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短編集








『ぅう………。』




次に意識が戻った頃には身体の火照りがなく頭もスッキリしていた。
少し起き上がって周りを見渡すとほら穴には変わりなく、彼女は自分のお腹を枕にしてスヤスヤ寝息を立てていた。
彼女のその姿を改めて見ると人ではないことは一目瞭然だった。



『ポケモンか………?えっと、確か、ユキメノコ…。』



自分の名前を呼ばれたからかピクッと彼女は動き目をゆっくり開いた。ぼんやりと映る自分の姿を見てばっと身体を起こした。
身を乗り出してこちらに近づき自分の顔をペタペタと触る。まじまじと見て顔色が良くなったことと火照りがなくなったことを確認してほっとしたような表情をしていた。




「良かった…元気になった」


『あの、ありがとう…』



「気にしないで。……驚かせた私が悪かったから…」


しばらくぎこちない会話が続いた。
ポケモンなのに人間の言葉が喋れるのは不思議だが、少しカタコトじみてるところを見るとなんらかの努力があっての言語力なんだろうと察する。
ユキメノコはゆっくりと説明をし始めた。



「ここは、私達ユキメノコの領域…。私達は人間の魂…特に男の人の魂が好きでたまにこうやって迷い込んだ人の魂を氷漬けでは食したり保存したりします。」



『ぇえ…ポケモンってトレーナーに危害を加えるのか…。』


「人間の世界でも…お話になっているはずです。雪女…とか。」



『ぁあ…あるな。都市伝説とか…』



「それは大体…私達、ユキメノコなの。でも、私は人間とは、仲良くなりたいから…少しでも助けになれば、とこうやって助けてます。」



ユキメノコは声に覇気がなく、下を向いてぼそぼそと喋っている。今までいろいろな場面に遭遇してきたのだろう。
とりあえずこのユキメノコは危害を加えるつもりはないことに少し安堵する。
自分がもし他のユキメノコと遭遇していたら、と考えると背筋が凍る思いをしていただろう。




「早く、人間の世界に帰って」


『……?ここは人間の世界じゃないのか?俺は普通にスキーをしてただけなんだが』


「ここはユキメノコの世界、貴方は迷い込んできている」



ユキメノコはそう言って腕をぐいぐい引っ張る。立ってと言うことだろうと思って立ち上がる。
少し歩くと洞穴の出口が見えた。先程よりも吹雪が収まっているように見えた。
足の捻挫は痛みは治まったがまだ体重をかけることはできず少し引きずりながら歩いているとユキメノコはそれに気付いて少し速度を落としてくれた。
ここまで自分に助けを尽くしてくれたユキメノコ。喋れて意思疎通ができるからかわからないがなんとなく親近感は湧いてくる。きゅっと服の裾を掴んでいる小さな手、身長差があるためこちらを向くときの上目遣い。
ポケモンと人間なのに、ぐっとくるポイントは変わらないんだな、と少し感心する。



「………っ」



唐突にユキメノコは立ち止まった。
掴んでいた裾から手を離しそのまま自分のお腹辺りに手を当てて止まってという合図を出した。
不思議に思ってユキメノコを見ると前を見据えてじっと見つめている。その視線を追うと少し人影が見える。
誰かいるのか!、と嬉しく思ったがユキメノコの「ここはユキメノコの世界」と言う言葉を思い出した。
そう、ここはユキメノコの世界。人間がそうやすやすと迷い込んでくるわけがない。ということは答えは一つ。きっとあの人影もユキメノコなのだ。



「これは…よくありませんね」



ぽつりとユキメノコはつぶやいた。自分にはよく聞こえず聞き返そうとしたが、その瞬間ユキメノコは口元に手を当ててふう、と息を吐いた。ユキメノコの吐いた息はたちまち風となり吹雪に変わり激しくなっていった。
前日と変わらないくらいの吹雪で視界は悪くなり目の前の人影も見えなくなった。
ユキメノコはまた裾を掴んでぐいぐい引っ張って前のめりな姿勢になる。



「これで少しは他のユキメノコからは見えなくなったはずです」



自分の耳元で説明をされ、なるほどと頷いた。顔が近くて少し緊張したのは今は考えないでおこう。
ユキメノコと一緒にしばらく雪道を歩く。雪道では引きずりながら歩くことは難しくひょこひょこと変な歩き方をしながらユキメノコについていく。
ユキメノコはそれを様子見しながら適切な速度で歩いてくれていた。



「この先に、少し高い崖があります。その崖が人間の世界との境。私も手伝うから頑張って登ろう」



真っ直ぐ先を指差してユキメノコはいった。
頭に思考を張り巡らせる。崖を登るということは足の力が必要になる、そう思いながら捻挫した足を見て不安が募る。自分は果たして登れるのだろうか。
物は試しだ、とユキメノコの手をきゅっと握った。



『他に道はない?崖を登るのは足が…』



「…………ない。」



多少の間があってためらいながらユキメノコはいった。自分の言いたいことがわかるのかしゅんとした顔をすっと背けて掴む手に力が入ったのがわかる。
そのまま2人は黙って歩いた。
ユキメノコが立ち止まったのに合わせて自分も立ち止まる。上を見上げると4mほどの崖がかろうじて見えた。
ユキメノコは自分の後ろに立って手で背中を押した。
崖の前に立って岩の出っ張りを探して登る。
ユキメノコが足を支えてくれている。そのおかげで少しの負担で登れた。



「………っ!きた…!」


ユキメノコが叫んだ。いや、自分を助けてくれたユキメノコじゃない。他のユキメノコの鳴き声がいくつも聞こえた。その声は下の方から聞こえる。きっと自分達の居場所がバレてしまったのだろう。
だが下を見る勇気はない。ただ上を見て出っ張りを探して登る。吹雪のせいで手がかじかんで上手く見つけられない。



「私が食い止めるから、登って!」



ユキメノコはそう言って離れた。今までユキメノコが支えてくれた分残りの崖は多少無理をすれば登りきれそうだ。
下から様々な音が聞こえる。時々自分の横に攻撃が飛んでくる。
きっとユキメノコが足止めをしてくれている。仲間同士なのに戦ってくれているのだろう。




「やめて!!!」



ユキメノコが必死に足止めしてる声が聞こえる。多数を相手にユキメノコは無事ではいられないだろう。だが、ここまで助けてくれたことを無駄にしてはいけない。登りきって、そしたらあのユキメノコを今度は自分が助けられたら、と決意する。
あともう少しだ!と崖のてっぺんに手を伸ばす。
その時背中にとんっと何かが当たった。驚いて振り返ると最初であったときに見たニット帽をかぶったユキメノコが背中を向けて真後ろにいた。
その体中は傷だらけでニット帽もボロボロになっていた。肩で呼吸をしてフラフラと浮いている。



『ユキメノコ…!』



「早く、早く……登りきって!」



怪我をした方の足を掴んで上に押し上げるユキメノコに慌てて崖を登りきった。
崖下を見ると黒い塊がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
ユキメノコは前に立って僅かに微笑んでこう言った。



「助けられて良かった……。」



とんっと自分を突き飛ばす。のけぞった自分は瞬きをする1秒も満たない時間で視界がガラリと変わった。
白い天井に先程の凍えそうな吹雪と打って変わった暖かさ。スキーウェアの圧迫感もなく、ふわりと包み込む布団の感触。




『あ、あれ………俺は………』



「お、おい!!!めえさましたぞ!!!」


「俺がわかるか??!先生呼べ!!おいはやく!!」


「良かったーーーー!!!」



白い天井の視界からわらわらと何人かの顔が映る。それはどれも見慣れた顔ぶりでどっと安心感で胸がいっぱいになった。
ここはどうやら病院のようだ。
後日、友達から聞いた話によると自分達が滑っていたコースで突如上にあった雪山から雪崩が起き、運悪く自分が逃げ遅れてそのまま飲まれたらしい。すぐに救助が入ったため命に別状はなかったが昏睡状態のまま1日目を覚まさなかったらしい。



『俺…ユキメノコに助けられたんだ…』



「は?ユキメノコって、ポケモンの?」


『ぁあ…』



「あはは!!なんつー夢見てんだよ!」



笑い飛ばす友人に苦笑いをする。普通に考えたらありえない話だ。もしかしたら本当に夢だったのかもしれない、だって1日間も自分は眠っていたらしいんだからと友達と笑い合いながら話していると、ふとベッドの隣にある棚においてあるものに目が止まった。
ばっと食らいつくように手を伸ばしてそれをまじまじと見る。


『な、なぁ、これ…』


「ん?お前のじゃないの?救助されたときにそれを握ってたからお前のだと思って置いといたんだよ。その"ニット帽"」


『ユキメノコ………。』



自分の手に握られていたボロボロのニット帽。
最後のあの瞬間を思い出す。
あの黒い塊はきっと下にいたユキメノコ達の攻撃で、それは真っ直ぐ自分とユキメノコの方へと向かっていた。
自分はその時ユキメノコに突き飛ばされそのままこの世界に戻ってこれた。
だがユキメノコは…?ユキメノコはあの攻撃を受けたのだろうか。
優しく微笑んで、「助けられて良かった」と言ってくれて、自分を守ってくれたユキメノコ。



『……っ』



「お、おい…どうしたんだよ…どっか痛むんか?先生呼ぶぞ?」



ユキメノコのことを考えていたら涙が溢れて止まらなかった。
自分が助かったらユキメノコも助けようと決意したのに、自分は最後まで助けられてユキメノコを助けられなかった。
ニット帽に顔を埋めてひたすら泣いた。
そして、叶えられなかった決意を今度こそは叶えられるようにまた決意をした。



俺は、これからもユキメノコのために生きよう。、と。






【ユキメノコ】冷たいけど暖かいね(前編)




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