学路。
それを遮る元気な声に振り返ると笑顔でユキが走り寄って来るのが見えた。
華奢な体で肩に掛けたカバンを両手でしっかりと握りながら走り、近くまで来て立ち止まった。肩で息をしてへにゃっとわらう彼女。
その時ごそごそとユキのカバンが揺れ動きチャックを押し上げるように鼻が出てきた。
『あ、おはよポチエナ〜』
「今日は教科書少ないから連れてきちゃった」
チャックから出てきたまんまるおはなとグレーの毛並み、小さい耳とわんっ!と元気に鳴くポチエナ。普段は家にいるユキのポチエナは毛並みが綺麗に整えられていてお上品さが見て分かる。
ふたり並んで学校へと歩き、自然と話題は昨日の怪盗バードへとなっていた。
「昨日話した通り夜の22時にツバキちゃんの家の近くの公園に集合ね!家から出れなさそうならすぐに連絡してね」
『うんわかった!ジグザグマはどうしよう?』
「うーん…何かあったときにポケモンは便利だから持ってくるのもアリかもね?」
『じゃあ連れてこれそうなら連れて来ようかな』
そんなこんな怪盗バードに期待を膨らませて学校へと着く。
玄関で職員室に用事があるユキと別れてツバキは教室へと入る。
クラスメイトの話題も怪盗バードになっており見に行く人もちらほらと聞こえてきた。カバンの中の教科書類を机の中へと詰め込んでモンスターボールを開く。中から光を帯びて出てきたジグザグマは早々にツバキへと飛びついて尻尾をブンブンと振っている。
『はいはいご飯あげるから離れてね』
大人しくなって床へと座るジグザグマ。
カバンからチュールを取り出してジグザグマの顔に近づけると息を荒くして先端を口にくわえる。少しずつ中身を押し出すとぺろぺろと舐めながら食べるのを見て自然と顔がほころぶ。
ひとしきり食べ終わったジグザグマは満足したように口まわりをぺろぺろと舐めている。そんなジグザグマの横にとてとてと近づくポケモンがいる。
『おはよヒノアラシ』
「ヒノッ!!」
ヒノアラシが背中の炎をあげながら両手を上げて返事をする。その後ろからパタパタと小走りにあとを追いかける影がヒノアラシの斜め後ろで足を止めた。ヒノアラシが振り向きツバキ達もそちらへ視線を向けた。
視線の先には長い髪をポニーテールにまとめてピンクの細いリボンで止めている女の子がいた。
「こらぁ、ヒノアラシ勝手に離れちゃだめでしょー」
『ヒヨリ、おはよう。相変わらずやんちゃだね』
「おはよツバキー。そーなの学校に来るとたくさんポケモンがいるからはしゃいじゃって…危うくボヤ騒ぎよ」
『あはは!炎タイプも可愛がり合いありそうだね』
クラスメイトのヒヨリ。活発な女の子で誰とでも仲良くできる素直な子。パートナーはヒノアラシで日々そのやんちゃぶりに悩まされているが誰よりもヒノアラシを愛する。ヒノアラシとジグザグマはよくじゃれあっている。
ヒヨリとも普段から顔を合わせたら会話をする仲である。
「あ、バード大好きツバキなら昨日のニュース食いついたんじゃない?」
ヒノアラシを抱えて全身を撫でながらヒヨリは話しかけてくる。撫でられているヒノアラシは気持ちよさそうに身を預けている。
『私もニュース見たけどユキの方がテンション上がっちゃって今夜あのビルに見に行こうって誘われちゃって』
「ユキが?めずらしいねぇ、見かけによらずそんなに積極的なんだね」
『……そーいえばヒヨリは確かあのビルの真後ろのマンションに住んでなかったっけ?』
「そうそう、ニュースの時私のマンション映るから家族揃ってびっくりしたよー物騒だねーってだけで会話終わったけど」
『まぁ、世間一般からしたら怪盗は泥棒と変わらないもんね』
苦笑いをしつつ怪盗バードを語らう2人。
その頃にはヒノアラシはヒヨリの腕から抜け出しジグザグマとおいかけっこしたりじゃれあったりしていた。
しばらくして職員室から戻ってきたユキが混ざり興奮冷めぬままユキの熱弁が始まり、それは予鈴によって遮られ各自席につき1日が始まった。
その日の夜―
「わふっわふっ」
『んんー?ジグザグマどーしたの』
学校から帰りお風呂へと入って出てくるとお風呂場の前にジグザグマが小さく鳴いていた。ツバキに気付くとそのまま鳴きながらジグザグに廊下を走り階段をよいしょよいしょと登っていく。
ジグザグマの行動を不思議に思いジグザグマを抱えて階段を登る。すると登っている途中で自分の部屋からなにか物音が聞こえた気がした。
一瞬の恐怖に身体が固まる。だが気のせいだと言い聞かせて部屋の前に立つ。念の為扉に耳をくっつけて部屋の中の音を探る。
だが物音はしなかった。
安堵のため息を吐いて扉を音を立てないようにゆっくりと開ける。
すると風がぶわっと部屋の外へ流れた。
『(おかしい…。部屋の窓は開けてないはずなのに…。)』
不安を押し殺して一気に扉を開ける。それと同時にジグザグマを手放して部屋の方へと走らせる。
バッと部屋の中を見渡す。だが何も、誰もいなかった。
わふっとジグザグマは窓の方を見て鳴いているのに気付いてゆっくりと近寄る。鍵を締めていたはずの窓は、いかにも最初から開いてましたと言わんばかりに傷一つなく開かれている。
マンションの一室のこの部屋は5階。それにベランダに面してないこの窓は到底人が入ってこれるとは思えない。窓の外を覗き込む。
『え……?あれって…。』
窓からのぞき込んで外を観ると少し遠くの家の屋根に人影が見えた。月光に照らされよく見えないがひらひらとなびいているものが見える。
しゅたっと屋根を蹴って次々に屋根を移動してその影は見えなくなって行った。
『まさか……。』
慌てて窓から離れて机の上を漁ろうとした。
だがそれは必要なかった。机の上に1つだけ自分のものではないものがあったからだ。
それを震える手で拾い上げてそこに書かれている文を読み上げる。
『貴女の…胸元を照らす小さな輝きを…頂きに参る…………怪盗…バード…?!』
最後の文を読み終えるときには恐怖よりも興奮が勝っていた。
ジグザグマが足元に身体を擦り付けていても全然気にならないくらいに今はその怪盗バードからの予告状に目が奪われていた。
机の上にネックレスのケースにしまってあったおばあちゃんからのネックレスはそのまま置いてあり、このことは両親へは黙っていた。ジグザグマがやたら吠えていたことを注意されたがおやつをほしがっていた、と適当に誤魔化して、興奮で眠れぬ夜を過ごした。
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